第119話 押し寄せる流行の波
奇襲は夜明け前に行われた。広域探査魔法により、人間の反応があるにはやや不自然な場所に展開されているベースキャンプを見つけ、団長である毒蠍のアンタレスを目視で確認後、速やかにクレソン、バージル、オリーヴ、ローリエの四人で奇襲を開始。
闇魔法により完全に気配から足音からその存在全てを隠蔽された四人が、サイレンサー付きの拳銃で、拳で、短剣で、魔法で。めいめいに盗賊たちを屠っていく。
「おう!随分とまあ久しぶりじゃねえかクレソンよォ!まだくたばってなかったのかよ残念だぜ!」
「なんだオメエだったのかよアンタレス!相変わらず見てるだけでムカつくようなスカしたツラしてやがんなァ!」
途中、今回の標的である毒蠍のアンタレスとクレソンがまさかの同郷であり、顔馴染みであったことが発覚するというちょっとほのぼのとした一幕が挟まるも、直後に殺し合いへと発展。オレンジ髪の猫科獣人だったからもしかして、とは思ったが、まさかの再会に人生とはつくづく不思議なものだとしみじみ思わされる。
「テメエ!よくも俺様の部下どもを殺りやがったな!!同郷だからって容赦はしねえぞ!死ね!」
「死ねはこっちの台詞だオラァ!!よくもうちの仲間を騙してくれやがったなボケが!楽に死ねると思うなよ!!」
「騙される方がマヌケなんだよバカハゲが!その顔で何十年生きてきてテメエに本気で惚れる女がいるとでも思ってやがったのかバカが!!おめでたすぎて笑えるね!!」
A級の賞金首だけあり、魔法で毒煙を生み出しながら触れたら即お陀仏の毒の塗られているであろうナイフでクレソンとまともにやりあうだけの腕は持っていたアンタレス。しかし惜しむらくは、部下たちが既に全滅させられており、4対1ではどうしようもなく多勢に無勢であるということだ。
卑怯とは言うまい?なんせ相手は100人近い盗賊団なのだ。対するこちらはたったの5人。戦力差は20倍もあったのだから。
「アンタレスの名において命ずる!降れよ雷!俺様の敵を消し炭にしちまいなァ!」
「バージルの名において命じる!防げ土壁!そう簡単にさせるかよォ!!」
「チィ!鬱陶しい泥臭野郎め!!」
相手が詠唱を始めたその直後にすぐに防壁を張る魔法を唱え、見事降り注ぐ雷撃から俺たちの身を守ったバージル。ファインプレーだ、と親指を立てると、親指を立て返してくれる。
「やめだやめ!まともに戦ってられっか!あばよ!アンタレスの名において命ずる!雷よ、俺に電光のような速」
「逃しません!氷よ閉ざせ!」
ローリエの展開した氷の檻が突如地面から突き出し、アンタレスを閉じ込めにかかる。だが地面から円柱型にせり出してきたそれは、天井が凍りつくまでに幾ばくかの時間がかかる。
「へっ!この程度の魔法に」
「突き出ろ!岩ァ!!串刺しになりやがれェ!!」
「いッ!?」
高くジャンプして、閉ざされる前の氷の檻から抜け出す山猫盗賊。だが、飛翔の魔法も風の魔法も重力の魔法も使わずただ跳び上がっただけでは、どうぞ撃ち落としてくださいと言っているようなものだ。地面から突き出してきた鋭利に尖った巨大な岩が、盗賊団長の腹を串刺しにする。
ありゃ、もう助からんな。直径50cmほどの巨大な穴が腹部から背中を貫通してしまったのだ。メーガーミーツで往診のお医者さんを呼んでも無理そう。いや、神パワーによるミラクルオペならなんとでもなるのか?試してみようとも思わないが。
「チ、クショ...」
言い遺す言葉もなく、絶命した賞金首アンタレス。かくして盗賊団、紅蠍はおよそ時間にして20分も経たず全滅し、その首はバージルの手によって落とされ、冒険者ギルドへと持ち込まれることとなったのであった。
ちなみに、肝心要のアプリコットはまだ殺していない。わざわざ彼女のいない時を狙って盗賊団を壊滅させたのにはワケがあるのだ。
そのワケと以降の顛末を少し語ろう。
盗賊団が壊滅しその団長が死んだことで、ゴルド商会に潜伏していた鼠の方は慌てて姿を消した。商会に被害はなく、ただ逃げただけであろうと思われるので、そちらの方は深追いはせず放置。
そして肝心要のアプリコットだが、なんと行方を眩ませることなく普通に酒場と娼館を行ったり来たりの生活を続けている。表向き、王国近辺を根城にしていた盗賊団の壊滅と彼女の間には何のつながりもないのだから、さほど不自然なことではないが、思っていたよりも胆の据わった女であるようだ。
A級賞金首である毒蠍のアンタレスを討ち取り首を冒険者ギルドに持ち込んで、大金を得たバージルがその話を酒場で自慢しても動揺はなく、『すごいですねー!』ぐらいの反応だったらしい。ベッドの上では団長に心底惚れているかのような言動をしていたとのことだったが、死んだ途端にこの手の平返しとは恐れ入る。
あるいはむしろ、それぐらい強かでないと悪女が裏の世界で生きていくのは難しいのかもしれない。団長が死んだけど自分とのつながりはバレていないと判断し、そのまま一般人に紛れて堅気の生活を送ろうとするのは構わないが、ケジメだけはつけてもらわないと困る。
どうする?処す?と被害者であるバージル本人に問うてみたところ、返ってきた返事は意外なものだった。
「おーい、飯の時間だぞー」
ゴルド邸にある厩舎。ここ数年は商人である父と馬に関しては一家言持つバージルが協力して目利きを行っているため、名馬ばかりが揃うその厩舎の中に、一頭だけ風変わりな馬がいる。
アンズと名付けられたその牝馬は他の馬に比べ元気がなく、いつもぼんやりとしており、最初のうちは頻繁に脱走を繰り返そうと大暴れしていたほど気性の荒い馬だったのだが、見兼ねた馬主により、暴れたり人を噛もうとしたり蹴ろうとしたしたりする度に電流が流れ全身が麻痺する魔道具の轡を噛まされてからは、大層おとなしくなった。
昼夜を問わずずっとボンヤリしており、時折諦めたように飼い葉や水にほんの少しだけ口をつけてはまた佇んでいるその馬は、時折何かを訴えるような瞳で厩舎を訪れた人間たちに向かいいななく。
はい、そんなわけで、アプリコットさんには魔法で馬になってもらいました。えーと、なんというか、歪んでるね!自分を裏切った女を楽に死なせるのではなく、魔法で本物のお馬さんに変えて厩舎に閉じ込めて自分でお世話するとか、さすがの俺でもちょっと引いちゃうレベルですよバージルさん??
他の馬たちに比べ冷遇するとか虐待を加えるとかそういったことは一切せず、他の馬たちと同じように愛情たっぷりに可愛がってお世話してあげている姿がより狂気を引き立てるこの感じ、何?俺はひょっとして、とんでもない拗らせモンスターを護衛として雇っていたのかしらん??
「今日もいい天気だぞー!」
餌を与え、水を交換し、放牧して、掃除までする。確かにこの家の馬の面倒を一手に預かる者としては正しい職務中の姿なのだが、その馬の中に魔法で馬に変えられた結婚まで約束した元カノがいることを理解していてなお笑顔を浮かべなんでもない風に振る舞うバージルの復讐劇に、オリーヴもローリエもクレソンもドン引きであった。残当すぎる。
殺さないだけ有情を通り越して、いっそ殺してやれよとすら思ってしまうほどの仕打ちだ。裏切られたショックで狂ってしまったとかならまだしも、正気でこれをやっているのだからよりタチが悪いぞ。世の中には憎い敵をぶっ殺してやりたい者と、ジワジワと生きたまま苦しみを味わわせ続けてやりたい者がいる。それだけと言われればまあ、そうなのかもしれないが。
「おや坊ちゃん、そんなところでコソコソと、かくれんぼですかい?」
「違うよ。バージルがお仕事してるとこ見てただけ」
「見てても面白いもんなんぞありゃしやせんぜ?」
言いながら、春の日差しを遮る麦わら帽子を脱ぎ、俺の頭にポン、と被せてくれるバージル。そのまましゃがんで、顎紐まで結んでくれるその優しさとうちに秘めた狂気を何気ない顔で両立し得るのが人間なんだな。覚えておこう、うん。
教訓。普段温厚ないい人ほど怒らせるとやばいし、そういう奴に限って実は結構な爆弾を抱えていたりもする。みんなも気をつけような!