第124話 忘れちゃいけないもの
「というわけで、なんかスナック感覚で戦争してきた感が拭えないのですが、そういうものなんですか?」
「うむ。かの女神も、かつてはどんなに頑張っても寝癖が治らなかったからという理由で山をひとつ噴火させておったからな。そうして生まれたのが、かの有名なヴォル火山よ。その噴火のせいで失ったものもあるが、得たものも多くある。神による世界の作り変えとは、そういったものだ」
「そういったものなんですか」
邪竜、竜神、黄金竜。数多異名を持ち畏れられる、災害指定級の魔物、ハインツ。俺の師匠であり、祖父のような存在でもある竜の爺ちゃんは、現在竜人の姿ではなく、本来のジャンボジェット機もかくやの巨体で、まるで温泉に浸かるかのように海に浸かっている。
春先だというのに日差しがやけにきつく、久しぶりに長袖では汗ばんでしまうほどの陽気に誘われたので、海水浴を楽しんでいるのだ。ちなみに場所はわからない。師匠の背中に乗って空中散歩を楽しんでいる途中、適当な海に差し掛かったのでただ降りただけだからだ。
足のつかない見渡す限り四方八方水平線だらけの海に入るのは怖かったが、もしもの時は師匠がすぐ傍にいてくれるし魔法でなんとかすりゃいいか、ということで、俺は穏やかな波に揺られながらプカプカ浮いている。こういう時、脂肪が多いと浮かびやすくていいな。
そういえば師匠と言えば、孫娘のリンドウは今年の春から人間形態でヴァンたちと同じ王立魔法学院に入学し、王侯生活を謳歌し始めたそうだ。せっかくだから青春を楽しんでみるのはどうかね、という学院長の差し金らしい。
たったひとりの同族である孫娘が寮暮らしを始めてしまい、独居老人になった師匠はひとりじゃ寂しいからという理由でゴルド邸に滞在し、同じく逗留中のお客様であるローガン様とカードゲームやボードゲームに興じたり、両親と共に観劇に行ったりもしている。
マリーが海外留学中であり俺もあちこち飛び回っているため、子離れに寂しさを感じていた両親はそんな師匠やローガン様とは結構仲よく過ごしているようだ。老人会、なんて言ったら失礼かもしれないけど、そうやって寂しさを分かち合える友人がいるというのはいいことだと思う。
「というか、いつの間にイグニス様を弟子に取ったんですか。いきなり兄弟子とか呼ばれてビックリしましたよ」
「熱意のある若人を導くこともまた神の楽しみよ。それに、そなたがあまりにも顔を出さぬがゆえな?」
「それに関しては御無沙汰してしまっていて申し訳なく思いますが」
冷たく透き通った水に浮かびながら、降り注ぐ日差しを手のひらで遮る。少し体が冷えてきたので、隣で気持ちよさそうにうつ伏せに海に浮かんでいる師匠の背中によじ登り、天日干しだ。ちなみに水着なんてものは持ってきていない。どうだ?誰得すぎるサービスシーンだぞ、喜べよ女神。
女神の呪いにより実年齢では16歳だってのにまだ11歳の体で頑張ってはいるものの、気づけば俺も既に前世の年齢込みで27・8歳ぐらいに差し掛かっている。もう数年で三十だ。それなのにまだ精通も来てないってのは悲しすぎるぞ。いや、別に急いで来てほしいわけじゃないんだけどな。どうせ使い道もないし。
「年寄りの忠告になってしまうが、あまりご家族や友人を蔑ろにしてはいかんぞホーク。人間の寿命は我ら竜に比べ驚くほどに短い。いつなんどき、不幸な別れを余儀なくされるとも限らぬ。孝行はできるうちにしておいてやれ」
「全くもって耳が痛いことで」
そうなのだ。転生して11年。気づけば俺も16歳。既にこの世界では成人と見なされる年頃で、なのに商会も継がず結婚もせずダラダラと独身貴族生活を謳歌しているせいで、結構周囲の視線が痛くなってきてしまっているのである。
こんなことなら素直に高校生になっておけばよかったかなーと思わなくもないが、そのためだけに高校生活をもう一度始める、というのも正直どうなの?って感じもするし。イグニス陛下辺りにお願いすれば嬉々として帝国の士官学校にでも推薦入学させてくれるかもしれないが、俺に軍人は無理だ。絶対無理。朝の起床の時点でもう挫折する。間違いない。
せっかく金持ちの家の子に生まれたんだから、ダラダラニート生活してたかったんだけどなあ。一応、DoH絡みでゲームデザイナーとして活躍したりカード量産工場の責任者やったりもしているけれど。あれ?そう考えるとほぼほぼ不労所得で生活できてる俺って勝ち組なのでは??
つい先日もマーマイト帝国との戦争特需により莫大な利益を上げたパパも『ホークちゃんは自由にしていてもらった方がとんでもない利益や利権を拾ってきてくれるからね』と自由にしていいよとのお墨付きをもらっているし、母も『結婚したくないというのなら無理にしなくていいのよ』とすごく説得力たっぷりに言ってくれているので、アレ?そう考えると今の生活もさほど悪くない?
悪くないどころかむしろいいんじゃないかしらどうかしら。大人気カードゲームの総合プロデューサーやりながら利益を得て、イベント開いたり次のカードの企画会議やったりして、実務的な部分は金で雇った優秀な社員たちがやってくれているし、何も心配することはないじゃないか。勝ったな!(何にだ
転生者ってのはなんでどいつもこいつもバカのひとつ覚えみたいにスローライフスローライフうるさいのかなって思ったらあれだ、働きたくないからだ。実際に転生してみてよくわかった。異世界に来てまで低賃金であくせく労働したくない。自分のことを好いてくれる人たちに囲まれながら、自由に生きるという名目で好き勝手やりたい放題ワガママ三昧できたらそりゃあ楽しいだろう。
実際、こうして怠惰な生活を送ってしまっている以上、もう俺にそいつらをとやかく言う資格はなさそうだ。スローライフ最高。あまり長時間働かずにそれなりに遊んで暮らせる生活万歳。
「ホーク、寝返りを打ちたいから少し浮いてくれぬか」
「了解であります」
魔法で俺がふわりと宙に浮かび上がると同時に、鯨かよって感じの豪快な波飛沫を立てながら、ザッパーン!!と師匠が仰向けになる。ラッコみたいにのびのびと仰向けに波に浮かぶその濡れた腹に着地すると、俺は再び仰向けになる。
はー、野外で全裸になる解放感って、最初はドキドキしたけど悪くないな。いや変態的な意味でじゃねーよ。性的興奮は伴ってないから安心してくれ。
「未来にばかり、先のことばかりに目を向けガムシャラに進むはよいことであるが、時には立ち止まり、周囲にいてくれる者たちにも目を向けるのだ。そなたはひとりで生きているのではない。大勢の者たちに支えられ生きておる。それを忘れてはならぬ」
「はい、師匠」
父、母、護衛たち、メイドたち。庭師に料理人。ローガン様。ゴルド邸内だけでも多くの人間がいて、師匠もそのうちのひとりだ。俺がいない間にDoH絡みの仕事をしてくれているゴルド商会の社員たち、イグニス陛下、ガメツの爺さん。行きつけの酒場の店主さんに店員さん。
俺の生活基盤を支えてくれている多くの人たち。そんな彼らのことを忘れてはいけない。蔑ろにしてもいけない。自分はチートで最強で、この世界にたったひとりで君臨してて俺が世界の中心だーなんて思い始めてしまったら、それこそ本来のホーク・ゴルドと同レベルにまで落ちぶれてしまう。
驕れる者久しからず。浮かれて思い上がって有頂天になって、いい気になってりゃ足元だってさぞ掬いやすかろう。
「説教臭いことを言ってしまったな」
「いいえ。俺のために忠告してくださる人がいるというのはありがたいです。ありがとうございます、師匠」
「何、余もまた、数千年ぶりに弟子に取ったそなたがなかなか顔を出さぬと寂しく思うというだけよ。あの皇帝はなかなかに賑やかにすぎるゆえ、退屈はせぬがな」
「あはは」
穏やかな波間でプカプカ揺られる、金ぴか竜の腹の上。耳に届くは潮騒と、降り注ぐ日差しを心地よく冷ましてくれる潮風。潮騒に耳を澄ませながら、俺たちはしばしの海水浴と、日向ぼっこを楽しんだ。