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第135話 趣味が悪すぎて草

「坊ちゃん、大丈夫ですかい?顔色が悪いですぜ?」


「平気、大丈夫」


「とても大丈夫には見えないな。少し休憩しよう」


「大丈夫だって、平気平気」


「童が無理に強がっても痛々しいだけにござるよ。拙者、水筒に茶を持参したゆえ、しばし休憩しましょうぞ」


前世の母の姿をした鏡人形を射殺し、3階へと進もうとした俺は、仲間たちに総がかりで引き留められた。母に擬態した鏡人形の残骸はもう欠片も残ってはいない広間にバージルが鞄から取り出したシートを広げ、その上に座り四人で温かい緑茶を飲む。といってもカップはふたつしかないから、順番にだが。


危なかった。あの母の姿で喋り出されたら俺のメンタルがやばかったかもしれない。高校に行く途中で死んで転生してしまって、もう二度と会えなくなった前世の両親。なのに、そんな母とこんな形で再会する羽目になるとは。


二階からは念のため心と記憶に魔法障壁を張って記憶を読み取られることを防ごうとしたにも係わらず、平然と母の姿になった、ということは恐らく、塔の前で宝珠を使った時点で既に記憶を読み取られてしまったのだろう。この塔そのものが、宝珠を使って中に入った俺専用の試練の塔へと一時的に変質を遂げたわけか。つくづく凄まじい技術が駆使されているな。これが女神の産物ではなく数百年前に生きていたドワーフの天才鍛冶師の生涯を捧げた最後の大仕事だというのだから、人間ってのは恐ろしいもんだなと実感するよ。


「あの女性も、古い知り合いかい?」


「まあ、そんなところです」


「どうやらこの塔は、昇る者の心を試しているようでござるな。拙者であれば、かつての主君やキリサメ様の姿と相成ったやもしれぬ」


「たぶん、宝珠を使ってここに入った張本人である俺の心を試しているんだと思う。勇気と、知恵と、力って言ってたし」


「となると、1階と2階は勇気を試されているのかもしれないね」


「それにしちゃあ、やり方が陰湿で陰険なのが気に食わねえなあ」


王立学院のものでもヴァスコーダガマ王立学園のものでもない学生服に身を包んだ黒髪の青年と、その青年によく似たアラフォー女性。恐らくあのふたりが親子であることは、三人とも薄々察しているのだろうが、根掘り葉掘り聞いてこないでいてくれることが今はただありがたい。


よく家族とか大切な人に化けた敵を攻撃できない~みたいな展開はアニメとか漫画じゃよくあるテンプレだけど、実際にやられてみるとここまできっついとは思わなかった。11年ぶりに姿だけとはいえ再会した、あの頃と遜色のない前世の母さん。それを、射殺した事実が、俺の心の中に重石となってズッシリと残っている。


「今日はここまでにしやすかい?」


「いっそ諦める、というのもひとつの手だね。僕たちはただ興味本位でここへやってきただけであって、別段伝説の武器がどうしても必要なわけじゃない」


「いや、続けるよ。今ここで逃げ帰ったら、それこそただ嫌な思いをさせられただけで終わっちゃうからね」


「だが、これ以上進めばさらに過酷な試練がホーク殿の心を責め苛むやもしれぬ。それでも進むと?」


「ああ。そうじゃなきゃ、きっと後悔する」


正直、試練とやらを舐めていたことを認める。今の俺たちなら、師匠クラスの敵でも出てこない限り余裕だろうと余裕ぶっこいていた結果がこのザマだよ。


3階で登場したのは、かつて俺が飛ばされた本来あるべき正しき世界線で首を吊って死んだ、あちらの父イーグルの姿だ。腐敗したり、顔が肥大化して酷いことになったりはしていないものの、しっかりと首に巻きついた縄と、青白い顔で恨めしそうにこちらを見つめてくる父の姿をした鏡人形をこの手で射殺するのは、俺の精神に盛大な負荷をかけてくれた。


だが、立ち止まらない。あちらの世界の父は死んだ。俺はそれを救えなかった。それは事実だ。変えようのない過去だ。だが、同時にもうあり得ない未来でもある。前世の俺、前世の母。あり得たかもしれない父の未来の死。


なるほど、あまりにもストレス過多な展開すぎて、一周周って逆に冷静になってこれたぞ。1階は恐らく、誰もが直視したがらない、己の弱さを如実に映し出すのだろう。魔法も使えなければ友達も少なく、死んでも家族と一部の友達ぐらいにしか惜しんだり悲しんだりしてもらえなかった、地味で暗くて陰気だった前世の俺。


2階はたぶん、最愛の異性。俺に恋人がいたらそいつの姿にでも化けていたのだろう。現世での母や妹、ローリエ辺りの姿にならないのは、そちらになるより前世の母の姿になった方が確実に俺のメンタルに大ダメージを与えられると踏んだからだろう。3階は、かつて救えなかった、あるいは負い目のある相手、かな?


「そんで、4階はお前か」


「やあ、初めまして僕」


本当に悪趣味な試練だな。考えた奴、絶対性格悪いだろ。現れたのは、今こうしてここにいる11歳の俺の鏡映しのようなコピー人形だった。しかも、普通に俺の声で喋る。


「随分とまあ、ご立派な姿になったじゃないか。得意げに護衛も三人も連れちゃって偉そうにさあ、ほんとは君にそんな権利も魅力もないくせに」


「いや、もういい。精神をボコボコにされすぎて、逆に吹っ切れた。お前は死ね。ただ死ね」


「いいのかい?君の誰にも知られたくない本当の秘密」


魔法で作り出した拳銃が、ペラペラと喋りながら嘲笑するように醜く歪んだ俺の顔を、心臓を、喉を撃ち抜いていく。もはや何の感慨もなかった。悪いな。たぶん本当は、1階から3階までで己の心の弱さ的な何かを見つめ直し、こうして4階で自分自身の本心と対峙して~みたいなギミックだったのかもしれないが、前世の俺冴えない上に見た目も中身もダサすぎショックとまさかの母との感動?のご対面だけで十分衝撃的すぎて、なんか色々とどうでもよくなってしまった感が否めない。


人間、あんまりにも大きすぎる衝撃を受けすぎると却って逆に冷静になってしまうものなんだね。初めて知ったよ。


「誰にでも他人に知られたくない秘密のひとつやふたつぐらいある。そうやって誰もが自分のため、あるいは他人のために、何かを隠し、黙し、秘して生きているから社会は成り立っているんだ。だから、お前の仕事は始まる前から終わっていたんだ。本当に申し訳ないが、もはや開き直った今の俺に精神攻撃は通じんぞ」


喋りながら撃ったのではなく、撃ち殺したのを確認してから喋り出したからな。


確かに俺は転生者で、前世の知識でちょっとズルはしているかもしれない。でも、ただそれだけだ。別にそんなことを誰かに話す必要もないし、バレることを恐れる必要も別になくない?俺が女神に大金持ちの家の子供に転生させてくれって頼んだわけじゃないし、チートをくださいとお願いしたわけでもない。


結局全部不可抗力でいきなり死んで転生しちゃっててって、それだけだ。バージルやオリーヴを雇えたのは俺がチート転生者だからか?違う。クレソンを買ったのは俺が前世日本人だからか?違う。俺が俺という人間であるがゆえに選んで進んできた道だ。俺が女嫌いなのは転生者だからでもチート持ちだからでもない。根っからの性分だからだ。


確かに価値観や一部知識こそ前世のものを引き継いではいるが、それがこの世界の全てを根こそぎ根幹から揺るがすような大それたものじゃない。相変わらず師匠には手加減してもらわなければ勝てないし、学院長には魔法の腕で劣るし、イグニス陛下ほどのカリスマ性もなければ、カガチヒコさんほどの戦闘能力もない。


ローガン様のような深い知識や包容力はないし、父のように商売が上手いわけでも、ガメツの爺さんみたいに巨大な組織で支部長に上り詰めるだけの政治力も、オークウッド博士のように次々とマッドだけど確実に生活や戦争の役に立つような凄まじい発明品を作り出せるほどのアイデアやバイタリティがあるわけでもない。


金田安鷹は凡人だった。ホーク・ゴルドになってからは、少しだけこの世界のバグ技や裏技めいた知識を駆使してチートっぽいことができるようになったけれど、女神様からはメーガーミーツという夜食や間食に最適で一部局所的に役に立つチートをもらってはいるけれど、でもそれだけだ。


だから、前世の記憶があることを恥じたり、それがばれたらどうしようとかって不安になる必要は、実は全然なくない?と開き直ることに成功した。センキュークソ試練。あまりにもムカつきすぎて逆に吹っ切れたよ。


「どうやら、もう大丈夫みたいだね」


「顔色もだいぶよくなられたようで何よりでござる」


「まあ、昔っからメンタル弱いくせに強がって変な方向に思考がぶっ飛んで、ひとりでウジウジ煮詰まって鬱な表情を浮かべるのは坊ちゃんの悪い癖みたいなもんでしたからねえ」


「悪かったな悪い癖で。その節はどうもご迷惑をおかけしました!」


こつんとバージルに拳を向けてやると、大きな手の平でスパンと受け止められ、そのまま拳を握られる。でかい手だ。ゴツゴツしてて、あったかい。俺が間違えそうになったら首根っこ掴んで引き留めてくれて、失敗したら優しく受け止めてくれて、倒れそうになったら支えてくれて、口で言ってもわからない時は拳骨でもって教えてくれる、頼れる大人たちの手。ほんと、いい人間関係に恵まれてるよ俺は。


しかしまあ、そうだよな、言われてみりゃヴァンくん相手に主人公が登場したからどうせ俺なんて脇役でーとか俺の護衛なのにみんな俺よりヴァンくんのこと好きになってーみたいにいじけて不貞腐れてたあの頃のことがばーっと脳裏に蘇ってきて、とんだ黒歴史だよ!と顔が赤くなる。特にバージル、オリーヴ、クレソンの三羽烏は俺が五歳の時からずっと護衛をしてくれているわけだしな。


「まあ、いいんじゃねえですかい?青褪めてるよか、赤らんでる方が健康的でさあ」


「言えてる」


スパシーバの塔、4階まで攻略完了。残り、9階層。

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