第145話 嵐を呼ぶ!モーレツ竜女
「皆様お待たせ致しました!これより闘技大会、決勝トーナメントを開催致します!」
わあー!!っと満席の客席から大きな歓声と喝采が沸き上がり、ぐるりと360度それらの観客席から見下ろすことのできる円形アリーナの中央に一列に整列させられた俺たち十六名のトーナメント参加者たちはめいめいに手を振ったり緊張していたりと異なる様子を見せている。
俺も観客席にいる両親やみんなににこやかに手を振り、それから大漁旗かな??と思うぐらいのどでかいマーマイト帝国の国旗を応援のためにと来賓席に持ち込もうとして一悶着起こしやがったイグニス陛下に引き攣った笑みを送る。いっそ中指でも立ててやろうかあの野郎。イグニス様の隣で苦笑しているローガン様がせめてもの癒やしだよ全く。
ちなみに観客席にはフード付きのローブに身を包んで姿を隠していてもなお3mという巨体のせいで目立ってしまっているハインツ師匠もいたので軽く手を振っておくと、小さく振り返してくれた。何あの邪竜可愛い。
「さあ!これより高等部最強の学生を決める栄誉ある戦いに赴く十六名の選手をご紹介致します!まずは皆様ご存知我らがブランストン王国第3王子!1年A組、ピクルス・ブランストン選手だー!!」
喝采と共に、そこかしこからキャー!!という黄色い歓声が上がる。十六歳になってますます氷の王子様キャラが確立されてきた銀髪とアイスブルーの瞳を持つ美男子だからね、そりゃ大人気ですわ。
「続きまして!美しき薔薇にはトゲがある!ピクルス殿下の婚約者であらせられる公爵令嬢!1年A組、ローザ・ゼロ選手!」
こちらは主に野郎どもからの熱狂が凄い。彼女も女性的な魅力を放つようになって、ぞっとするような冷たい美貌と妖艶な笑み、そして何より一年生でありながら凄まじいまでの魔法の才能でこの男女混合のトーナメントを勝ち上がってきた実力者である事実に、一部女性たちからの熱い声援も注がれている。
そう、俺がサニーと戦っていたことからもわかるように、このトーナメント男女混合なのだ。男の最強、女の最強を決めたなら、どっちの方が強いのか試してみたくなるのが人の常、と何代か前の国王の意向により、以前は男女別であったトーナメントがその代から男女混合になったらしい。よって、決勝進出者には女性選手も少なくなかった。
「マーマイト帝国からの留学生!その実力は皇帝陛下のお墨付き!1年B組、ポーク・ピカタ選手!!」
おい、今まで歓声ばかりだったのに、俺の紹介の番になった途端拍手で済ませるのは露骨すぎるだろ!まあ、イグニス様が開会式の挨拶で盛大にやらかしてくれやがったからな。外国人に優勝されて堪るか!みたいな空気が蔓延してしまっているのはしょうがないことと言える。ここで腹を立てるほど俺も大人げなくはないゾ。
「頑張れよポーク!余が見守っておるぞ!!」
そんな会場の空気を物ともせずに、大声でエールを送ってくれるイグニス陛下。うちの家族たちを除いて完全アウェイな空気の中でも堂々と己の主義主張を貫くスタイルはさすが軍事国家の皇帝陛下といった風格だ。俺は思わず無言で拳を突き上げるというちょっと体育会系なことをしてしまったが、陛下もグっと拳を突き返してくれたのでよしとしよう。
なんだろうね、前世じゃこんなこと絶対できなかったのに。これだけ大勢の人間の注目を浴びたりして、しかもそれがアウェイなものだったりしたら棄権して逃げてたかもしれないし、そもそも出場すらできずに予選で初戦敗退していたことだろう。俺、本当に色んなことを頑張れるようになったんだなあとしみじみ。
そんな感じで十六名の選手たちの紹介が進んでいった。ピクルス様、ローザ嬢、ヴァンくん、俺、リンドウ、学院長の孫娘ヴィータ、他見知らぬ上級生たち。なんと十六人中六人が一年生という異常事態だ。奇跡の年なんて言われてもおかしくないレベルで今年の一年生はレベルが高い。サニーだって相手が俺じゃなきゃ普通に本戦に残っただろうしな。
「それでは第一試合!赤コーナー!1年C組、『竜人族』のリンドウ選手!青コーナー!1年B組、ポーク・ピカタ選手!共に一年生ながら素晴らしい実力を発揮して予選を勝ち上がったふたりのバトルに注目です!それでは、試合開始ィ!!」
本戦では四角いリング状に試合スペースが区切られていた予選と違い、闘技場の円形アリーナを丸々ひとつ使って戦う。試合開始の合図と共に、即座にごう!!っと暴風を巻き起こす。だが闘技場にかけられた魔法障壁により、アリーナ内でどれだけ荒れ狂う暴風や雷鳴や火柱が巻き起こっても、観客席には一切届かないようになっている安心設計だ。
ちなみに予選ではひとりだった審判も、公平を期すために魔法障壁の外部から四人の審判が俺たちの戦いを見守っている。
「久しぶりねホーク!」
「ポークです。お間違えなく」
「どっちでもいいじゃない!人間ってのはこれだから面倒だわ!」
「致し方ありません。あなたが『竜人族』なのと同じですよ」
ちなみに竜人族は結構珍しい存在だが、幻などと言われているほど希少でもなく、普通に獣人族と同じように扱われる存在だ。一部女神教徒の間では竜は邪竜を指すため過去には迫害されていた歴史などもあるようで、そういった事情もあって竜人族は竜人族の里と呼ばれるコミュニティを独自に作り上げ、そこからあまり出てこないらしい。
なので、学院に竜人族の生徒が入ってきたのはここ数十年ほどなかった珍事であるらしく、そういった事情と本人が絶世の美貌を持つ金髪美少女であることもあってか、結構な数の男子生徒たちがリンドウへと熱心に声援を送っているようだ。
「悪いけど、お爺様の見ている前でかっこ悪いところは見せられないの!だから本気で行かせてもらうわよっ!!」
「俺だって、師匠の前で情けないところは見せられないですからね!」
黄金の翼を羽ばたかせ飛翔したリンドウに、好奇心や感嘆、驚嘆に女神教徒からの厳しく鋭い視線といった、様々な目が向けられる。有翼種である鳥人族が空を飛ぶことはさほど珍しい光景ではないが、やはり竜人族の竜の翼というものを生で見るのは珍しいことなのだろう。
「リンドウの名において命ずるわ!嵐よ渦巻け!雷鳴よ我が敵を穿て!」
やりすぎだバカ!!と怒鳴りつけたいところだが、立っているのも辛いような暴風と、魔法障壁がまるで台風の日の窓ガラスのように雨粒だらけになって何も見えなくなるぐらいの横殴りの大雨、それに的確に俺に向かって落ちてくる幾重もの落雷を魔法防壁で弾くことに必死で声を出す暇もない。
仮に怒鳴ったところでビシャーン!ビシャーン!!と眩く煩い落雷の前では届きもしなかっただろう。おまけに相手はこの嵐の中空を飛び、地上にいるこちらは一方的に空からの攻撃を受け続けるだけ。相手はまだ若いとはいえ正真正銘、この世界の頂点に君臨する最強の生命体、竜神なのだ。
どうしましょうカガチヒコ様。俺が学びに来たのは人間相手での戦いであって、自然災害に立ち向かうことではなかったと思うのですが。
「オーホホホホ!!手も足も出ないようね子豚!いい気味だわ!!いっつもいっつもお爺様に可愛がられて一緒にお風呂にまで入っちゃって!あたしだって子供が作れる体になってからは一緒にお風呂に入ってもらうことも添い寝してもらうこともできなくなったっていうのにあんたと来たら!!」
「あ」
それはただ大好きなお爺ちゃんを取られたと感じているが故のヤキモチでは?と反論する前に、俺は大事なことに気づいてしまった。
「何よ!打ち消されたってんなら何度だって」
「そ、そこまで!!勝者!ポーク・ピカタ!」
「はあ!?なんでよ!?反則負けとでも言いたいワケ!?嵐を起こしちゃダメなんてルールなかったじゃない!!」
無属性魔法によるマジックキャンセル。嵐を打ち消され、一瞬で元の晴れ間が降り注ぐ闘技場にアリーナを戻されたリンドウはしかし、ゲームセットを宣言され審判のうちのひとりに詰め寄る。
「その、胸の薔薇が散ってしまったので、あなたの負けです」
「は?...はァー!?」
そうなのだ。魔法防壁で風雨と雷を凌いでいた俺と違い、自分は嵐の中でも平気だからと平然と雨風に打たれていたずぶ濡れの彼女の胸の薔薇は、呆気なく風に散らされ茎だけしか残っていない状態だった。
「迂闊だったわ!そうだった!薔薇のことなんかちっとも意識してなかったわよッ!あたしのバカーッ!!」
「え、えー、第一回戦から非常にハイレベルな戦いが繰り広げられ白熱の試合となりましたが、ここで一旦闘技場の修復のため休憩時間を挟ませて頂きたいと思います!」
観客席からは、何何?一体どうなってんの?みたいな疑問符が飛び交う。そりゃそうだ。いきなり嵐が引き起こされ、暗雲に呑まれてアリーナ内が何にも見えなくなったと思ったらいきなり晴れて、そしたら全てが終わっていたわけだからな。
「なんとも恐ろしい一年生だ」
「彼女、今のうちに引き込んでおいた方がよいのではないか?」
「野放しにしておくのは危険...」
そんな一部関係者のヒソヒソ話も聞こえてくるぐらい目立ちまくりのリンドウに注目が集まっているせいで、対戦相手だった俺には『え?あいつが勝ったの?』みたいな視線が注がれる。
「リンドウさん、ひとつお願いがあるのですが?」
「何よ?憐れな負け犬をさらに辱めてやろうってワケ?」
「いえ、そんなわけでは。あの、『あたしまた何かやっちゃいました?』って言いながら首を傾げてみて頂けません?」
「はあ?なんでよ?」
意味わかんないわよ!と拒否されてしまった。うーむ、残念。なお台風の翌日の水嵩が増して水没してしまった土手のような有様になってしまったアリーナは、学院長が魔法で元に戻してくれた。かくしてトーナメントは初戦から、波乱の幕開けとなってしまったのである。





