第170話 ないなら作ればいいの精神で
結論から言おう。新魔法の開発には成功した。いささかやりすぎてしまった感は否めないが。というのも以前臨海学校でシェリーにやってもらった魔力パターンの分析、魔法を使った人間を魔法の発動に使われたエレメントの残滓から逆探知して特定するというあの技術に用いられている、エレメントには使った人間の痕跡が残る、とか、人間にはそれぞれに魔力の波形パターンがある、といった理屈。
それを応用し、まずは母親と父親の魔力パターンを解析。魔力パターンを読み取るだけならばさほど難しくはなく、人間の魔法使いでも十分可能だった。ただ、指紋のように個人ごとに異なる魔力波形があるだなんて発想がなかったがために、今まで誰もやらなかっただけなのだ。それを知りその存在を検証し実証したオークウッド博士は今にも達してしまいそうなぐらいの超絶ウルトラスーパーハイテンションで狂喜乱舞していた。
ともかく魔力パターンを読み取ったら次は適当な鉱石の表面にその魔力パターンを刻みつける。これで指紋のように人それぞれに異なる、個人を特定できる魔力波形が刻まれた石が完成する。
この時点で個人ごとに異なる魔力の波形パターンについての論文をオークウッド博士が一晩寝ずに書き上げ学会に発表し、特許を取り、世界中がひっくり返ることとなった。ブランストン王国だけでなくマーマイト帝国やヴァスコーダガマ王国、聖都ベリーズからも科学者や魔術師たちが殺到し、対応に追われる大学院側は阿鼻叫喚の地獄絵図と化したが博士が何かしでかす度にこうなるのは珍しいことではないらしいので、歴戦の古強者の顔をしていた職員さんたちに問題はない。
特に騎士団や警察関係者は大騒ぎになった。なんせ今まで迷宮入りすることが多かった魔法による殺人を被害者の死体に残された魔力の痕跡から魔法使用者を突き止められるようになったのだから。それも魔力の波形パターンという決定的な証拠付きでだ。攻撃魔法による殺人、鍵開けの魔法による窃盗、忘却魔法の不正利用等々、今後魔法犯罪の検挙率は飛躍的に向上することだろう。
それはさておき、次は赤ん坊の魔力の波形パターンが安定する時期がいつなのかを見定めなければならない。これについてはゴルド商会お得意の金で解決できることは金で解決してしまえ理論により、高額なバイト代で検証に協力してくれる妊婦を募ったところ、結構な数が集まったのである。
ただちょっと魔法で体を検査させてもらうだけで金貨1枚(およそ1万円相当)のバイト代が稼げるのだ。下町からスラムから、妊娠している女性たちが口コミで美味しい小遣い稼ぎの話を広めてくれた結果、サンプルは多ければ多いほどよいというこちらの思惑とも合致。結果、妊娠三ケ月から十ケ月ほどの幅広いデータを取ることができた。
それによるとやはり、赤ん坊の魔力パターンがある程度安定し始めるのは妊娠三ケ月目から、ということが判った。女性が『あれ?ひょっとして妊娠した?』と気付くのもおおよそ三ケ月目が多いのと何か関係があるのかもしれないが、今は重要なことではないので割愛。
とにかく、妊娠三ケ月を過ぎた赤ん坊からは安定して魔力の波形パターンを読み取れるようになり、今度はサンプリングに協力してくれた妊婦さんたちに、旦那を連れてきて旦那の魔力パターンも採取させてくれたら更に追加で金貨1枚、と告げたところ、大学院がパンク寸前の大混雑になる羽目に。なおそれらの費用は全て大学院にあてられている研究費から捻出してもらえることになったので俺も博士も懐は銅貨一枚分さえも痛まずに済んだという安心仕様だ。
この時点で騒ぎを聞きつけたマーリン学院長がすっ飛んできて、俺らが必要以上に暴走しないようにというお目付け役も兼ねて学者ギルド、魔術師ギルド、ついでに王立大学院を巻き込んでのちょっとした一大プロジェクトに発展。当然国も絡んできて国家規模の一大研究へと話が膨張してしまい、もはや手の付けられないところまで騒ぎが広まってしまったのである。
なお、此度の一件で矢面に立たされたのはオークウッド博士ひとりである模様。だって疑似的なDNA鑑定の方法を異世界で発明するとか絶対クッソ面倒なことになるじゃん?それを見越して共同研究ですらなく博士単独の名義で全部発表してもらったのが功を奏した。
俺?俺は『やべえ!魔力の波形パターンで術者特定できるようになったら目覚めないよう呪いをかけて王妃昏睡させたの俺だってバレるじゃん!!』と途中で気付き、研究と並行して隠蔽工作のために魔力の波形パターンを偽装する魔法の開発を進めていたせいで死ぬほど忙しくてそれどころじゃなかったんだよ。危なかった。危うく自分で自分の首を絞めるところだった。
とにかく今回の一件に関しても、俺の名前は極力表に出さないように博士や学院長に頼み込んだ。そうでなかったら今頃ゴルド商会に大勢の人間たちが大挙して押し寄せたり、場合によっては攻撃魔法や火炎瓶や爆弾を投げ込まれたりといった大騒ぎになっていた可能性が高いからだ。これらの魔法や技術は確かに革新的で便利だが、それで検挙されるようになる犯罪者たちや後ろ暗い過去を持つ人間たちからすれば『余計なことしやがって!!』と完全なる逆恨み状態待ったなしだからね。
防御結界のある王立学院はともかく、国内どころか諸外国にまで多数の店舗を持つゴルド商会の全てを守るのは大変なので。研究絡みであちこちに引っ張られたり呼び出されたりして時間を取られるのも嫌なので、実験の成果だけ美味しく頂ければ十分です。特許による利権?歴史に名を刻む名誉?金は十分足りてるし、面倒事や厄介事の種にしかならないような名誉なんぞ欲しくもないわい。
あくまで俺の本来の目的は、クレソンのためにネモフィラ嬢の妊娠している子供が誰の子供なのかを明らかにすること。それだけだ。
それはそれとして、最初はふたりだけで細々やっていたはずの研究も気付けばいつの間にか100人近い研究員や魔術師たちが研究棟内を忙しなく行き交う国家プロジェクトへと急成長し、大学院のあまり広くはない研究棟がほぼほぼこれ一色に染め上げられ。
お役所仕事にしてはやけに手際がいいなと思ったら、なんかピクルス王子が一枚噛んでいるらしく、『ホークのバカがまたなんかやらかしてるらしいんだけど、王国の利益になることなのは間違いないだろうから乗り遅れる前に乗っちゃえ!』と学院長と結託して第三王子の権力で無理矢理捻じ込んだらしい。うーんこの。
まあ王族としても世界中から注目を集めてしまったこのプロジェクトに関して何もわかりませんし知りませんじゃ済まないだろうからね、その判断の速さはさすがと言える。『伊達に君の友達やってるわけじゃないよ!』というピクルス王子の爽やかなサムズアップが青空に見えた気がしたが、ここ数日研究棟にこもりっきりでもう空なんて何日も拝んでないので幻覚だな、たぶん。
なおこの時点で既に四日が経過してしまい、残りは三日。既に完徹六日目でありながら、研究の傍ら王宮に顔を出し各種ギルド長たちとの談合をこなし記者会見も開き研究もしながら飯を食いつつ片手間に論文を三本書き上げるというスーパーハイテンションを維持し続けているオークウッド博士は超人か何か??あの人もあの人で結構な高齢のはずなのに、おっそろしい限りである。
それはさておき次に俺たちがしたことは父親と母親と赤ん坊、それぞれの魔力の波形パターンの比較だ。これがまたドンピシャにハマり、赤ん坊の魔力パターンというものは両親の魔力パターンの双方に類似していることがわかった。ところどころではあるが波形の形状の一致率がかなり高く、それにより子供の魔力パターンと両親どちらかの魔力パターンとの一致率が50%を超えた時点でほぼ確定。要するに、子供というのは両親の持つ魔力の波形パターンをそれぞれほぼほぼ半分ずつ引き継いで産まれてくるようなのだ。
同時に違う赤ん坊で比較してみたり、母親と父親、赤ん坊の組み合わせをシャッフルしてみたりしながら色々試していき、最終的に母親の胎内にいる赤ん坊とその父親の魔力パターンを紐付けることで、父親とまだ母親のお腹の中にいる子供との血のつながりを判別することに大成功。
さらにはオークウッド博士の『イチイチ出力しなくとも一致率を元に正否だけ判定したいのならばわざわざ石を経由する必要もなくね?』という発案により、呪文の詠唱やプロセスをさらに突き詰めて簡略化。
どんどん無駄を削ぎ落して洗練していった結果、『赤ん坊の親を判定する魔法』と『赤ん坊の親を判定する魔道具』、それから『魔力の残滓を元に魔法の使用者を逆探知する魔法』と『魔力の残滓を元に魔法の使用者を逆探知する魔道具』という歴史に残る世紀の大発明が四つも爆誕してしまったのであった。
「やりましたねェホークくん!!これで私たちはまたひとつ世界を革命してしまいましたぞ!!んんー堪りませんなあこの人類が一段階進歩の階段を上る足音!!」
「ええ、大成功ですよ博士!!ありがとうございました!!あなたがいなければここまで順調にはいかなかったでしょう!!」
「いえいえ君のあり得ない発想と論理飛躍がなければこの偉業はなし遂げられなかったでしょう!いよっ!!この変態狂人!!」
「あなたにだけは言われたくないですよこのマッドサイ鉄人スト!!アハハハハ!」
「フフフフフ!!フフフフフフ!!ああ科学万歳!魔法万歳!学者ギルドに栄光あれ!!」
俺もここのところ徹夜を続けては寝落ちし、しばし泥のように眠り起きてはまた研究、というパターンを繰り返していたせいで、完全にテンションがおかしなことになってしまい、プロジェクト完遂と同時に号泣しながら拍手喝采大歓声が怒号のように響く総勢100名を超える大勢のプロジェクトメンバーたちの前で、柄にもなく博士と抱き合って万歳三唱を主導するなどの大盛り上がりしてしまった。
やはり睡眠不足は危険なんやなって。博士に抱き上げられながらクルクルと舞い踊り、それを囲んで同じように寝不足やらなんやらでテンションがおかしくなった研究員みんなで万歳三唱という地獄絵図を経て、俺は無事に七日以内に当初の目的を達成することができたのでした。
なお後日この技術が正式導入されたことによって世界各国で魔法犯罪の検挙率が劇的に増加したり、一部貴族や平民たちが魔道具を使用した検査を受けられるようになった国内の一部病院で結構な修羅場になったそうだがその辺りのゴタゴタは割愛する。
同時期にそれ絡みで街中で襲撃されたり夜中に住んでるアパートを襲撃されたりするなど、逆恨みされて報復されることを見越してあらかじめ冒険者ギルド経由で雇ったA級冒険者と国から派遣された騎士を護衛に付けていたオークウッド博士の判断は大正解だったようだ。表向きは今回の一件、全部この人名義でやったことになってるからね。逮捕された連中を足掛かりに、芋蔓式に検挙祭りを開催していた警察からは感謝状を贈られたらしく、それは大学院に飾ってあるらしい。
ピクルス王子からも『博士と一緒に勲章授与されてくれるよね??責任取れやこの豚野郎』的なことが大変マイルドに意訳されたお手紙が届いたので、『僕は論文のスペシャルサンクスにさえ名前の載っていないただの一研究者でしかなかったのでよくわかりませんし大勢いる研究員たちの中から俺だけ特別扱いで授与される理由もないのでノーセンキューでーす。勲章は博士だけにあげてくださーい』といった内容を大変礼儀正しくしたためた返事を送っておいた。
こういう時、名実共に天災博士と認定されているオークウッド博士の名声はよくも悪くも重宝するものだ。当人も今まで星の数ほどの恨みを買ってきた自覚はあるらしいので、今更命を狙われたぐらいじゃこれっぽっちもうろたえもしないというのがなんとも頼もしいものである。
ともあれ、無事に研究は完成した。後は確かめるだけだ。即ち、本当にクレソンは一児の父になったのかどうかを。