第131話 キヌサダ・ホオズキマル
かくしてオッサンズイレブン最後の空席が埋まったのでありましたとさ
幻のトゥエルブマン?オーシャンズは最終的に十三人だった?アーアーキコエナーイ
時は遡ること半月ほど前。ジャパゾン国には貴族の代わりに大名と呼ばれる侍たちがいるのだが、ホオズキマルはそんな大名家に仕える剣術指南であったそうだ。剣術指南って何?というのを簡単に説明すると、当主やそのご子息らに剣術や時に勉強を教える家庭教師のようなものであると思ってくれればいい。
早い話が侍版ミント先生だ。たとえ将軍であっても剣術の教えを乞う際は、先生と師を立てて遜る慣習のあるこの国で、大名家の剣術指南ともなればそれこそ道場を開いて大勢弟子が取れるレベルのツワモノでなければなることができず、山猿おじさんの強さが窺える。
さて、そんなホオズキマル先生。カグラザカ家と呼ばれる大名家にもう二十年以上仕え、当主とも、もうすぐ十五歳になる長男との仲も良好。将来は生まれてくる孫の指南も是非、などと当主や長男から酒の席で乞われるような間柄であったのだが、あまりにも距離が近すぎたが故に、悲劇が起きてしまう。
カグラザカ家には、キリサメと呼ばれる美貌の長女がいた。今年で十二歳になるキリサメは、五十路のホオズキマルにひそかに恋慕していたのだが、彼女には幼い頃からの許嫁がいたのである。それが格上の大名家、カキツバタ家の若き長男、ツバキノスケであった。
顔こそよいものの、剣の腕はからっきし。甘い文句で町行くおなごたちを口説いては褥を共にし、飽きたら捨てて次のおなごを、などといった典型的な遊び人であるツバキノスケは、キリサメにとって軽蔑の対象であったが、相手は格上の家柄であるため破談にすることもできず。
だが、ある日とうとうキリサメの友人であった町娘が、ツバキノスケと密通し、彼の子を身籠ったことで大騒ぎとなる。ツバキノスケは堕ろせとすげなく素っ気なく、友人でありながら内心はキリサメのことを大名家の鼻持ちならぬ気取り屋娘と見下していたその娘は、これでキリサメからツバキノスケ様を奪い取ってやれる!と大喜びしていたのにまさかのポイ捨てされて発狂。
結果、錯乱したその町娘がカグラザカ家に押し入り事の一部始終を全て暴露した上で喉を掻き切って自害し、当然カグラザカ家一同は大激怒。許嫁と友人からいっぺんに裏切りを食らったキリサメが死に装束に身を包んでカキツバタ家に押し入り、あんたなんかと結婚するぐらいなら死んだ方がマシ!!とツバキノスケの椿椿を刀で斬り落とすという大惨事に発展した。
いくらツバキノスケに非があるとはいえ、大名家の息子のムスコを格下の大名家の娘が斬り落としたなどと知られたらカグラザカ家にとってもカキツバタ家にとっても大醜聞となり、ともすれば御家取り潰しの危機に他ならぬわけで。もはや一家揃って腹を斬るよりなしか、と苦悩するカグラザカ家の者たちのために、ホオズキマルは独り泥をかぶることを決意。
その場でカキツバタ家の人間たちを皆殺しにした挙げ句、『気が触れて錯乱したホオズキマルがキリサメに関係を無理矢理迫ったところ拒絶され、ツバキノスケを逆恨みしてカキツバタ家を襲撃。一族郎党を皆殺しにした挙げ句屋敷に火を放った』という、強姦未遂・殺人・放火という打ち首獄門間違いなしの罪状を犯し、後は全てを胸にしまい込んで処刑されて終わる。
...はずだった。しかし、キリサメがいくらなんでもあまりにそれではあなた様に救いがなさすぎる!と、逃げるよう言った。逃げずにこのまま処刑されるつもりならば、全てを大っぴらにしてわたくしもあなた様と共に死にます!と己の首に小刀をあてて凄むものだから、ホオズキマルはキリサメを死なせないために、逃走しお尋ね者となった。
当然そんなホオズキマルを剣術指南として雇っていたカグラザカ家にも批難は集まったが、自分たちもまた被害者であると訴え、事実ホオズキマルという人物の人柄を知る他の大名家や将軍家の中にも『あのホオズキマル殿に限ってそれはない』と思う者が多かったがために、一連の事件はホオズキマルただひとりに泥を被せて終わらせよう、ということで決着がついた。
誤解なきように言っておくが、これはホオズキマルの命懸けの意思を周囲が尊重しての苦渋の決断であろうことは明白であった。世話になったカグラザカ家の愛すべき者たちのため、全てを背負い込んでひとり処刑されることで彼ら彼女らを守ろうとしたその心意気を買っての欺瞞である。
だが、そんな中にひとりだけ納得のゆかぬ者がいた。死んだ町娘の母親である。町娘は母親に、ツバキノスケと付き合い子を身籠ったことを嬉々として話し、あたい武家のお嫁さんになるの!などと浮かれていた娘がまさかの翌日に死体となって戻ってきたのだから、まあ納得がゆく筈がない。
オマケに一連の事件は全てホオズキマルが起こしたと言われても、何も知らぬ母親からすれば『ホオズキマルとは何者だ』状態であり、訴え出るべきカキツバタ家は既に屋敷ごと死体が全焼。またカキツバタ家で働いていたというだけで、当時カキツバタ家の屋敷にいた罪なき下男下女たちも巻き添えを食って口封じに殺されてしまったがために、その遺族たちも憤り。
結果、被害者たちの遺族一同が結託し、金を持ち寄って暗殺者を雇い、ホオズキマルを殺すよう仕向けたのである。当人としては、罪なき無関係の者たちを口封じのため殺してしまった己には遺族らに討たれて然るべきという思いこそあるものの、自分がおめおめと殺されたことを言い触らされたら巡り巡ってキリサメが自害することは間違いなく。
そんなわけで、死ぬことも殺されてやることもできず、一生逃亡者として生きることを余儀なくされたホオズキマルは、賞金首として全国的に指名手配されてしまったがゆえにカガチヒコと名を変え、黒かった毛を薄茶色に染め、身分を偽り、流れ流れて国外へと逃げるべく飛空艇の発着場があるこの町までやってきた、というわけだ。
ちなみにどれくらい流れてきたのかというと、カグラザカ家やカキツバタ家のあった町が大体日本地図を左右反転したようなジャパゾン国の地図で言うなら岩手県辺りで、将軍様のおわすここ首都は大体千葉県と東京都の境目辺り。クレソンのように魔法で脚力や筋力を強化できない生身の人間としては、結構な長旅だ。
「拙者は死ぬわけにもいかず、罪を償うこともできぬ亡霊。いつか朽ち果てるその日まで、生涯彷徨い続けるよりないのでござる」
風呂から上がり、着替えを済ませ、魔法で透明化させたくノ一を担いで人目のない旅館の裏庭で訥々と語るカガチヒコの目は、とても寂しそうなものだった。ちなみにまだ気絶している女忍者は裏庭にいくつか並んでいるベンチのうちのひとつに寝かせたまま座らせてある。睡眠魔法をかけたのでもう数時間はこのまま目覚めないはずだ。
「つまらぬ話を聞かせてしまって、申し訳なかった。どうか、老いぼれの世迷い言と忘れてくだされ」
「ここまで話を聞いてしまった以上、そうもいかないですよ。カガチヒコさん、よかったら、俺たちと一緒に来ませんか?」
「うん?」
「あなたは賞金首だ。この国で唯一飛空艇を利用できる空港にも追手がかかっている可能性は限りなく高い。ならば、僕たちの一行に紛れて出国してしまった方がはるかに安全で確実です」
「しかし、そなたらに迷惑をかけるわけにもゆかぬ。そも、ホーク殿のご両親がまず承諾しますまい」
「申し遅れました。わたくし、ゴルド商会の若社長、ホーク・ゴルドと申します。こう見えて十六歳なんですよ。此度の旅行は僕とその護衛ふたりだけのプライベートなものでして。ご心配には及びませんとも、ええ」
こんなこともあろうかと、いつも財布に数枚忍ばせてある名刺を差し出した俺に、ポカンと口を開けるカガチヒコさん。
「十六歳...十六歳?」
「何分、背の低さと童顔はどうにもならぬものでして」
さて、ビジネスのお時間だ。相手は相当の手練れ。後ろ暗い過去持ち。行き場なし、路銀残り僅か。
「いかがです?この僕があなたを用心棒として雇う、というのは。ブランストン王国まで逃げたところで、行く当てもなければ働き口が見つかるとも思えませんからね。無論、お賃金の方はお勉強させて頂きますよ」
「なんと……! 袖振り合うも他生の縁と言うが、よもやこのような合縁奇縁が斯様に転がっていようとは...」
相手の弱みに親切心で付け込むような形になってしまって申し訳ないが、いい拾い物だと思うんだよね。あれだけの凄腕の剣豪を安価で買い叩けるんだからさ。少なくとも大名家の剣術指南だったらものっそい高給取りだっただろうし。
それを一般A級冒険者より安いぐらいの月給で雇用できるのなら、とんだ掘り出しものですよフフフフ。





