第187話 ナンパ男に絡まれるシーン
「お兄様―!!」
「久しぶりだな、マリー」
遠くから満面の笑みで駆け寄ってきて俺に抱きつこうとしたマリーをヒラリとかわしながら、俺も笑みを浮かべる。そんなに唖然としないでほしい。まるで俺がお前に酷い仕打ちをしたみたいじゃないか。
「お兄様??」
「元気そうで何よりだが、白昼堂々往来で男に抱きつくという行為は淑女として少々はしたないのではないかな?」
「ええ、そうでしたわね。お兄様はそういうお方でした」
「諦めろお嬢。コ……若旦那は昔っからそうだったろ」
俺、マリー、バージル、オリーヴ、ハイビスカスという、いわゆる初期メンが集っているのはヴァスコーダガマ王国王立学園の近くにある噴水広場だ。水属性の魔道具でいつでも冷たく新鮮なお水が噴き上がるそこは砂漠の民らの憩いの場となっており、多くの飲食店が居並ぶ繁華街の中心となっている。
どうしてそんな場所で待ち合わせをしていたかというと、ヴァスコーダガマ王国滅亡の危機を脱し、ローガン様フィーバーもようやく一段落して国内に落ちつきが戻ってきたので、んじゃ俺達も帰りましょ、となった矢先に、マリーから『どうしても会って相談したいことがある』と連絡が来たからである。
「立ち話もなんだから、喫茶店にでも入ろうか」
「ええ!」
俺と腕を組もうと手を伸ばしてきたマリーを半歩下がってスルリとかわしながら、俺は引き攣り笑いを浮かべるマリーを促し、適当な喫茶店に向かって歩き出す。
「……諦めが悪いと言うか」
「坊ちゃんが大人げねえと言うか……」
「お嬢が性懲りもないと言うか……」
いやいや、この夏の暑い盛りにもっと暑い砂漠の国で腕なんか組んでられっかよってお話ですよ。そもそも肉体が十一歳のチンチクリン体型の兄と十四歳とは思えない豊満な女体を持つ妹じゃ見た目が完全に美しい姉と子豚の弟だからな。微笑ましいを通り越して可哀想の域だぞ……と思ったけど、この美醜逆転王国じゃ俺の方が絶世の美男子扱いされるんだよな、そういえば。
道理で待ってる間、なんか妙にジロジロ通行人に見られてるなーと思ったら、炎天下の肉体労働が主体のこの国では金持ちの特権であるデブや色白こそが美しく、獣人は獣要素が薄い方がよいとされ、なおかつ金髪は縁起物だったっけ。褐色ハゲマッチョのバージルと山犬獣人のオリーヴに挟まれて三人でアイスを食いながらマリーが来るのを待っていた俺はさながら、ブ男の奴隷ふたりを従えた超絶美男子みたいに見えていたに違いない。
ほんと不思議な国だよなあ。いや、美の基準なんてものは国や地域によっていくらでも変わるんだってのは知識としては知ってたけれども、こうして実際に直面してみると、なんだか不思議な気分。やっぱ実際に体験してみて初めて実感できることってのは多いね。
「ねえ、君可愛いね! よかったら俺らと一緒にお茶しない?」
「君みたいなとんでもない別嬪さん生で見るの初めてだよ! 俺、眩しくて直視できねーもん!」
案の定、いかにもチャラそーなヤリ手でチン妙っぽい感じの、褐色茶髪のイケメンもどきみたいなデブ男ふたり組が俺たちの行く手を遮るように立ちはだかる。デブがモテるこの国じゃ、チャラついたナンパ男もデブなのか。なんかシュールな絵面に感じてしまう。
まあ、マリーも結構な美少女に成長したからな。おまけに縁起物の金髪だし、十四歳とは思えん巨乳だし、こういうナンパ男が寄ってきてもおかしくないぐらいには成長したんだなあ……なんてしみじみ思いつつ、何ボサっとしてんだ護衛とハイビスカスに目線を送る。
「ごめんなさい、お気持ちは嬉しいのですけれど」
「あ? お前に言ってんじゃねーよ自意識過剰女!」
「引っ込んでろ出しゃばりブス!」
「ブッ!?」
俺の視線に気付いた彼女が慌ててこちらにやってくる前に、丁重に笑顔で断ろうとしたマリーだったが、ここでなんとまさかまさかのアウトオブ眼中宣言。愛想笑いを浮かべたままビキリと固まるマリー。『は??』となる俺。思わずズッコケそうになってるハイビスカスの後ろで、バージルがアワワと成り行きを見守っている。オリーヴが珍しく顔を背けているのはさては君、笑いを堪えてるな??
「貴様ら!! お嬢に向かってよくもまあそんな口を利けたもんだな!! ええ!?」
こいつらェ……と俺が反応に困っていると、燃えるような赤髪が物理的に燃えてるんじゃない??って錯覚しちゃうぐらいの怒りの炎と共に、ハイビスカス登場。
「その軽薄な舌、切り落とされたくなければとっとと失せろ!!」
「ひっ!?」
「ヒエー!!」
今にも剣を抜いて斬りかからんばかりに激怒したハイビスカスと、いつの間にかふたりの背後に現れ二丁拳銃をそれぞれの後頭部に突き付けたオリーヴの殺気に気圧されたのか、チャラ男ふたり組は慌てて撤退していった。何この茶番……
「すまねえお嬢! あたいがついてながらあんな奴らの接近を許しちまって!」
「大丈夫ですわ。わたくしも、この程度でめげたり落ち込んだりはしませんもの」
なんというか、強くなったな、マリー。
「おねーさまあー、ごブジですかおねーさまあー」
なんて感慨に耽っていると、今度は明後日の方向から金髪縦ロールの褐色美少女がヒラヒラフリフリの悪役令嬢風ゴテゴテドレスを翻しながら大声で叫び?つつ走ってきた。その背後には、黒髪イケメン褐色執事もピッタリ貼り付いて追走している。すげえなあの執事、上半身微動だにしないまま下半身だけで走ってやがるぞあの執事。イケメン走りって奴なのかあれが。
「そこのオトコー、おねーさまからふぁなれなさい。オトコのブンザイでケガらわしくってよっ」
「バーバラさん、この方はわたく」
「んほおー、おイカりにユガんだおねーさまのおカオもステキですっ。そのスルドいレーリなシセンにいぬきゃれるだけでこのばーばら、はーともおマタもぎゅんぎゅんですのっ。でもおねーさまキケンです、すぐにおファナれくださいまし。オトコなんてどいつもこいつもヒトカワムけば、セーヨクのツまったケガらわしいけだものですわっ。ダマされてはいけませんですのことよっ」
なんか初対面なのに猛烈に睨まれているのだが。後ろのイケメン執事はニコニコ突っ立ってるだけで主の暴走を止めようともしていない。へー、ほー、ふーん??
「コトバでリキャイできないよーでしたら、イタシカタありませんわね!クらいなさーい!ばーばらのナにおいてメーじます!バキュエンよ!そこのケガらわしきオトコをジゴクノゴーカで」
パン、と乾いた銃声が、昼下がりの噴水広場の賑わいに掻き消される。
「お嬢様!?」
暴徒鎮圧用の非殺傷性ゴム弾で呪文を詠唱中の喉を撃ち抜かれた金髪縦ロールお嬢様の体が吹っ飛ばされ宙を舞い、慌ててそれを受け止めようとしたイケメン執事も同様に喉を撃ち抜かれてふたり仲よく石畳に倒れ伏して喉を抑えながら苦しげに悶絶する。いつもながらナイスインターセプトだオリーヴ。
「キャー!? オ、オリーヴ様ッ!? う、撃ち!? 撃ちましたの今!?」
「そりゃだって、ねえ?」
「正当防衛だ。白昼堂々、天下の往来で、初対面の他人に一方的に攻撃魔法をぶっ放そうとするような非常識極まりない異常者だったので、やむなく撃った」
「と、いうわけ。殺人未遂の現行犯だからね、しょうがないね」
俺が張った闇属性魔法の結界により、マリーの悲鳴も周囲の通行人達には届かず、両手で喉を抑えてのたうち回りながらもがき苦しむ非常識主従の姿も視認されはしない。俺とマリーが話をしている間にバージルが土属性魔法で作り出した軽石のハンマーでふたりの頭を一発ずつぶっ叩いて気絶させ、昏倒したふたりを金属性魔法で作り出した手錠でオリーヴが手際よく拘束していく。流れるような息の合ったコンビネーションはまるで熟練の職人のように無駄がない。
「それで? いきなり俺を焼き殺そうとしたこのイカれた殺人未遂女はどこのどちら様なのかな? マリー」
「バ、バーバラさんですわ! マンホールワット家の! わたくしのクラスメイトなのです! すぐに病院にお連れしなくては!」
「大丈夫、まだ殺さないから。犯行動機とか背後関係とか、きちんと洗わないとね」
それより、もっと気になるところがみんなあるんじゃなかろうか。そう思って周囲を見回してみても、バージルもオリーヴもハイビスカスも、気になっている様子はない。
おやァー? あれれェー? おかしいぞォー?
「ねえ、なんでこいつメチャクチャ棒読みだったの?? まるで本職の声優じゃない人間が大人の事情で主要キャストに無理矢理捻じ込まれてきましたーみたいなひっでー棒読みだったのが気になって気になってしょうがなかったんだけど??」
「え?」
「そんな言うほど棒読みだったか?」
「あの、お兄様が何を仰っているのかよく……」
「何かこの女の喋り方に問題があっただろうか」
Oh!! おいおいマジか。ひょっとして、俺以外には認識出来てない? マジで?? 嘘でしょ??
誰の耳にもあきらかな失笑レベルのお粗末な棒読み演技だったのに、俺以外の誰もそのことについて触れないどころか違和感さえ感じていない様子。どうやら俺の頭や耳の方がおかしくなったのだろうか。いえいえそれはないでしょう。だって、他のみんなの声は普通に聞こえてるんだもん。
……つまりは、そういうことなのね??
「オーマイ……」
拝啓女神様。どうやらこの世界ってマジモンの……いや、いいですけどね……むしろマリーやローリエやうちの母みたいな主要人物に棒読みキャストあてないでくれてありがとうございましたのレベルだから……このきっつい棒読み演技と一緒に暮らしていける自信、俺ないわあ……





