第185話 「レクス……カリヴァー!!」
ここで話は冒頭に追いつく。
砂塵渦巻く砂漠の大地。押し寄せるは赤、赤、赤。高台から見渡す限りのサラマンダーの群れが、陽炎と共に進軍してくる。その先頭に立っているのは、周囲のサラマンダーたちより一際巨大な群れのボスだ。通常のサラマンダーが大型二輪ぐらいの大きさなら、ボスは大型トラックぐらいの大きさがある異常個体だぞ。そんなサラマンダーの大群が、ざっと三千匹以上。
迎え撃つは俺と四人の護衛。そしてゼト神降臨と聖剣効果で士気がウナギのぼりになっている大軍を率いるローガン様。
「諸君!!怖れることはない!!我らにはゼト神の加護がついている!!さあ、その神より授かりし聖剣の力を見るがいい!!」
砂丘に整列された数千名の兵士たちが見上げる前で、馬から降りたローガン様が聖剣レクスカリヴァーを鞘から引き抜くと、それを誰の目にも見えるよう天高く掲げる。お誂え向きに太陽光が降り注ぎ、神々しい輝きを放つ刃にローガン様が魔力を込めると、まるでもうひとつの太陽がそこに出現したかのように、鮮烈な光の魔力を放ち始める。
「この一撃をもって、開戦の狼煙とする!! 食らうがいいサラマンダーども!!」
ごう!!とローガン様が押し寄せてくるサラマンダーの軍勢に向け横薙ぎに剣を振るうと、地平線の彼方まで届くのではないかと思うほどの、目もくらむような光の奔流が天地の狭間を一閃するように迸り。
三千匹以上ひしめいていたサラマンダーたちの七割ほどが、一瞬で消し飛んだ。
『うおおおおお!!』と、まさに神の奇跡としか言いようのない、たった一太刀での敵陣壊滅に熱狂的な大歓声を上げる兵士たちの怒号が砂漠の大地に木霊し、俺たちもその威力に驚かされる。すごいな、聖剣。たったひとりの人間が二千匹近いサラマンダーを一瞬で消し飛ばしたこともそうだけど、何より見た目の派手さと神々しさによる士気高揚効果がヤバい。
こりゃ兵士たちのテンションも爆上がりですわ。自分たちは太陽の女神に守護された正義の軍隊なんだ!! って思い込んでしまうのも無理はない、神聖っぽさ抜群の一撃は、なるほど太陽の勇者が持つに相応しい聖剣の本領発揮というわけだ。
「フッフーン!! どうよ、聖剣レクスカリヴァーの力は!! ざっとこんなもんよ!! まあ冷却期間を置かないといけないから連射ができないのがちょっと残念だけど、それでも十分でしょ?」
「素直にすごいと思いますよ」
「よもやまさか、これほどまでとは……!」
ほら、やった本人であるローガン様もメチャクチャビックリしてるじゃん。俺の腕の中からピョコンと飛び降りたゼト様が、本来の姿である白毛の神狼たる四足歩行の聖獣形態に変身する。人智を超越した神の一撃。それをなし遂げた大英雄ローガン様。その傍らに姿を現した純白の守護聖獣(サイズはダンプカー並み)。これで軍人さんたちのテンションが上がらないわけがない。
「ちょっとあんた! ボサッとしてないでさっさと進軍指示出しなさいよ! 特別にあたしの背中に乗せてあげちゃうんだから! さっさとする!」
「なんと! 光栄です、ゼト様! ……全軍、進めえェ!! 我に続けェ!!」
聖獣ゼト神に乗ったローガン様が聖剣を片手に先陣を切って突撃していくと、兵士たちもその後を追って凄まじい歓声を上げながら一気呵成に突撃していく。
「俺らも行こうか」
「おーよ! 久しぶりの戦争だ! 腕が鳴るぜ!」
「坊ちゃんはどうか、俺たちから離れないように願います」
「つーか、あっしらは必要ねえんじゃねえですかねえ。奴さんら、やる気満々みたいですぜ?」
「うむ。ローガン殿にあれほどの勇姿を見せつけられたのだ。もはや兵士たちは、首を刎ねられても止まらぬであろうな」
ローガン様がゼト様に乗っていってしまったため、結果的に乗り捨てられてしまった軍馬がポツンと佇んでいたので、とりあえず俺はそれに乗って王国軍の後を追う。めいめいに身体強化の魔法で脚力を強化した四人も、馬に全く引けを取らない速度で砂漠を疾走しながら俺についてくる。さあ、俺にとってはこの世界では初陣となる、本格的な自分で戦う戦争体験だ。
◆◇◆◇◆
「うわああああ!?……あ?」
「た、助かった、のか??」
「……」
かじられる。口から吐き出された炎に焼かれる。鋭利な爪で引き裂かれる。高熱を帯びた全身にぶつかって火傷する。そんな風にサラマンダーに襲われて死にそうになっていた兵士たちの戸惑いの声が、戦場のあちらこちらに広がっていく。その原因は、オリーヴだ。超長距離からの魔弾による狙撃。魔法で強化された視力と聴力で戦場を俯瞰し、敵にやられてしまいそうな味方に適宜援護射撃を施していく。その結果、王国軍側の犠牲者は驚くほどに少ないままだ。
「ダーッハッハッハッハ!! いいぜェ!! もっとかかって来いよオラァ!! もっとだ!! もっと俺を楽しませなァ!!」
一撃。たった一撃、紫電を纏わせた拳で頭部を殴り飛ばしただけで、サラマンダーの首が容易くもげて宙を舞う。超高電圧の拳が掠っただけで全身黒焦げにされた魔物たちの亡骸からは、血飛沫が噴き出ることもない。まさに天から落雷が降り注ぎまくるように、生きた雷撃とも呼べるクレソンの暴威が戦場を蹂躙する。サラマンダー一匹を相手に複数人がかりでようやく討伐が叶う兵士たちが感謝を述べる前に、次の敵へと飛び掛かっていくオレンジの雷光。
「御免」
剣閃。風が吹き抜ける。バラバラと数多のサラマンダーたちがその首を落とされ、絶命していく。音もなく、掛け声もなく、無言で疾駆しながら、カガチヒコが名刀ドウゲンザカを振るう度に、ひとつ、またひとつと掻き消されていく命の猛火。四方八方から襲いくる炎さえも斬り裂きながら、瞬く間に戦場を切り開いていく老剣士の通った後に、討ち漏らしはない。
「やっ! トォー!!」
「坊ちゃん! あんま前に出すぎんでくだせえよ!」
「解ってる! 油断は禁物だからね!」
愛用の小太刀・クロサギに、刃に触れた敵の命を吸い取る闇属性魔法という状態異常バフを付与しながら、俺も走る。そこかしこで兵士たちが複数人がかりでチームを組んで互いをカバーしながらサラマンダーたちを一匹一匹確実に始末していく混戦の最中、大型二輪ほどもある巨体と俊敏さ、そして骨も残さず人を焼き尽くすサラマンダーどもの吐く火を防御魔法で防ぎながら、俺も戦う。
こうして魔物相手とはいえ戦争を、ひとりの兵士として経験するのは初めてのことだ。昔の俺だったら、怖くて怯えて震えながら後方で蹲るなり、なんとかして戦場から逃げ出していたことだろう。だが、今は違う。魔法で、刀で、戦う術を覚えた。もう他力本願なだけの、守られるだけの子豚じゃない。誰かを守るために、戦える豚だ。
そんな俺の背中を、土属性魔法で砂を操り、砂の刃に岩の障壁、時には流砂に落とし穴と、器用にサラマンダーたちをいなしていくバージルが追いかけてくる。昔は『何をやっても中途半端な器用貧乏』と自分を卑下していた彼だが、今の彼を見てそう嘲る人間はいないだろう。まさに器用万能という奴だ。
時折神剣クサナギソードを引き抜いて、サクサクサラマンダーたちを斬り裂いているのに刃には血の一滴も付いていないのは、彼の腕が素晴らしいというより神剣の性能が凄いのだろう。とはいえ的確に命を刈り取る技術を体得しているのは、バージルの努力の賜物である。
高熱を発し陽炎を纏いながら、飛び掛かってくる大型二輪サイズの巨大な火吹きトカゲ。全身から高熱を迸らせているせいで近付くだけでも暑いのに、それが何千匹もいるせいで、真昼の砂漠が灼熱地獄と化しているのだけれど、王国軍では入隊時に全員にひとつずつ支給されるという氷属性の冷却リングという魔道具をあらかじめ用意しておいたお陰で、五十度近い高温の中でも涼しく立ち回ることができている。
まさに何百年も前から鍛造され、受け継がれてきたという砂漠の民の知恵だな。小太刀を一振りする度、刃に触れた途端に生命活動を問答無用で停止させられ即死していくサラマンダーたち。生き物の命を奪っているという恐怖心と、戦いの中で高揚する精神。何より、自分が強くなっているという確かな手応えの実感と、これはヴァスコーダガマ王国を守るための戦いだという免罪符。
危険だ、とても危険な兆候だ。暴力に、殺戮に、慣れ親しんでしまうことは怖ろしい。生き物の命を平然と奪えるようになってしまうことは、前世日本人だった身としてはやはり怖い。だけど、戦うべき時に戦うこともまた、この世界で生きていくためには必要なことだ。だから、心は仏に、手は鬼に。敵は倒す。でも、命ひとつの重みというものを、なるべく忘れないよう心がけよう。
「ようご主人! 楽しんでっか! やっぱやるかやられるかの殺し合いってェのは最高だなァ、おい!! 毛皮がヒリついて血が滾ってよォ! 生きてる!! って心臓が昂らァな!!」
「そこまで開き直れるといっそ清々しいね!! 羨ましさすらあるよ!!」
「戦場で細けェこと気にしてんなよ!! 死ぬぞ!! まあ、俺らが死なせねえがなァ!! ガハハハハ!! なァに、こいつらも俺らを殺す気で来てやがんだ!! 遠慮するこったねェさ!!」
心底愉快そうに、豪快に大笑いしながら、近場にいたサラマンダー同士の頭を力尽くで鷲掴みにしてゴッツンコさせ、二匹まとめて屠る暴れ山猫がバチバチと紫色に輝く電撃を広範囲に撒き散らしながら、次の獲物を求めてすっ飛んでいく。直後、背後に気配を感じて振り向くと、俺の頭を丸かじりにしようとしていたサラマンダーの頭が散弾で吹き飛ばされたところだった。
「あいつの戦闘狂にも困ったものだな。柄にもなく悩んだり落ち込んだりしているよりかは、ずっといいのかもしれないが」
「ありがとう、助かったよ」
「問題ない。これが俺の仕事だからな」
金属性魔法で新たに作り出した散弾銃を構えながら、オリーヴが味方に誤射しないよう注意しながら砂漠に散弾をばら撒き始める。そのうちロケットランチャーでも持ち出しそうな勢いだな、と思いながら先に進んでいくと、綺麗に上半身と下半身を真っぷたつに両断されたサラマンダーたちの亡骸に出くわした。間違いなく先生が斬ったのだろうと思ったら、いつの間にか俺のすぐ傍に現れる先生。
瞬間移動でもしたんですか? 違う? 侍ってすごいね!
「ホーク殿。ローガン殿と聖獣殿の部隊が敵軍の長と接敵し申した。間もなく片が付くでござろう」
涼しい顔で佇む先生が群れのボスがいる方角を見ながらそう言い終えるかいなかというところで、人工太陽光めいた光の柱が眩く天を衝くのが見えた。
「サラマンダーどもの群れを率いるリーダーは、この私が討ち取った! 我が勇士たちよ!! さあ残党を蹴散らすのだ!! 祖国を守るために!! 愛する者を守るために!!」
拡声魔法により広域に響き渡るローガン様の勇ましいお言葉に、『うおおおお!!』と砂漠を揺るがさん勢いで轟く怒号。凄まじいハイテンションでかなり数の減ってきたサラマンダーたちの残党を駆逐していくせいで、砂漠が真っ赤に染まっていく。群れのボスの敗北を悟り、散り散りに逃げていくものたちは見逃し、それでもなお立ち向かってくるものだけを狩っていく。
やがて逃げずに居残っていた最後の一匹を誰かが仕留めたところでローガン様が勝鬨を上げ、後に『赤い砂漠事件』と呼ばれたサラマンダーの異常繁殖とヴァスコーダガマ王国防衛戦は、王国軍側の大勝利で幕を下ろしたのであった。





