第134話 スパシーバの塔は全13階
「これはなかなか」
「なんだか想像してたのと違いやすねえ」
「どことなく不気味にあり申すな」
塔の1階は、壁も床も天井も、全てが鏡張りの迷路になっていた。俺たちの姿がいびつに歪みながら一歩歩く度に万華鏡のようにグネグネと乱反射して、なんだか目が回ってしまいそうだ。
「坊ちゃん、魔法でなんとかできねえんで?」
「無理、っぽいね。鏡にもこの塔自体にも一部の魔法を阻害するコーティングがされているみたいで、壁とか壊して進んだり、壁をすり抜けたりはできないみたいだ。無理矢理結界を破ろうとすれば、最悪この塔が倒壊する可能性もありそうだし」
「地道に進んでいくしかない、ということだね」
「不用意に不正な邪道に手を染めるよりも、真っ当な正攻法で進むのがよいということにござるな」
鏡の迷宮は見た目こそアレであったが、迷路の造り自体はさほど奇をてらったものでもなく、普通の迷路、といった感じであった。塔そのものが長らく封鎖されていたため魔物の類いはおらず、また空気は死ぬほど悪いのでは、と危惧して防塵マスクなども一応は持ってきたのだが、魔力で外気と循環させているのか、かび臭さや埃臭さも感じないのは正直助かる。
魔物も出てこないので、右手を壁に沿わせて歩いていると、程なくして広間に出た。
「何か来るようでござる!」
「坊ちゃんはあっしの後ろに!」
「あれは、鏡かな?」
まるでスライムのようなプルプルとした、半透明なゼリー状の物質が天井から落ちてきて、ベチャリと床に広がる。だがそれはやがて明確な意思を持って顔のないマネキン人形のようなツルツルの人型になると、その姿を一瞬で変えた。
「俺?」
「しかし、鏡にしては様子がおかしくあり申す」
ホーク・ゴルド。肉体年齢が11歳の今の俺ではなく、16歳程度の姿に成長した俺の姿になり、やがて、黒髪の青年の姿へと変貌した。
「んな!?」
「坊ちゃん、あいつは一体誰なんで?」
「酷く驚いているようだが、知り合いかい?」
知り合いなんてもんじゃない。あいつは、前世の俺だ。毎朝学校に行く前に、洗面所にある鏡で見ていたのとソックリ同じ前世の俺の姿で、鏡人形は無言で佇んでいる。
恐らくは、内部に組み込まれた魔法で対峙した相手の記憶を読み取って、姿形を変える仕組みになっているのだろう。魔物というか、人造人間の類いだろうか。極めて高度な魔法と優れた工匠技術の賜物と言える。数百年前だってのにこの完成度、天才ってのはいつの時代にもいるもんなんだな。
「襲っては来ないようだけれど」
「倒しちまってもいいんですかい?坊ちゃん」
「あ、ああ。いいよ。昔の知り合いに似ていたからちょっと驚いただけ」
嘘だ。メチャクチャ動揺している。だって前世の俺の姿をしているんだぜ?これでペラペラ何かを喋り出そうものなら、それこそ前世の記憶とか知識とかそういったものをベラベラ暴露されてしまったら困る。だって、変に思われるだろ?生まれ変わりとか、二度目の人生とか。
不気味だとか、気持ち悪いとか、ずるいとか、みんなが真っ当に一度きりの人生を送っている中で、チートで好き放題インチキしていることがばれたら、嫌われたっておかしくはないわけだし。
「む?」
「な!?」
俺の許可を得て踏み込んだカガチヒコさんが刀を一閃させるが、首を切断された鏡人形はしかし、切断された首が宙に浮かんだままびくともしていないのがとても不気味だ。液体金属のようにプルンと切断面が即座に再生して癒着し、元通りの姿でそこに静かに佇んでいる。
攻撃してくるわけでもなく、何を喋るでもなく、ただじっと俺を見ている。なるほど、これが、伝説の武器を手にするための試練、というわけか。真の勇気と知恵と力。鍵となる宝珠を使った俺自身が、こいつを打ち倒さねばならないのかもしれない。
「下がって、俺がやる」
なおも追撃を加えるが、首を斬っても胴体を斬っても即座に再生してしまう鏡人形にどうしたものか、と一旦距離を取ったカガチヒコさんを制し、俺が前に歩み出る。
「坊ちゃん、お気をつけて」
「ああ、大丈夫だ。大丈夫」
俺は魔法で拳銃を作り出すと、それを鏡人形に向けた。拳銃を向けられているというのに、前世の俺はなんの反応も見せず、ただ俺の前に佇んでいる。
試しに左手を撃ってみた。ベチャリ、と血が噴き出ることもなく弾けとんだ腕が半透明な固形物となって散らばる。どうやらこいつを傷つけると俺の体の同じ場所が傷つく、といった仕様ではないようだ。もしそうだったらカガチヒコさんに首を斬られた時点で死んでいたかもな。危なかった。
「じゃあな」
心臓を撃ち抜くと、片手を失くしても表情ひとつ変えずに突っ立っていた前世の俺は、そのままグニャリと崩れ落ち、透明になって消えた。同時に、広場の奥からズゴゴゴゴと階段が降りてくる。
「どうやら1階はクリアしたみたいですぜ」
「大丈夫かい?ホークくん。次に進む前に、少し休もうか?」
「何せ13階まであるとのことでござるからな。一日でその全てを昇りきらねばならぬ、というわけでもないようでござるし、無理をする必要はござらぬ」
「いや、大丈夫だよ。進もう」
だが、俺の決意は早くも鏡の迷路を抜けた先の、2階の広間で打ち砕かれることとなる。鏡人形が擬態したのは、前世の俺の母。金田安鷹の母、金田頼子その人だったのだから。