第120話 こちら生モノですので本日中に
皆さん、たっぷり胆は冷やして頂けましたか?
お待ちかねの解決パート始まるよー!
「うーん、うーん...はっ!?な、なんだこりゃ!?どうなってんだ!?ここはどこ!?私はホーク!」
目が覚めると、藁の上にいた。なんだか体がやけに重たく、地面が近い。起き上がろうとして、あまりにも短すぎる手足の感覚に無様にもドタっと転げ落ちてしまう。ベチャリと生臭く湿った床の上、俺は自分の手が蹄になっていることに気づいた。なんだこりゃ、どうなってんだ。魔法も使えないぞ??
「おや、お目覚めですか坊ちゃん」
「バ、バージル?ど、どうしたんだ一体!目が怖いぞ!?」
「いえね、どうもこうもしちゃあいませんよ。ほら、坊ちゃんの大好きな餌をお持ちしやしたよ」
ジャラリ、と鎖の音がして、俺は自分の脚が鎖で鉄球に繋がれていることに戦慄する。そう、俺の体は豚になっていたのだ。なのに普通に喋れているのは何故なのか。喋るたびに豚の鼻がフゴフゴと鳴って聞き苦しい。
「はは、豚になっても可愛いなあ坊ちゃんは。いえ、元から豚みてえなもんでしたがね。ますます可愛い。ああ、癒やされやすねえ」
「ちょ!?そのブラシはなんだ!?」
「決まってるじゃねえですかい。ゴルド商会の飼い豚なんですから、それに相応しい毛艶に仕上げてやんねえと。なあに怖がるこたあありやせんぜ、俺が一生坊ちゃんの面倒を看てやりやすからね。餌だってうんと美味いちょっとお高めの飼料を買ってきてやりやすし、毎日ブラッシングして、放牧して、ストレスのねえ環境でのびのび飼育してやりやすからご安心ですぜ」
「ち、血迷うな!お前はそんな奴じゃな...いやそんな奴だったわ。ビックリするぐらい陰湿な側面を隠し持っていたとはこのホーク・ゴルドの目をもってしても...じゃなくて!!」
「はは、そんな怯えんでくだせえよ坊ちゃん。そんなに涙目になられるとねえ、食べちまいてえぐらい可愛くて可愛くて、ああ、涎が出ちまいそうになる...おっといけねえ、食べちまいてえぐらい可愛いとはよく言いやすが、本当にそう感じる日がよもや来るとはね」
「ギャー!?」
「安心してくだせえよ。坊ちゃんが殺してくれって言うまでは、俺がたっぷり愛情込めて可愛がってやりやすから。そんで、死んだら坊ちゃん豚の肉は余すことなく全部美味しく食わしてもらいやす。トンカツ、豚汁、豚足にミミガー、ホルモン...」
「ノオオオオ!!」
そこで、目が覚めた。なんだろう、ものすごく酷い悪夢を見てしまった。正直、前世の分も含めて今まで生きてきた中で一番怖かった気がする。この悪夢に比べれば、完全武装で神パワー全開の女神とステゴロでタイマン張れと言われてもまだそっちの方が気楽だと喜んで自爆特攻できてしまいそうだ。
枕元の時計を見ると、時刻は夜明け前。ひょっとして、アンズの怨念が見せた呪いか何かだろうか。やばい。思わず手足を確認してしまう。うん、人だな。魔法、使える。俺、豚ジャナイ、ブヒ。
「解放、ですかい?」
「うん...なんかアンズ、昨日から全然餌も水も飲まず食わずになってきてるし、緩やかな自殺を選んだのかなと思って。ああなったらもう後悔するだけの判断力も思考能力もないだろうし、だったらここらでもういいんじゃないかなって思ったんだけど...ダメ?」
「坊ちゃんがそう仰るってんなら、俺はもう構いやせんがね。にしても、たったの4日で音を上げちまうたあ、根性のねえ女で」
「そ、そうだね、あはは」
そんなわけで、アンズに関してはまた一切の記憶を消去した上で、記憶喪失の行き倒れとして、女神教の神殿に預かってもらうことにした。無論、ガメツ神父にはある程度の金貨を握らせてだ。あそこには同じような境遇のメアリ・イースもいる。年頃も近く同じ記憶喪失者同士ということもあって、仲よくなれるんじゃないだろうか。なれたらいいね。ほんと、切実にそう思うヨ。
「あの、すみません。あなたは一体どなたですか?ここはどこで...そもそも、私は一体...ダメ、思い出せない...思い出そうとすると頭が...うっ!」
「通りすがりの子豚です。思い出せないのなら焦って無理に思い出そうとする必要もないと思いますよ、ええ本当に!」
幸い人格面はまだ完全崩壊はしていなかったらしく、やや情緒不安定ではあるものの、今後の更生生活には深刻な支障は出ないだろう。
ちなみにアプリコットを牝馬に変えるに際し、酒場の女店主や娼館の経営者に『アプリコットは突然故郷に帰らなければならなくなった』と暗示をかけて思い込ませておいたので、万が一顔を知られている人物に見つかってもさほど騒ぎにはならないはずだ。『故郷へ帰る途中事故に遭い、旅の女神教の巡礼者に救われてここにいる』と整合を取ったからな。
正直行き当たりばったり感が否めなさすぎてちょっと自分が情けなくなってくるが、さすがに馬のアンズをいつまでも屋敷に置いておいたらそれこそ俺の精神が危ぶまれてしまうので、しょうがない。
仮にも盗賊団の一味だった結婚詐欺師女に対して制裁が生ぬるいんじゃないかって?大丈夫、来年にはその台詞言えなくなってると思うから。具体的な説明はプリティ省くけど。
「それではガメツ神父様、彼女のことをよろしくお願いします」
「ええ、わたくしが責任を持ってお預りさせて頂きますとも。ホークくんには常日頃より、お世話になっておりますからね」
善良な神父様モードで猫を被っているガメツの爺さんに挨拶し、教会を後にする。待たせておいた馬車に寄りかかって、腕組みをしているのはバージルだ。
「お待たせ。せっかく下町の方まで来たんだから、お昼ご飯食べてから帰ろっか」
「ん、いいですね。馬肉でも食いに行きやす?」
「あはは、ナイスジョーク!」
笑えねーよ!こえーんだよだから!!
「この辺りってえと、ああ、そういや美味いヒレカツの店がありやすぜ!飯もキャベツも味噌汁も食い放題の!」
「そ、そっかあ!じゃあ、えーと、そこでランチしてから帰ろう!」
正直今は馬肉も豚肉もあまり見たくはない気分なのだが、ここで不自然に拒否してもアレなので、覚悟を決めて腹を括る。なあに、豚肉なんて今までいっくらでも食べてきたじゃないか。大丈夫大丈夫、心配ない心配ない。
「ねえバージル。やっぱりまだ、復讐し足りない?」
恐る恐る窺う俺をひょいと抱き上げ、バージルが御者に行き先を告げ、馬車に乗り込む。
「まあ、正直に言やそうですね。坊ちゃんには想像もつかねえかもしれやせんが、A級になれなかったB級や、そんなB級にすらなれなかったC級、いつまで経ってもD・E級でたむろしてる冒険者ってのは、多かれ少なかれ心に闇を抱えているもんです。それが年嵩のおっさん冒険者になりゃ、その鬱屈や不満が強い分だけ余計にドロドロと熟成発酵されちまう」
「まあ、だろうね」
正直、身をもって体感しているよ今。
「そうなってくると、自分の人生の惨めさや虚しさの八つ当たりをするみてえに、将来有望な若い冒険者や、そうでもなくとも若いとか、顔がいい連中に、醜く嫉妬しちまう。俺は坊ちゃんに出会えて、安定した生活と破格の賃金を得られて、魔法まで教えて頂いてるお陰でそこまで酷いことにならずに済みやしたがね」
ねえそれほんと?説得力さんが行方不明だよ??
「だから、目の前に正義って免罪符をぶら提げられると、つい跳び付いちまう。俺は被害者なんだから、加害者に復讐する権利があるって一度でもわかると、後はもうどこまでも残酷になれちまうもんでさ。よもや自分の中に、こんな醜悪な感情が眠ってたとは、自分でも驚いてるんです」
「あ、自覚あったんだ。よかった」
ガタゴト揺れる馬車の上。何故か俺はバージルの膝の上に座らされたまま、ヌイグルミのように抱っこされつつ彼の心の闇に触れる。なんだか子牛にでもなった気分だ。俺の場合は、牛というより子豚だろうけど。いかん。俺の腹にあたってるバージルの手の平が途端に恐ろしいものに感じられてきたぞう。
「正直、いい機会だったと思いやす。坊ちゃんに言われなけりゃあ、俺はいつまであんな風に復讐心を燃やしてたんだろうと思うと、終わらせてくれてよかったって、終わっちまった今だからそう思いやすね」
「いつまでも人を憎み続けたり、恨み続けたり、呪い続けたりするのは、疲れちゃうもんね。復讐は何も生まないなんて言う奴もいるけど、そもそも復讐ってのは前提からして建設的な生産性を求めてやるもんじゃないし」
なんだかここ数日の淀んだ雰囲気が消え失せ、どこかスッキリした顔で、バージルが語る。
「正当性のある復讐は楽しい。楽しいからこそ、それにのめり込みすぎちまったらあぶねえ。曇った目で自分の見たいもんだけを見てたら、いつしか何もかもを見失っちまう。だから、ありがとうごぜえやす、坊ちゃん。俺の目を覚ましてくれて。危うく、自分を見失いかけるところでした」
「かけるというか、ほとんど見失ってなかった??」
「たはは!そいつはまあ、結婚詐欺に遭いかけた独身オヤジの腹いせってことで。さ、美味い飯食って、風呂でも入ってサッパリして、また明日から気分一新、頑張りやしょうや!」
「気が早いなあ。まだお昼だよ??」
でも、ほっとした。バージルがいつまでも怖い顔のまんまだったら、正直近寄り難いもんね。いつも通りのバージルに戻ってくれたことにほっと一安心したせいなのか、俺はぐう、とお腹を鳴らしてしまう。
「はは!気が早いのは、坊ちゃんの腹も同じのようですぜ?」
「わわ!?揉むんじゃないくすぐったいから!雇い主に対して、不敬だぞ不敬!」
「そりゃとんだ失礼を致しやした、っと!隙あり!」
「わひゃひゃひゃ!?こ、こらバージルう!!」
じゃれ合いふざけ合い、くすぐられながら大笑いする俺を、悪戯っ子のような笑顔と優しい目で見下ろすバージル。美味いヒレカツの店とやらは、もうすぐだ。