第118話 持つべきものは有能メイド
「アプリコットに関する一連の調査が終了致しました」
「お疲れ様ローリエ。さすがの迅速丁寧さだね。花丸と臨時ボーナスをあげよう」
「恐れ入ります」
さて、王族直属の諜報部隊『アンダー3(スリー)』をもう引退して数年が経つとはいえ、腕を鈍らせることのないようあれこれと仕事を割り振っていたお陰で、今でも敏腕メイドさんの裏に持つ暗殺者・諜報員としての面目躍如となったローリエの調査によれば。
「清々しいまでに真っ黒だね。ここまで黒いと逆に何か罠を勘繰りたくなってしまうレベルだよ」
「わざと欺瞞情報を掴まされた可能性を考慮し裏付け調査は念入りに行いましたが、怪しい介入や工作の痕跡は見られませんでした。単に、杜撰さが組織ぐるみになっている低レベルな犯罪組織であったものと思われます」
ブランストン王国内で活動する盗賊団『紅蠍』。そのリーダーであるオレンジのイケメン盗賊青年と連れ込み宿で逢引していたというアプリコットは、ただ密談をするだけでなく普通に一発お楽しみだったというのも驚きだ。それを真顔で天井裏から盗み見ていたというローリエの凄さも驚きだが、俺のメイドたるものそれぐらいの胆力はむしろ賞賛に値する。
「あからさまに団長の女、といった雰囲気でしたね。日頃の清楚な演技はどこへやら、まさか後ろの」
「あー、まあ、その辺りは詳しく語らなくていいとして。目標はゴルド邸へ押し入るってことでいいのかな?」
「はい。DoHの世界的大流行により、一躍その仕掛け人として名が知れ渡ったホーク坊ちゃんを誘拐・拉致せんとする動きはここ一年ほどで急増致しました。紅蠍の連中も、恐らくはそういった手合いであると思われます。坊ちゃんの直接の誘拐、ないしは家族を人質に取ること。ゴルド商会の春からの新入社員の中にも、一匹鼠が紛れ込んだようで」
「おっと、そっちもか。ありがとうローリエ。さらに特別ボーナスだ、君が欲していたあの最上級茶葉をヴァスコーダガマ王国からお取り寄せすることを約束しよう」
「ありがとうございます」
さて、どうしたもんだか。中って欲しくない予想ほど的中してしまうのが人の世の常。事実だけをバージルに突き付ければそれで解決、とはならないのが恋愛問題の難しさだ。騙されたと怒るだけならまだよいが、悲しみのあまり落ち込んだり、酷いと『俺の愛で彼女を更生させてやりやす!真実の愛()で真人間に生まれ変わらせてやるんだ!』とか言い出しかねんしな。
うーん、俺としてはバージルには幸せになってもらいたい。が、アプリコットとやらを洗脳して俺の操り人形に仕立て上げ、『バージル 様 愛 シテオリマス』なんてやらせてもバージルは喜ばないだろうしな。いや、逆か?いっそ記憶を奪えばいいのか?
前に王立学院で大暴れしていたメアリ・イースのように、記憶を失くせばただの少女になるはずだ。いや、不自然か。過去に記憶と自我を封じて操り人形にしたメアリをわざと転ばせて記憶喪失を装わせたという確かな前例がある以上、いきなり記憶喪失になったら『坊ちゃん...??』とこちらに疑いの目が向く。
「どうにかして円満に解決する方法はないもんかねえ?」
「下手に隠し立てしたり誤魔化そうとしたりせず、バージル様に直接全てを打ち明け後のことは彼自身のご判断に委ねる、というのが最も誠実なのではないでしょうか」
「それはわかってるんだよー。でもさ、せっかく恋人ができて結婚するんだーって嬉しそうにしてたバージルに、救いのない現実を突きつけるのってなんだか気が引けちゃうじゃない...」
バージルはいい奴だ。だからこそいい奴止まりで終わってしまって、結婚したいのにできず今日に至る。だからこそ彼が結婚して幸せな家庭を築くというのならば、心から祝福してあげたいのに、結婚詐欺師どころか盗賊団の潜伏&手引き役だったなんて、現実は無常である。
「そんな...嘘だ!!こんなもん嘘っぱちだ!!坊ちゃんはひでえ嘘つきだ!!いくら女が嫌いだからって、こんなありもしねえ出鱈目を捏造してまで俺の結婚を...ご破算に...」
そんなことをするような人間でないことは、この十年付き合ってきて彼も知っているからだろう。怒りのままにビリビリと破り捨てたローリエ謹製の調査報告書を投げ捨てるも、怒りや悲しみよりも冒険者として何十年も生きてきた彼の判断力が、否応なしに彼の握り拳から力を抜いてしまう。
「...おかしい、とは、思ってたんですよね。俺みてえなハゲオヤジに、あたかも気があるみてえにすり寄ってきて。14歳の小娘がですぜ?46歳のおっさん相手に、若者らしい食事だとか、デートだとか、んなもん楽しめるもんかねって...」
ドッカリとソファに腰かけ、身を投げ出したバージルが片手で顔を覆う。
「故郷に家族がいて、送金してって、ああ、よくある野郎をカモる女の手口だな、って。気づいちゃあいたんです。なんか、おかしいぞって。俺が金を差し出すのを待ってるみてえに誘導していく口ぶりにゃあ、胡乱なものが見え隠れしてるって。でも、俺だって人生いっぺんぐらいは、夢を見てみたかったんでさあ...」
声が鼻声になり始めたので、ローリエに目配せして退室してもらう。意を汲んでくれた彼女は、無言で一礼し退室していった。
「学もねえ、力もねえ。冒険者としても、結局A級には上がれねえで、万年B級止まりで。こんな俺なんかよりいい若い男なんざ、世の中にゃあゴロゴロしてやがるってことなんざ、わかってるんです。でも、金のためでもよかった。遺産目当てでも構やしなかった。騙してくれるってんなら、俺が死ぬその瞬間まで騙し続けてくれるってんなら、俺の遺産ぐらいくれてやってもいいって」
たとえ演技であったとしても、最後までその演技を貫いてくれたならば、それは騙された側にとっては本物となる。バージルは、それが金メッキの模造品だとわかっていてそれを欲したのだ。金だけ持って逃げ出すのならまだしも、自分が死ぬまで傍にいて、笑いかけてくれて、死んだ後にその金を持って違う男のところへ走るのならば、それでも構わないと。
「バージル...」
なんと言ってよいかわからずただ近付き、慰めるように彼の隣に座ると、バージルは俺の腕を掴んだ。殴られるのだろうか、と思いきや、彼はそのまま俺を抱き寄せ、抱き締めながら、肩を震わせ始める。
信じたくはない気持ちはわかる。だが、ローリエの手により撮影された、アプリコット本人と盗賊団の団長たるオレンジの若いイケメン男との濡れ場の生写真まで見てしまっては、信じざるを得ない。
盗賊団、紅蠍。その団長たる猫耳と尻尾を持つワイルド系のイケメン褐色半獣人、毒蠍のアンタレス。かつてクレソンが討ち取った女海賊の3倍もの懸賞金をかけられた大物賞金首だ。
「結婚、したかったなあ!嫁さんがいて、子供がいて、そんな、幸せな家族が欲しかったなあ!」
「まだ諦めるには早いよ。今回がたまたま上手くいかなかっただけで、人生はまだ終わりじゃない。熟年結婚とか、よくあることだもの」
「うっうっ...!!女なんて、女なんてえ!!」
男泣きに震えるバージルの背中に手を回し、子供をあやすみたいにさする。するとより一層泣きが深くなり、俺の体を抱きしめるその腕に力がこもる。
「...俺が言えた義理じゃないけどさ」
世の中の女性全員がそんな盗賊女と一緒ってわけじゃないからさ。男であろうと女であろうと、悪人は悪人で善人は善人だ。運悪く碌でもない悪女に今回は当たってしまったが、不運な事故に見舞われたとでも思って、さっさと片付けてしまおう。
「今はただ思いっきり泣いて、泣いて、泣きぬいて。そしたら今度は、また新しい別の、違う恋を探せばいい。大丈夫、バージルは年収金貨1000枚...とまではいかなくとも、500枚は超えてる男だもの。金目当ての女でもいいなら、選り取り見取りのはずだよ」
その中にはもしかしたらバージル自身のことを好いてくれる女性だっているかもしれない。出会いというのはいつだって突然で、恋というものは理屈ではないのだ。悪い意味でもそうだけど、いい意味でもそうだ。
「なんなら、俺がお見合い話を探してきてもいい。だからその、元気出して。バージルが悲しんでるところを見るのは、俺もすっごく悲しいよ」
「っ!!坊ちゃんッ!!」
男の約束だ。この男泣きも、悔しさも、ふたりだけの秘密にしておこう。誰にもどこにもばらさず、墓まで持っていくと誓おう。女嫌いの男と、女に裏切られてなおも女と愛し合いたい男の、一風変わった友情の秘密。
さて、身勝手な欲望で俺の家族を狙い、護衛を傷つけてくれやがった盗賊団には、しっかりと報復をしないと、ね?





