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第147話 ゴリウス・ラウララウラ

準決勝の相手は、弱くはないがさほど強くもない三年生だった。観客たちの興味もむしろ、俺と唯一準決勝まで残り三年生の意地を見せた彼よりも、この後に行われる一年生同士でありなおかつ婚約者同士であるピクルス王子とローザ嬢の試合の方に興味が行ってしまっているようで、さほど盛り上がらなかったのだがまあ無理もない。


留学生vs三年生よりも、この国の第3王子vsその婚約者である公爵令嬢のカードの方がよっぽど面白そうだからな。


「対戦ありがとうございました、ゴリウス先輩」


「うむ。油断や慢心があったわけではないが、こうもあっさりやられてしまうとは、世界とは広いものなのだな。帝国には君のような強い子供がまだまだ大勢いるのだろうか?」


「いえ、そうでもない、と思いますよ。うぬぼれて言うわけではありませんが」


「はは!どうやら君は、噂よりもはるかに謙虚な人であったらしいな」


ゴリウス・ラウララウラ先輩。ラウララウラ伯爵家の長男であり、俺の準決勝の対戦。名前から抱くイメージ通りの、ゴリラっぽいいかつい顔の、筋肉モリモリマッチョメンな先輩だ。そんな彼と何故ラウンジでお茶をしているのかというと、試合が終わった後にあちらから声をかけてきたのだ。


「しかし、今年の一年生は恐ろしいな。嵐を巻き起こすわ氷のドラゴンを召喚するわ、重力球で時流すら歪めるわでいささか自信を喪失してしまいそうになるよ」


「お相手は王族や公爵家の令嬢、それに竜人ですから、そう気を落とす必要はありませんよ」


「だが、そんな彼らに匹敵する君は一体何者なんだ?」


「ただの凡人ですよ。自分のやれることをやれる範囲内で、できる限り頑張っているだけの、ね」


嘘ですごめんなさい、転生者なんです俺。主要キャラ、ヒロイン、ヒロイン、主人公、転生者、大賢者の孫娘だからな。顔触れが軒並みチートでもなんらおかしくはない集まりなので、先輩方が気に病むことは何もありませんよ、と教えてあげたいが、さすがにそれはできない。


「勝者!ピクルス・ブランストン選手ー!!」


わあ!!っと地響きのような歓声がカフェラウンジにまで届いてくる。


「どうやら、決勝戦の君の相手は噂の王子様のようだな」


「先輩の3位決定戦の相手はローザ様のようですね」


「...辞退しようかな、俺」


「ご冗談を。戦う前から逃げたとあっては、ラウララウラ伯爵家の名折れでしょう」


「だよなあ」


しょんぼりと肩を落とす老け顔の先輩。


「イグニス陛下も仰っていたではありませんか。勝敗よりも、みっともない勝ち方、みっともない負け方をしないことの方が大事であると。お互い、学院の生徒として恥じないような振る舞いをしましょう」


「学院の生徒として恥じないような振る舞い、ねえ」


先輩はココアを啜りながら、じっと俺の目を見つめる。


「王子相手にわざと負けることは、果たしてそれに相応しい振る舞いと言えると思うか?」


「おや、バレてしまいましたか」


脳味噌まで筋繊維でできていそうな顔をして、意外と鋭いんですね、とは言うまい。そもそもゴリラは森の賢者って呼ばれるぐらい温厚で頭のいい動物だからな。筋肉一辺倒な脳筋なイメージがついているのは日本だけらしいし。


「見たところ王子様は君との真剣勝負を望んでいるようだが」


「真剣に勝負しますよ。その上で、勝ちは譲ります。どこかの暴れん坊が派手に煽ってくれやがったお陰で、一部で僕へのヘイトも酷いことになっているみたいですしね」


俺はコーヒーカップを手に取ると、ユラユラとそれを揺らし、黒い水面に波を立てる。


「忠告する。それは、飲まない方がいい」


「おや、いいのですか?」


「こういったやり口は、どうしても好きになれないんだ。君が最初から殿下に花を持たせてくれるつもりだとわかった以上、俺がやるべきことはもう何もない」


おかしい、と思ったのは、準決勝戦が始まった時だ。この先輩は、まるで何かに追い詰められたかのような表情を浮かべていた。俺に胸の薔薇を散らされた時も、どこか絶望したような表情を浮かべていた。それは、一年生に負けたからとか、留学生に負けたからといった、そんな類いの顔色ではなかった。


俺をカフェラウンジに誘った時、彼は悲壮な笑みを浮かべていた。相手に一服盛るつもりなら、しきりに俺のコーヒーをチラチラ気にするべきではなかったのだ。不器用な人だな、と思った。だからこそ、こうせざるを得なかったのかもしれないが。


「先輩。あなたにまだ騎士を志す者としての矜持がおありなら、今から僕がすることを黙って見ていてくださいますか?」


俺はそう微笑むと、目の前の先輩が恐らくは下剤であろう薬を盛ったコーヒーにミルクを垂らし、スプーンでかき混ぜたそれを、一息に全部飲み干した。


「俺に、騎士になる資格はもうないさ。なったところで、ラウララウラ伯爵家には後ろ盾も伝手もない。こうやって逆らえない筋からの汚い仕事を押し付けられて、いつかはトカゲの尻尾切りを食らうだけだよ」


「いえ、いいえ。あなたはよい騎士になれますよ。直に刃を交えた僕が保証します」


俺は痛くもないお腹を抑えながら立ち上がる。


「3位決定戦、気兼ねなく頑張ってください。僕は僕で、己のやりたいようにやりますので」


「そうか。ありがとう」


すれ違い様にこっそり目配せすると、ゴリラ顔の先輩は、クシャリと泣きそうな顔で笑った。


やれやれ、困ったものだ。


そのまま急ぎ足に男子トイレに駆け込むと、俺は他に誰もいないことを確認してから個室に入り、通信用の魔道具を起動する。


「もしもしローリエ?ちょっと取り急ぎ調べてもらいたいことがあるのだけれど」

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