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第169話 命の価値、命の重み、命の選択

「子供ができたァ!?」


「おう」


帝国から帰ってきて、明日はオリーヴから銃の取り扱い方を習おうかなーとワクワクしていた俺にもたらされたのは、まさかのクレソンからの想定外すぎる報告だった。なんでも俺が不在の間に、彼の行きつけの娼館で働く娼婦が『できちゃったみたい。たぶん、あなたの子よ』とクレソンを訪ねてきたらしい。


どう考えても詐欺だろ、とはバージルの弁だが、クレソンの方には心当たりがあるらしく、なんでも彼は意図せぬ風船破りの常習犯なのだとか。とんだハードパンチャーもいたものである。見た目通りの野獣系なんですねってか??そんなわけで、心当たりのあるクレソンは件の娼婦を無下に追い返すこともできず、どうしたもんかと考えてしまったらしい。


「で、とりあえず俺に相談しようと思った、と」


「そうなんだよな。責任取って結婚すっか、中絶用の金払うか、好きな方選べって言われちまってよォ」


「まあ、無難に中絶費用支払って終わりでいいんじゃないの?そもそも、それがクレソンの子供だって100%確定しているわけじゃないんだし。何ならバージルの時みたいに詐欺の可能性もあるじゃないか」


俺がそう言うと、クレソンは非常に微妙そうな顔をした。普段から本能のままに生きている彼にしては珍しい、どこか迷ったような表情だ。


「何か気になることでもある?」


「あー、いや、俺のガキができたのかもしんねェと思うと、なんか柄にもなく色々考えちまってなァ。俺ァ独り身で生きて、独り身のまま野垂れ死ぬつもりでいたんだがよォ、ご主人らと一緒にいるうちに、まァ、所帯を持つってのも悪くねェんじゃねェか、なんて、思っちまったんだよな」


これまた意外な展開だ。


「だったらそれこそ、その女のお腹の中にいるのが本当に君の子なのかを確かめなくちゃ。もし結婚して一年後に産まれてきたのがあきらかに違う男の子供だったりしたら、不幸しか生まないでしょ?」


「ああ、そうだな。手間ァかけさせちまって悪ィんだけどよ、よろしく頼むわ」


そんなわけで、俺はクレソンを連れて人生初の娼館を訪問する羽目になった。ちなみにバージルは『絶対詐欺だからやめとけ!!』と力強くクレソンを説得しており、その眼がメチャクチャ怖かったので、久しぶりにちょっと背筋がヒヤっとした。クレソンもちょっと気圧されていた。


「では、其許としてはどちらでもよい、と?」


「ええ。結婚も嫌、中絶費用も払いたくない、と言われちゃったら私としてはとても困ってしまうのだけれど、この業界じゃよくあることだし」


よくあることなのか。話を聞くと、なんでも貴族の男が醜聞が広まるのを恐れて暗殺者を雇い娼婦を母子諸共始末しただとか、冒険者だったのでそのまま逃げるように国を発ってしまい、追いかけることもできず泣き寝入りだとか、相手の男が実は既婚者であることが発覚し奥さんが刃物を持って店に乗り込んできただとか、その手のトラブルには事欠かないのがこの業界なんだそうだ。


なんというか、やっぱりすごいな、ファンタジー世界の倫理観。絶妙に修羅ってるというか何というか。いっそ避妊魔法でも開発されればそういったトラブルは少しは減るのだろうか。


「ネモフィラは人気がありますから、金さえ支払って頂ければ後はうちの方でキッチリ堕胎させますよ。ちと荒っぽい手段になってしまいますがね」


娼館のオーナーと、当事者である娼婦・ネモフィラ嬢を交えてのお話し合いだ。さすがに外見が11歳児の俺では話にならないので、間にいかにも威厳のある老人といった風貌のカガチヒコさんに立ってもらって、当事者であるクレソンも交えて四人+αで話を進める。


外見というのはいつだってとても大事な要素だ。ここへ来たのが俺とクレソンだけだったならば、子供が出しゃばるんじゃないとか、子供を連れてくるだなんてふざけているのかだとか、要らぬ反感を買っただろう。そこへ俺とカガチヒコさんがセットで来ることによって、あくまで俺はクレソンの雇い主であり、交渉役はカガチヒコさんなんですよーとアピールすることで舐められることも防げる。


さらにフェアに話を進めるため、相手方の同意を得て闇魔法でこの場では誰も嘘を吐けないよう場を整えた上でのお話し合いによれば、どうやら彼女が嘘を吐いている、ということはなさそうだ。妊娠したのも、心当たりがクレソンぐらいしかないというのも本当らしい。ただ彼女の主観ではそうなっている、というだけだが。嘘を吐いていないからといって、それがそのまま真実とは限らないのが世の常。


ネモフィラという娼婦は、狐の獣人だった。例によって耳と尻尾だけが狐なので、犬と言われてもわからない程度の差異しかないが、顔は美しく肉体は豊満で、十代から二十代が主流なこの世界においては、まさかの三十を過ぎていそうな女性であったが、おばさんというよりは妖艶なお姉さん、といったなんとも言えない色っぽさがあり、なるほど人気があるのも頷ける。ちなみに娼婦には二種類あり、借金のカタにやらされているタイプと自分の意思で働いているタイプだ。ネモフィラは後者のようで、この店で働く娼婦たちは全員がそうらしい。


さすがにまだお腹の中にいる妊娠三ケ月程度の赤ん坊を腹の中にいる状態のまま遺伝子検査するのはメーガーミーツの宅配医師にも超古代文明の超科学を誇ったシェリーでも不可能らしく、産まれてきた後で検査するか中絶した後で赤ん坊の遺体から検査するか、あるいは彼女の腹を捌いて直接検査した後に元通りにするかの三択ですねと言われ、今はまだ(常識的な範疇では)どうしようもない状況だと判明したわけで。


相手方としても普通に金だけ払ってもらってさっさと終わらせたいという空気が漂っており、こちらとしてもそれで済むならそれに越したことはない。一年も産まれてくるのを待つのは手間だし、その間ネモフィラ嬢は仕事に出られないだろうから当人的にも店的にも困るだろう。なので、後はクレソン本人の気持ち次第、というわけなのだが。


「クレソンはどうしたいの? お腹の子供が自分の子供じゃない可能性を承知した上で結婚する? それとも、お金払ってなかったことにする?」


「あー……」


駄目だ、完全にまだ迷ってるっぽい。今まで自由気ままに生きてきた男だし、父親になることへの責任感とか葛藤とか、そういったものが彼の判断や決心を鈍らせているのだろう。ジャパゾン国では自分の母親とまだ赤ちゃんだった自分の弟か妹相手にも容赦なく雷撃魔法で攻撃していた割に、自分の子供となるとさすがに殺してしまうのは迷うか。そう、中絶ってのは赤ちゃんを殺すことだからな。宗教によっては禁止されているような重大な行為だ。


本当に自分の子供かもしれないし、実は自分の子供じゃないかもしれない。心当たりの中で一番可能性が高いのがクレソンというだけであって、娼婦という仕事柄常にそういったことの可能性はいくらでもあり得る。現代日本じゃその手の妊娠絡みの人体の神秘エピソードには事欠かなかったしな。


「しょうがない、か。すみません、一週間だけ考える時間を頂けます? ゴルド商会が責任を持って彼の身柄は確保しておきますので」


「いいでしょう。こちらとしても、禍根は残したくはありませんからね。円満に解決できるのならばそれに越したことはありません」


娼館のオーナーに少なくはない額の金貨を握らせ、ネモフィラさんにも差し出すと、彼女はしばし迷うような素振りを見せた末に、それを受け取る。もらえるものはもらっておくべきだよ、うん。


「今日のところは帰るよクレソン。一週間、じっくり考えな。後悔のないようにね」


「すまねえ、ご主人」


「では、此度はこれにてお開き、ということで」


娼館から出ると、ふたりには先に馬車で屋敷に帰っているように伝え、俺は転移魔法で大学院に向かった。目的はもちろんオークウッド博士に会うことだ。最悪彼に会えずとも、他のマッドな院生や教授たちがいれば問題はない。王立大学と違って、王立大学院は120%やべー奴の巣窟だからな。


「ホォークくん!! 実に実に実に久しぶりですねェ! 今日はどういったご用向きでしょう!」


「いえ、お忙しそうなので研究棟の一角だけお借りできればなと」


「なーに水臭いこと言ってるんですか!!君が持ち込んだ研究はどれもこれも面白そゲフンゲフン、科学や魔法の時計の針を飛躍的に進めるものばかりですからねェ!!次は何をしでかすのか我輩興味津々ですぞ!!さあさあさあ!隠し立てせずに白状なさい!!今回は一体全体どんな愉快な研究をしようというのですか?さあさあ早く早く!!」


「わ、わかりましたからそんなグイグイ来ないでくださいって!わわわ!?」


幸か不幸か、オークウッド博士はいつものように彼のラボにいた。なんでも今は戦争で手足を失くした負傷兵や事故で手足を喪った者のための機械義肢と喪った手足が生えてくる魔法というふたつの開発研究を併せて主導しているらしく、ふたつの開発チームの面々と共に忙しそうにしていたので邪魔をするのは気が引けたのだが、一度目を付けられてしまったからにはもう逃げられそうにないぞ。


本物の熊と遜色のなさげな、Lサイズの白衣がお祭りの法被のようになってしまっているような巨体の熊さんががっしりと俺の顔面よりも大きな両手で俺の肩を掴んでガクガク揺さぶりやがるせいで、俺の腹や顎のお肉がたっぷんたっぷんしているのが泣ける。


「実は、妊娠中の母体や胎児を傷つけることなく腹の中の赤ん坊の父親を判別する魔法を開発しようと思いまして」


「なァーんと!!それはそれはまた興味深い!!托卵、不倫、浮気、不義!!そういった類いの問題は貴族社会でも平民たちの間でも事欠きませんからねェ!!もし開発に成功した暁にはそれを利用したビジネスも流行るでしょうし莫大な利益も生むでしょうし、相応に恨みも買うでしょうが何より興味深く面白いッ!!人体という神秘への更なるアプローチ!!これは歴史に残る偉業の予感ッ!うーん我輩燃えてきましたぞ!!」


一番わかりやすいのが王族だろうな。正妃はともかく王様の側室が実はよその男や城内の男と密通してましたなんて事件は闇に葬られたものの実際には結構な数あったそうだし、歴史を紐解けばとある国では王子が新たな王様になった途端に自分が彼の本当の父親だ!!と名乗りを上げた将軍の逸話なども残っている。少なくともDNA鑑定のないこの世界では、相手の女が産んだ子供が本当に自分の子なのかを確かめたい、と思う男の需要はかなりあるだろう。実際うちの両親がそれで盛大に揉めたわけだから。


「素晴らしい!実に素晴らしい着眼点ですホークくん!しかし過去には同じような発想から研究を始めた学者もいたはず!彼らがそれに失敗したからこそ今その手の魔法はまだ実在していないわけですが、勿論何らかの方向性や指向性はあるのでしょうな??まあなければないでそれはそれで胸躍るのですがッ!!さあやりましょう今やりましょうすぐやりましょう!!」


今度は俺のわきの下に両手を突っ込んで俺を軽々と抱き上げ、クルクル回転しながら踊るように上機嫌で高笑いを響かせるマッドサイエンティスト。有能だけど、会話しているとちょっと疲れちゃうんだよなーこの人。ほんと、頭脳だけは天災的に天才的なんだけど。


魔法とはイメージを具現化する力。つまり、今そういう魔法がないのなら新しく作っちゃお!が可能なのだ。そのためにわざわざ一週間空けたのである。この一週間で開発できればよし、できなかったら諦め。さて、クレソンのためにもいっちょ頑張りますか。

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