第17話 腹も黒そうなブラコン黒髪公爵令嬢
魔法が存在するこの世界には、魔道具なる便利アイテムも存在する。この世界における魔法は『〇〇の名において命ずる。〇よ〇〇せよ』という呪文の詠唱により発動するのだが、その呪文を刻印として道具の核に刻み、その核に魔力を流すだけで、誰でもすぐに刻印された魔法が使えるという便利な代物だ。
生まれ持った自分の適合属性の魔法しか使えないこの世界では、生活必需品レベルで一般家庭にも普及している。水属性魔法を利用した水洗トイレだとか、火属性魔法を利用したコンロとかだね。そういった道具は水属性や火属性の適性がなくとも魔力さえあれば誰でも使える。うーん、便利。
他にも射った矢が自動的に炎の矢になる炎の弓。着てると氷の魔法が発動し続けるお陰で砂漠やジャングルといった暑い場所でも涼しく着こなすことの出来る氷の鎧。あるいはただ身に着けているだけで、そこにいるのに周囲の人間達から認識されなくなる闇の首飾り。そういった魔道具を作成する人間を、魔道具職人と呼ぶ。まんまだね。
ただし、そこまで本格的な職人技による逸品でなければ、素人でもそれっぽいものを作ることは可能だ。なので俺は、装備してるだけで周囲の人間から認識されなくなる闇の首飾り、とやらと似たようなものを自作することにした。自分の存在を他者の認識から取り除く、というどこぞの秘密道具のような闇属性魔法を宝石に刻印し、腕時計の装飾として加工する。これで、装備しているだけで他人から歯牙にもかけられなくなる魔法の腕時計の完成。なんでそんなものを作るのかというと、そうだね、イジメ対策だね。
金持ち学校に入学した平民のイジメられっ子が王子様に庇われたり構われたりするせいで余計に反感を買いイジメが悪化するとか、完全に少女漫画のお約束パターンだからね、しょうがないね。あのありがた迷惑な王子様は、なんか知らんけど俺と友達になりたいとかわけわかんないことを言い出して、頼んでもないのに向こうから率先的に声をかけてくるもんだから、もはやイジメ対策は必須なのだ。迷惑だからやめてくれ、と直接言えたら楽だったのに、なんせ相手は王子様だからな。無理無理。
この腕時計を装備している限り、俺の存在感は路傍の石コロと同じ程度にまで薄まるため、例えば教室の真ん中で堂々と王子様に声をかけられても、クラスメイト達の目に映り声が聞こえるのは王子様の存在だけで、王子様が誰に話しかけているのか判らないし、判らないこと自体に疑問を抱くこともないという便利グッズなのだ。
これを悪用すれば、例えば目の前を歩いている別の生徒のポケットから堂々と財布を盗んだとしても、相手やその周辺の目撃者達は、俺が財布を盗んだ、という事実さえ認識出来ないままに、気付いた時には『あ!?財布がない!?どこで落としたんだろう!?』と慌てることとなる、という寸法なのだ。なんか使い方によっては色々悪用できちゃいそうで、怖ろしいな魔道具。
「おはようホーク君。今日もいい天気だね」
「おはようございますピクルス様、ゴルド様。本日はお日柄もよく」
「おはようございます、殿下、ゼロ様」
そしてそんな強烈な認識阻害の闇の魔道具を使ってるってのに、平然と俺に話しかけてくる王子と公爵令嬢は何もんだよ?チートか?チートなのか?
実際にはただ素人の俺が作ったアマチュア魔道具では優れた魔法の才能を持つふたりには通用しない、というだけらしいが、それでも周囲の貴族のクソガキ共は騙し通せてるってのに、まだ十歳児ながらそれを看過する実力を兼ね備えたこのふたりが地味に怖い。
「今日もその腕時計を着けているのかい?」
「外した途端に無用なトラブルを招いてしまうことが目に見えておりますので」
「同じ貴族として、イジメなど、お恥ずかしいですわ」
「いえ、ゼロ様の責任ではございませんよ」
嫌々ながらも三人で会話しながら、朝の構内を歩き初等部の校舎まで向かう。寮生活のふたりがわざわざ毎朝正門前で俺が馬車で到着するのを待っているとか、何故なんだ。そんな風に目をかけられる理由なんてこれっぽっちもないだろ!
魔道具のお陰で傍目には俺達三人が会話しながら歩いている光景は、王子様とその婚約者であるローザ嬢がふたりで楽しく談笑しているようにしか見えないだろう。しかしまあ、いくら王子の婚約者とはいえ、あのローザ・ゼロまで俺に話しかけてくるようになるとは正直予想外だった。ほら、あの入学試験で無適合者の烙印を押され、公爵家から追放されて平民に格下げされたこの世界の主人公・ヴァニティ君の妹だよ。
彼女、入試じゃお兄様とかなんとか言って、あきらかに兄にベッタリだったからな。あきらかに兄より優秀だけど当人は本当は自分なんかよりお兄様の方がすごいんです!みたいなお兄様ヨイショを欠かさない感じの妹系ヒロインのかほりがプンプンするぞ。あまり関わり合いになりたくないのだが、王子様がしつこく話しかけてくるもんだから、必然的に彼の傍にいる彼女と接する機会も増えてしまう。なんだこのありがた迷惑コンビ。
作っといてよかった魔道具。この腕時計がなかったら、今頃俺は学院内でも高嶺の花の二大巨頭である第三王子と公爵令嬢に何故か親しげに話しかけられている平民ということで、彼らとお近付きになりたいクラスメイトどころか学院中の生徒達から吹き荒れる猛烈な嫉妬の嵐に呑み込まれていただろうからな。
「それで?ローザ。無属性魔法について、何か進展はあったのかい?」
「いいえ、学院の図書館は禁書の棚に至るまで全て調べ尽くしましたが、無属性魔法についての具体的な記述はひとつも見付かりませんでした」
「まあ、伝説の12番目の属性だとか、本来ならば存在しないはずの零番目の属性だとか、色々言われているらしいですからね。そう簡単には見付からないのでは?」
「零番目だって?」
「まあ!?ゴルド様!そのお話、詳しく伺ってもよろしいかしら!?」
「え?」
さて、短い付き合いだが、彼女がお兄様大好きっ子であることは容易に窺い知れた。なんせ入学当初、ヴァニティ君を公爵家の恥と貶し、次期当主の座に据えられた彼女をヨイショしようとして取り入ろうとしたバカな連中が薙ぎ払われたぐらいだからな。物理的に魔法で。
彼女は優れた闇属性魔法の使い手であり、その気になれば学院の初等部の校舎ぐらいは圧壊させられる程の重力を操ることが出来るとかで、一年生ながら陰で学院の女帝などと呼ばれている程だ。そんな彼女に目を付けられてしまったらどうなるかなど、考えたくもな……かったなあ(遠い目
「詳しくも何も、おふたりの方がお詳しいでしょう?王族や公爵家の跡取りなのですから、旧約建国史ぐらい、当然読んでいらっしゃるはずでは?」
「旧約!ああ、まさか!」
「盲点だったねローザ。そうか、旧約建国史か」
「え?え?なんですかその反応。怖いんですが」
「あのね、ホーク君。今一般に流通している建国史が、新約建国史であることぐらいはさすがに君も知っているよね?」
「ええ、まあ。新約があるのですから、旧約があっても何もおかしくはないのでは?」
俺が気圧されつつもそう言うと、ふたりは困ったように顔を見合わせた。なんだよ、妙な反応するんじゃねえよ。俺またなんかやっちゃいましたフラグなのか??そうなのか??
「新約建国史。そういう呼び方をする人間そのものが、今は限られているんだよ。建国史に新約と旧約があること自体、今の世代の人間はほとんど知らないんだ。限られた一部の王族や貴族、もしくは余程古い家柄でもない限り、建国史が二種類あることさえ知る由もない」
わーすげえ。なんか特級の地雷踏ん付けちゃったっぽいぞ!そーなのか、衝撃の新事実だ。そんなこと、誰も教えてくれなかったぞ??そんなトラップある??
「旧約建国史は三百年程前に起きた宗教戦争でそのほとんどが焚書されてしまい、現存するものがほとんど残っておりませんの。故に、今市場に出回っている建国史を新約、と呼称することは、それだけで重大な意味を持ちますのよ」
「わーお……」
大丈夫??俺粛清されたりしない??あきらかに知らなくていいこと知っちゃってるよね??誰か助けて!!パパでもクレソンでもオリーヴでもバージルでも誰でもいいから助けに来て!!ヘルプミー!!
「ひょっとして、まさかとは思うのだけれど、君は持っているのかい?王家の禁書庫に厳重にしまわれ、歴代の王でなければ中身を読むことも許されない、その旧約建国史を」
「はっはっは!やだな殿下!!そんな言い方をされてしまったら、持っているわけないじゃないですかとしか言えないじゃあーりませんか!!」
「待って!逃げないで!」
咄嗟に逃走を図ろうとしたものの失敗し、ローザ・ゼロに十歳の少女とは思えないような凄まじい力で二の腕を鷲掴みにされてしまう。俺が運動不足の非力な肥満児だからというのもあるが、女児相手に力負けしてしまうというのは情けない。が、それ以上に今は彼女の目が怖ろしい。やべえよやべえよ!!忘却魔法の使い所さんか!?
「安心してくれ、今すぐに君をどうこうしようというつもりは僕達にはないよ」
「それって、事が済んで用済みになったら口封じされるってことですよね?」
「大丈夫だよ、君が旧約建国史のことを言い触らさない限り」
「それって、後々になってやっぱ心配だから、ってなるフラグですよね?」
「ゼロ公爵家の名に誓って、あなた様の身に危害を加えないことをお約束致しますわ!ですから、どうかお願いです!わたくし、どうしてもお兄様をお助けしたいのです!」
拝啓、ミント先生。こんなことなら、あなたに歴史も習っておくべきでした。