第188話 ちょっといいレストランで食事シーン
「で? 相談したいことって何?」
「はあ、あの……よろしいのでしょうか? こんな風にノンキにしていて」
「いーのいーの。んで、相談って何よ?」
バーバラ・マンホールワット事件から日を改めて数日後。
俺とマリーはヴァスコーダガマ宮殿の近くにある高級レストランで本場のカレーを食っていた。無論、オリーヴ、バージル、ハイビスカスの姿もある。前回が前回だっただけに、今回は三人ともガチの護衛モードだ。それだけでなく、店の内外には王国軍の兵隊さんたちの姿もある。
さて、マリーの相談内容に関しては後回しにして、あの後何があったのかを少しだけ語ろう。
まずいきなり俺を危険な火属性魔法で攻撃しようとしたあの女は、王立学園内でもかなり有名……それも悪い方に……なKSRだったらしく、マリーのことを運命のお姉様と一方的に慕ってストーキングしつつ、時折使用済みの体操着や水着、果ては下着まで盗もうとするような精神異常者だったらしい。
で、あの時の俺に限らずマリーに近付く全ての男を一方的に『汚らわしいケダモノ』と敵視し、面識のない相手だったとしてもお構いなしに学園内でポンポン爆炎魔法を暴発させ、大勢の男子生徒を保健室送りにしてきた特大の問題児だったのだが、父親が国防大臣であるが故に、親の権力と圧力で己の悪行を揉み消してきたとかで、学園側も相当手を焼かされていたと。
あれだな、アニメとか二次創作漫画とかの二次元でやるならギャグ補正でなんとかなっていたのかもしれんが、現実世界でそれをやると完全に頭のおかしな精神異常者でしかないな。暴力ヒロインに代表されるような『漫画やアニメではさほど気にならないけど実写ドラマや実写映画で生身の人間が同じことやったら痛々しすぎてとてもじゃないが見ていられないような気色悪いキャラ造形』がここではそのまま生身の人間になってしまったわけだ。
そんで、可愛い可愛い娘とお付きの従者がゴム弾で撃たれて病院に緊急搬送されたと聞いて、大慌てですっ飛んできたモンペ国防大臣は、当然のように大激怒……とはいかなかった。何故かって? 相手が俺だったからだ。
お祭り騒ぎだったローガン様フィーバーですっかり忘れられてしまっているかもしれないが、俺たちもまた今回のサラマンダー撃退戦で国王陛下直々に勲章を授与される程度には功績を上げた殊勲者であり、『ローガン様の命の恩人』かつ『国王兄弟のお気に入り』、おまけに『大金持ちのご子息』。つまりは、今までの被害者である学生らと違って揉み消したり黙らせたりが絶対にできない相手。
そんな初対面の相手に一方的に言いがかり未満の難癖を付けて、直撃していたら死んでしまってもおかしくないレベルの爆炎魔法で攻撃しようとした殺人未遂犯バーバラ・マンホールワットは、どう考えても返り討ちにされて殺されたり、その後逆にマンホールワット家の方が訴えられたりしても文句を言えないレベルの悪質な重犯罪者なわけで。
さて。国防大臣の娘が友好国から来ている結構大事な賓客にイチャモン付けて危く殺しかけましたが正当防衛で返り討ちにされ病院送りにされました。騒ぎを聞き付けた国王陛下、王兄殿下は大層お怒りです。さて、父親である国防大臣が取るべき態度はどのようなものでしょう?
大事な大事な一人娘を傷付けられたと逆ギレして俺を殺そうとして返り討ちに遭い、親子共々ざまあされる? うん、いつものなろうならそれで正解だね! でも残念ながらというか幸いにもというか、マンホールワット国防大臣はそこまでの道化ではなかったようで、土下座と辞表で娘の減刑を嘆願してきた。どんなに救い難い愚か者でも我が子は可愛いのだろう。
うちのパパと同じタイプであることが言動の端々から窺えたので、その気持ちは解らなくもない。だがそんな父親の想いなど知ったことかとばかりに、肝心の娘の方が叩けば叩くほどわんさか埃が出てきてしまったのでそうはいかなくなってしまった。
本人いわく『おネーさまにチカヅくウォブツをショードクしただけですわっ』とのことだが、彼女が過去に学園内でなんら罪のない男子生徒に放った爆炎魔法による顔面火傷、全身火傷、失明、内臓破裂等々、回復魔法で後遺症が残らないようにちゃんと完治したはよいものの、国防大臣の権力と圧力に握り潰され泣き寝入りするしかなかった男子生徒やその家族らが今が好機と一斉に蜂起したのだ。
ギャグ補正で誤魔化されがちだけど、いきなり爆炎をぶつけられて顔面とか全身大火傷ってものすごく悲惨なことだからね。『一時間後ぐらいに魔法で元通りに治ったんだから大丈夫でしょ??』なんて本気で思ってるような奴は完全にやべー奴だから。その一時間の間に被害者がどれだけの痛苦や苦痛や恐怖にさらされていたかを想像できないとか、想像力の欠如ってレベルじゃないもん。
お陰で此度の一件はヴァスコーダガマ王立学園を巻き込んでの大騒ぎとなり、最終的に学園長と副学園長、学年主任のクビがまとめて飛んだ(物理的にじゃないよ!)ほか、マンホールワット大臣は辞職に追い込まれ、彼の息がかかっていた一部関係者らが大々的に失脚。元大臣は持てる力の全てをはたいて娘の刑務所送りを回避した後、稀代の棒読み娘バーバラに一発ガチビンタをかましてから彼女と奥さんを連れ逃げるように田舎に引き払うことにしたそうだ。
なおバーバラのことが好きだったせいで彼女の暴挙も『可愛らしいワガママ』程度にしか思っていなかったという例のイケメン執事は従者を解雇され、『よくもお嬢様の輝かしい未来をブチ壊しにしてくださいましたね!! あなただけは絶対に許しません!!』などとのたまいつつ逆恨みで俺を殺しに来たところを今度はゴム弾ではない実弾をしこたま叩き込まれ、警察病院に搬送されそのまま緊急逮捕。傷が治り次第裁判所に送られるそうな。合掌。
「ひょっとして相談ってのは変態的なストーカー女に付き纏われて困ってるから助けてほしい、だったとか?」
「いえ、バーバラさんのことはその……とても残念でしたが、違います。実はわたくし……その……好きな人が、できまして」
「おっと、まさかの爆弾発言」
ポっと顔を赤らめるマリーに、驚きの表情を浮かべるバージルとわずかに眉をピクリとさせるオリーヴ。何故ハイビスカスがドヤ顔をしているのかは不明だが、まあどうでもいいか。
「まあ、お前ももう十四だ。初恋の五つ六つぐらいは経験していてもおかしくはない年頃だしな。で、相手はどんな奴なんだ? 財産目当て? 名声目当て? それともパストラミ社の社長の妹に接近したい男? あるいはあのバーバラとは本当は両想いで、実はあの日『私達女同士ですが結婚を前提に真剣にお付き合いしておりますの』宣言する予定だったりしたのかな?」
「おい!!」
「そんなんじゃありません!!」
ハイビスカスが余計な口を挟んでくる前に、マリー自身が毅然と言い放つ。
「確かにゴルド商会の財産や名声は莫大ですわ!! お兄様のお仕事のことも理解しております!! けれど、わたくしのお付き合いさせて頂いている方は」
「おや、もう付き合うところまでいってるのか。なかなかに大胆だね、マリー」
「あっ!!」
両手で口を押え、青褪めるマリー。嫁入り前の娘が勝手に男を作ったことを叱られるとでも思ったのだろうか。
「何、責めているわけじゃないさ。我が家のこと、お前自身のこと。それらをきちんと理解した上でお付き合いしていると言うのなら、それこそ既に婚前交渉に及んでいようがお前の腹の中に赤ん坊がいようが俺が目くじらを立てるつもりはないよ。金目当て、あるいはお前の体目当ての卑しく愚かな男なら父さんがいずれ弾くだろうし、それでもなお駆け落ちがしたいのなら好きにすればいい。お前の人生だからね」
「お兄様はデリカシーがなさすぎですっ!!」
「はは、すまない。俺の人生には一生一番不要な代物だからさ。蛇や魚に靴や手袋の話題を振るようなものだと思って、諦めてほしい」
恋愛がヤりたいのならご自由にどうぞ。ただし、周囲に迷惑はかけないようにね、といった具合だ。『好きだから』とか『愛しているから』とかいう理由で、自分たちの不義理不道徳的行為や反社会的行為、迷惑行為を正当化するための免罪符にするような連中に対してはいつだって殺意しか湧かないけれど、そうでないのなら俺は何も言わないよ。
「ちなみに相談したいことってのが恋愛相談だと言うのなら、俺は帰るぞ。力になれそうもないし、なりたくもないからな。バカップルの恋愛相談なんて、絶対に死んでも嫌だもん。まともに取り合うだけ無駄無駄」
「……お兄様は、何故そこまで恋愛に対し頑なに否定的なのですか? お兄様は、誰かを本当に好きになったことは一度もないのですか?」
「うっわ、出たよ。恋愛脳特有の『本当に人を好きになったことがない奴なんかに私達の本気の気持ちが解るはずがない』発言……と普段の俺なら吐き捨てるところだが、お前の言葉にはそういった見下しや勘違いが感じられず、純粋に困惑と疑問を抱いたような言葉の響きだったから、特別に教えてあげよう」
角砂糖がたっぷり入った生姜風味のミルクティーを飲み終え、カップの底にグッショリと残った大量の砂糖からマリーに視線を移し、俺は微笑む。
「全ての生物には恋愛をする権利がある。だが、恋愛をしなければならない義務はない。尤も、そんな単純な理屈さえ理解・納得・許容出来ない頭ハッピーセットなおめでたい人間ばかりだけどね、世の中って奴は。あ、『人を好きになるのに権利なんて必要ありません!!』なんて頓珍漢なこと言い出すなよ? 失笑も起きないから」
結構ボロクソ言ってるけど、俺は別にマリーに恋愛なんてするなとも恋愛なんぞやめろとも言わない。やりたきゃ勝手にやればいいし、それで俺に迷惑をかけるってんなら容赦なく切り捨てるけど、俺に関係ないところで勝手に惚れたの腫れたの入れたの出したの膨れたのしたいのなら、ご自由にどうぞって感じ。
俺はお前たちに恋愛をするなとは言わない。だからお前たちも、俺が恋愛をしないことにとやかく言うな。それだけだよ、うん。
(マリーの)初恋編





