幕間 ローリエの場合
今回結構賛否が割れそうな描写を一部含みます。
読まずとも今後の話の展開には大きな影響を与えませんので、不安に感じた方はブラウザバック推奨です。
「わたくしも、でございますか?」
「うん。今回の一件でもお世話になったし、メイド長としての仕事とは別に色々頼んじゃうことも多いでしょ。だから、ちゃんとそういった仕事への報酬をこの機会に明確化しようと思って」
今まではその都度臨時ボーナス渡すだけだったけれど、これからも活躍してもらう機会は多いだろうから、この際キッチリ契約を結んでおくべきかなと思ったのだ。そう説明すると、彼女は意外そうに目を瞬かせる。
「お給金は既に十分なものを頂いておりますし、待遇に関しましても現状特に不満はございませんが」
「それでももらえるものはもらっておいた方がいいよ。時間外労働の対価だったり突発的な急な仕事だったりすることも少なくないだろうから、特にね。最初のうちはよくても、積もり積もっていつしか大きくなった不満が爆発したりしたら、双方のためにもよくないでしょう?」
「不満だなんて、そんな」
メイドの仕事はメイドの仕事、裏の仕事は裏の仕事でキッチリ区別つけて報酬を支払わないと、こちらとしても申し訳ないしね。そうでないと、都合のいい時だけ便利に使い倒しているみたいで。いや、実際裏稼業の人間というのはそういう使い方をするのが正しい使い方なのはわかっちゃいるんだけどさ。
ローリエとも地味に長い付き合いだし、恋愛感情はないにしても、情ぐらいは湧くよそりゃ。もはや俺の中での彼女は、女というより仕事仲間みたいなものだからな。
「では、報酬代わりにひとつ、頂きたい答えがあるのです」
「それは何?」
「あなた様は、一体どちら様であったのでしょうか?十一年前のあの日、階段から落ちたあなた様に、一体どのような変化がおありになられたのでしょうか?差し支えなければ、そのお答えを頂きたく存じます」
「あー...」
思い出す、この世界に転生してから最初に交わした会話。まだ右も左もわからぬ状況で、無理矢理乗り切るために彼女を黙らせたことを。
『ところで、あなた様はどなた様でいらっしゃいますか?』
『誰と言われても、俺は俺だ。ホーク・ゴルド以外の何に見える?』
『ですが、あなた様のご様子を見るに』
『記憶の混濁だ。頭を強く打ったせいだろう。意識が朦朧として、それから少しばかり女性恐怖症を患ったに過ぎん』
『しかし』
『しつこいぞローリエ。一介のメイドの分際で、差し出がましく口を挟むな。お前たちはただ、言われるがままに動くだけの存在であればよい』
『失礼致しました。では、そのように』
どうする?異世界からの転生者でーすイエーイ!と暴露するか?そんなバカな。生まれ変わりの概念はこの世界には存在するが、だからといって違う世界からの生まれ変わりでーすなんて明かしたところで信じてもらえるのか?そもそも、それを今更明かすメリットはなんだ?確かに彼女はそれを他でペラペラ言い触らすような女性ではないが。
十一年。十一年彼女は俺に仕えてくれた。俺のために働き、尽くしてきてくれた。目立たず出しゃばらず、頼まれたことをキッチリこなして、俺に貢献してくれた。メアリ・イースの時も、毒蠍のアンタレスの時も、そして今回の一件も、彼女の特殊工作員としての能力がなければ解決は遅れていただろう。
そんな彼女が十一年間、内心ずっと気にしていたというのならば、それを教えてあげてもよいのではないかという気もする。でも、そこから一気にバレたら、みたいな不安もある。いや、冷静に考えたらハインツ師匠にも学園長にももうバレてるのだから、今更か?
ああ、と事ここに至り、俺は自分が何を恐れていたのかを理解する。
「...大変失礼致しました。どうか、今の言葉はお忘れください。たとえあなた様が何者であったとしても、今のあなた様はわたくしがお仕えするに足る主様でございますもの」
「...いや、いい。いいかローリエ、一度しか言わないからよく聞け。絶対に、他言無用でだ」
「坊ちゃま、それは」
俺がそう言うと、彼女は驚いたように伏せた顔を上げた。
「実はな、あの時頭を打った俺は、少しだけ生まれ変わる前の記憶を取り戻したのだ。そいつは、今の俺と同じ十六歳の男で、若くして死んでしまった男だった。そいつは五歳のホークよりも少しだけ常識的で、その記憶が一部流れ込んだことによって、俺の人格は少しだけいい方向に変化した。どうだ?これが、お前が十一年間気にしていた真実だ」
「...」
ポカーンとした顔をしているな。無理もないか。生まれ変わりなんて、所詮は創作物の中にしか語られないような夢物語だものな。前世で結ばれなかった男女が生まれ変わって再び出会って結ばれる、みたいな若い女性向けの恋愛小説みたいな話をいきなり持ち出されて、彼女はからかわれたと怒るだろうか。バカにされたと思うだろうか。
「以上だ。俺の頭がおかしくなったと思われるから、他言無用で頼む。信じられないと言うのならば、それでいい」
「いえ、坊ちゃまは、今更わたくしにつまらない嘘や誤魔化しを仰るような方ではございません。坊ちゃまがそう仰られるのであれば、恐らくはそれが真実なのでございましょう。あのようなまるで二重人格者のごとき人格の豹変も、それで説明がつきますもの」
「そうか。くれぐれも、みんなには内緒にしてくれよ。特に、父上には。99.9999%大丈夫だとは思うけれど、万が一にも『お前みたいな偽物なんかホークちゃんじゃない!わしのホークちゃんを返せ!』なんて言われた日には、もう一生立ち直れないだろうからな」
「今の旦那様に限って、そのようなことは決してございませんでしょう。ですが、かしこまりました。このローリエ、今頂いた坊ちゃまのお答えは、墓まで持って参ります」
そうなのだ。結局のところ俺は、父親に『お前なんか俺の息子じゃない!』と追い出されることを恐れていたのだ。わかってみればなんとも単純なことだった。自活能力のない五歳児にとっては、深刻すぎる大問題だからな。
まして、非常に良好な親子関係を築いている今ならばまだしも、昔は『イーグル・ゴルドの愛する息子ホーク・ゴルド』という純粋な存在ではない、前世の人格が一部融合した転生者自分という存在への引け目が後ろめたさなのようなものを気負わせていたことは間違いない。
だけど今は、そんな心配もないとハッキリ断言できる。今の俺なら追い出されても問題なくひとりで生きていけるし、何より今の父が愛してくれているのは今の俺自身だ。何より俺は、一部前世の記憶が混じっているものの、紛れもなくホーク・ゴルドであることは間違いない。
『誰と言われても、俺は俺だ。ホーク・ゴルド以外の何に見える?』
ああ、今ならば胸を張って言える。
俺は俺だ。ホーク・ゴルドだ。今ここにいる俺こそが、この世界線での正しいホーク・ゴルドなのだ。だから、恐れることはもう何もない。
「ああ。それと面談は君で最後だから、これが終わったらミルクの入った紅茶を頼む。ホットでな」
「すぐにお持ち致します」
前世、俺は自身が転生者であると誰かに打ち明ける主人公が嫌いだった。『考えなしに何やってんだこのバカ』とさえ思っていた。そんな展開になった瞬間即座に読むのを投げ出すような地雷だったのだ。でも、俺は今日、自分に前世の記憶があることを打ち明けてしまった。日本からの転生者であるところとかは省いたが、それでもだ。
それなのに、なんだろうな。不思議なぐらい穏やかな気持ちでいられているのは。十一年という歳月の中で、今の彼女になら打ち明けても大丈夫だろう、と思えるほどの信頼関係を培ってこれたのだと、俺自身が実感したせいかもしれない。それが俺の一方的な思い込みに過ぎないのかもしれないとしても、後悔はなかった。
程なくして、ローリエが紅茶一式とお茶請けの焼き菓子を運んできた。
「いい匂いだな」
「恐縮です。わたくしの取って置きをご用意させて頂きましたので」
「そうか。それは、楽しみだ」
室内に、普段ポーカーフェイスが常な彼女が珍しく笑顔で紅茶を淹れてくれる音と、ふんわりとした茶葉の上品な香りが広がる。
余計なボロが出てしまう前にと慌てて追い出したあの日とは真逆の、穏やかでゆったりとしたのんびり時間。裏の顔を持っている、青髪の敏腕メイドローリエが丁寧に淹れてくれたお茶は、とても美味だった。
ブクマ11111件突破、総合ポイント44444点ありがとうございますと言っても今の子には通用しないかもしれない悲しみ。キリ番リクエスト?なんのこったよ(すっとぼけ
あと明日から結構本格的に忙しくなるので更新頻度が低下するかもしれません





