第163話 バーベキュー&キャンプファイヤー
臨海学校二日目の夜。午前中に行われたレクリエーション中にA級魔物が乱入するという事件が起きたために騒ぎになり、午後は待機命令が出ていたものの、宮廷魔術師団の転移魔法によりやってきた王国騎士団と学者ギルドの合同調査が終わり、学院長の判断により続行が決定された結果、俺たちは夕食にバーベキューを楽しむことと相成った。
今回の一件で魔物をけしかけたであろう実行犯がいるであろうことはリンドウのお陰で気付けたのだが、冷静に考えてみると俺がやれることってそんなにはないんだよな。
そもそも、ピクルス王子や学院長ら当事者がそれに気付いて対策を講じているのなら、話し合いに呼び出されてもいない俺が今できることは余計な真似をしない、頼まれてもいないのにしゃしゃり出て状況を引っ掻き回さないで、助けを求められたらその時に必要なお力添えできればいいんじゃないだろうか、ということで、リンドウとは話をつけた。
彼女もいざとなれば自分でヴァンくんを守るつもりのようだから、何かあったら必要に応じて協力しましょ、ということで協定を結び、あの場はお開きとなったのである。
「うん、美味いな」
「そうだな!肉も野菜も沢山あるから、遠慮せずに食ってくれよみんな!」
「先輩、俺にもソーセージください」
「いいとも!いい感じに焼けているからな!火傷しないように気を付けるんだぞ!」
そんなわけで、バーベキュー大会である。キャンプ場にあるバーベキュー設備を借りてのバーベキューは、前世では陰キャだった俺からしてみればほとんど人生初と言ってもよい催事で、陽キャやリア充たちに囲まれて居心地悪そうにしている一部の生徒たちに、わかるぞその気持ち!と同情の視線を向けながらも、結構楽しんでいた。
「たまにはお肉もいいよねー」
「ねーほんと!美味しー!」
「そうですよ先輩方。あーん私たちお野菜しか食べられないの―なんてぶりっ子したところで、みんな表面上はそうなんだーって言いつつも結構内心じゃ嘘つけって突っ込んでたりしますからね。そうやって楽しむべきところでちゃんと楽しんでいる女性の方が、僕は素敵だと思います」
「マジ?愛人の座チャンス来てる?肉食系女子の時代来ちゃってる感じ??」
「ははは、ご冗談を」
「わかってるって。ポークくんはうちらと一緒にいるよりゴリ先輩と一緒にいる方が楽しそうだもんねー」
「ねー?」
「あ、先輩ら野菜も焼けたっすよ!焦げちゃう前に早く早く!」
「食べるー!」
「頂きまーす」
「私ももらおうか」
「どうぞー!ほら!ゴリ先輩も野菜食わなきゃダメっすよ!」
「ああ、頂こう!」
なんだかんだで最初は超絶ギスギスしていた班員たちも、こうして少し仲よくなれて何よりだ。特に二年生の先輩方。最初は闇魔法でどうにかしなくちゃダメか??ダメなのか??と心配だったが、存外物わかりのいい方のギャルで助かったよ。
ワッサー生徒会長も戻ってきた当初はややぎこちない緊張に強張った笑みを浮かべていたが、バーベキューが始まってしばらく経った頃には普通に戻っていたので何よりだ。せっかくの学校行事なんだから、みんな笑顔で思い出作りをできたのならそれが一番だよな。
バーベキューなんてリア充のやるものだから、なんて苦手意識を持っていた前世の自分よ、思いきってやってみれば意外と楽しかったのかもしれんぞ。楽しもうと思って挑めば楽しくなるかもしれないし、つまらないつまらないと不貞腐れていては何をやってもきっとつまらないだろう。
何もせずに今に不満をぶつけるよりも、どうすればそんな今を楽しく過ごせるのかを考える方が建設的なんじゃないかって、そう思えるまでに俺はこの世界に転生してから十一年もかかってしまったが、決して長かったとは思うまい。ここに至るまでに歩んできたその道程全てが、今の俺を形作る大切な要素だからな。
バーベキューの後は、キャンプファイヤーだ。フォークダンス、はさすがになかったが、レコードプレイヤーに似た魔道具から流れる音楽と共に、燃え盛る櫓の周りで学生たちがめいめいに青春を謳歌している。
どうやらこの臨海学校を通じて結構な数の男女が仲を深めたらしく、班ごとに固まっている者や同性同士でお喋りしている者たちに混じって、初々しい男女がそこかしこで座ったり身を寄せ合ったり手を繋いでいたり肩や腰を抱き寄せていたり、そんなカップルを羨ましそうに恨めしそうに見つめる独り身たちがいたりとと、青春真っ盛りな光景が炎に照らされて眩しい。
「ポークっち!ちょっとちょっと!大変大変!」
「なんですかメルティさん、そんな小声で騒ぐなんて器用な真似して」
「いいから、こっちこっち!」
やけにハイテンションなメルティさんに連れ込まれたのは、ちょっと離れた森の中だ。キャンプファイヤーから離れた男女がそこかしこで口付け合っていたり抱き合っていたりと、今にもおっ始まってしまいそうな妖しげなムードが満点すぎて吐きそうになったので一刻も早く退散したいのですがそれは。
「ふたりとも遅いって!」
「しーッ!!バレちゃうでしょ!」
「ごめんなさいっす!でも間に合ったからセーフ!」
「なんなんですか一体」
連れて行かれた先には二年の先輩らふたりが待っていて、ギャル三人組と一緒にコソコソ木陰に隠れることを余儀なくされた俺。なんだ?とどうやら多人数対戦をするつもりで俺を呼んできたわけではないらしい三人が食い入るように見つめている視線の先には、ゴリウス先輩とワッサー先輩が対峙していた。
「それで、呼び出して話とはなんだ?昼間の事件について、生徒会に伝達でもあったのか?」
「いや、違うんだゴリウス。私が君を呼び出したのはその、個人的な理由で、だな」
日頃の毅然とした気丈な態度はどこへやら。真っ赤になってモジモジしている生徒会長に対し、ゴリウス先輩は全くピンと来ていない顔をしている。そんなことってある??と思ってしまったのだがあれだな、きっとゴリウス先輩は自分が女性から好意を抱かれるなんて夢にも思っていない感じの、完全なる非モテ男子として完成されてしまった思考の持ち主なんやな??
確かにこの世界では男子は十五歳前後、女子は十三歳前後で結婚するのが普通なのに、十八歳にもなって許嫁も恋人もいない先輩は、かなり行き遅れていると言えなくもない。十六歳にもなってどころか生涯結婚するつもりなんて毛頭ない俺が言えた義理じゃないが、先輩に結婚願望がないってことはないだろう。ラウララウラ伯爵家の長男だしな。
むしろ、長男なのだから親兄弟が率先して嫁を探すはずなのだが、そういった噂も伝わってこない辺りがなんとはなしに真実味を感じさせる。ということは、ようやく来た春ってことか。よかったな先輩。
「あ、あのなゴリウス!わた、私は騎士を志す者として、その、なんだ!お前のことを尊敬しているし、お前が頑張っている姿もずっと傍でこの三年間見てきたし、いやそうじゃなくて、いや違わないんだけど、ええと、ええと!!」
「落ちつけ。どうした?普段の君らしくないぞキルシュ」
キャー!!と今にも歓声を上げそうなギャル三人組。女子に限った話でなく、他人の恋バナが好きな人間って多いよね。何故だろう。恋愛感情は人間が人間である限り未来永劫なくならない万国共通絶対不変の娯楽だからだろうか。少女漫画や恋愛ドラマは恋人になるまで一番面白くて、付き合い始めた後は徐々にマンネリ化していくのでイマイチって言うしな。
「そ、そうだな!いつもの私らしく、いつもの私らしく!お、おいゴリウス!私はな、私はその、おま、お前のことがその、す、す...」
はい没収。
「は?」
「へ?」
「え?」
森の中にいたはずなのに、キャンプファイヤー真っ最中の広場のはずれに強制転移させられたギャル三人組が前のめりになりすぎていたせいで、つんのめって転ぶ。
「告白の覗き見なんて悪趣味ですよ。後はおふたりだけにしてあげましょう」
「ちょちょちょ!?そんな殺生な!」
「一番いいとこだったのに!?」
「うちらは班の仲間として、ふたりの恋の行方を見守りつつ応援したかっただけなんだって!!」
「あー今から急いで行ってももう絶対間に合わないじゃん!!」
「あーもー!!ポークっちのバカ―!!」
なおゴリウス先輩とワッサー先輩は、その晩テントには戻ってこなかったことを明言しておく。なるほど、二日目の夜にだけ何故か点呼がないのはこのためか。点呼はなかったけどチ...いやなんでもない。うん、なんでもないぞ。先輩のイビキや寝相の悪さがなかったお陰でグッスリ眠れたのはよかったです、はい。