第117話 結婚詐欺にご用心?
「結婚?誰が?」
「俺がですよ坊ちゃん!ついに、ついに俺にも春が来たんでさあ!」
何故かこの世界にも普通に桜があり、満開の桜が青空に咲き誇る春先のこと。妙に浮かれたバージルから結婚の報告を受けた俺は、目を丸くした。俺だけではない。ちょうど次のパックで出すカードの試遊に付き合ってくれていたオリーヴも驚いているし、クレソンはソファに寝そべりイビキを掻いている。
実年齢では16歳になった俺だが、既に大学院生なので高等部に入学したヴァン様たちのドキドキワクワクな青春ラブコメ模様なんてものとは縁遠く、そも外見年齢がようやく11歳なわけで、高校生たちの中に小学生レベルのチビがひとりいたら確実に浮くわ。
「へえ、おめでとう。よかったね。で、結婚しても仕事は続けるの?それとも、故郷に帰るとか?」
「もちろん続けさせていだたきやすとも!ここ以上に給金のいい職場なんて、この世にあるのかってェレベルで坊ちゃんからは俺みてえな木っ端もんにも多額のお給金を頂いておりやすからね!」
「そ。じゃあ、なるべくバージルのことは国外に連れ回さないようにしないとね」
「ありがとうごぜえやす!それでですね、そのお...ちょーっと言い出しづらいことなんですが...」
「お祝い金?なら弾むから心配しなくていいよ。もう十年以上俺に仕えてくれてる大事な護衛だもの」
「そいつはありがてえ!じゃなくって、実はですね、俺の嫁さん、昼は酒場で働きつつ、夜は娼婦をやりながら稼いだ金を故郷の家族送金してる子でして。坊ちゃんさえよければ、このお屋敷でメイドとして雇っちゃあ頂けねえもんかと」
バージル46歳の彼女、アプリコットちゃん14歳は彼の行きつけの酒場で最近働き始めたばかりのかわいこちゃんだという。健気で優しくて明るくて人気者で、何度か顔を合わせているうちに自然と仲よくなり、そして行きつけの娼館でもバッタリ出くわしてしまった結果、彼女の秘密を打ち明けられ、ふたりの仲は急接近。
彼女が辺境の田舎の村の出身であることや、貧しい家族を養うため出稼ぎに来ていることなどを知り、彼氏として彼女を支えてやりたいと思ったバージルは結婚を決意。出会って一ヶ月でプロポーズし、彼女はそれを承諾した、という、なんだかモテないおっさんの夢物語みたいな都合のいいスピード結婚だがこの世界の平民間での恋愛事情では大概こんなもんである。
酷いのになると酒に酔って一発やっちゃったら中っちゃったので結婚することにしたとか、逆に彼女といい感じの仲になったと思って相手の家族に挨拶に行ったら家族ぐるみで一服盛られて朝起きたら既成事実を作らされていたとか、そんなんばっかりだからな。
なお14歳の少女相手に結婚を申し込んだバージル46歳をロリコンと責めるのはお門違いである。この世界では女性の結婚適齢期は13歳から16歳ぐらいの間とされており、20歳独身女性は立派な行き遅れとして白い目で見られる世界だからな。それを差し引いても46歳独身男性がというその一点は無視できないものがあるが。
「ダメに決まってんじゃん。その女がDoHの最新情報を狙う企業スパイや雑誌記者や結婚詐欺師やその結婚を隠れ蓑にした強盗や泥棒だったらどうするのさ。そうでなくとも浮かれて休憩時間に空き部屋でパコり始められでもしたら堪ったもんじゃ...ごめん、言い過ぎた」
「いえ、坊ちゃんの女嫌いが筋金入りだってことはよおっくわかってやしたから」
露骨に怒ってますよ的な雰囲気を出しつつも、ぐっと堪えているバージルの顔を見ているとなんだかちょっと申し訳ない気持ちになる。
「配偶者手当とか扶養者手当を上乗せしてあげるから、奥さんには専業主婦でもやってもらえば?それでも働きたいって言い出すのなら酒場の仕事を続けてもらうなり違う職場探すなりすればいいだろうし。少なくとも、うちでは絶対雇わないよ」
「わかりやした。ありがとうごぜえやす」
スキップでもせんばかりに浮かれて俺の部屋にやってきた時から一転、肩を落としてトボトボと去っていく後ろ姿には哀愁が漂っているが、すまんなバージル。顔も知らない女を雇えと言われても嫌に決まっているだろう。この俺だぞ?せめて直接本人を連れてこいと。あ、そう伝えればよかったかな?
いやでも駄目だな。本人連れてきたところでたぶん結果はノーだ。
「どう思う?」
「怪しい、としか」
「だよねえ」
ライフが0になったので片付けを始めたオリーヴが、大丈夫かあいつみたいな顔で閉められた扉を見やる。そういやオリーヴは十年以上も前に女神教の女教皇アンジェラとの結婚がご破算になった苦い過去を持っているのだったっけ。結婚と聞いて思うところのひとつやふたつあるのかもしれない。
「まあ、その子にあったこともない俺たちが詐欺と決めつけるのも早急だし、仮にそうだったとしてもバージルのあの浮かれようじゃ何言っても聞き入れやしないだろうから、放置安定じゃない?」
「でしょうね。恋に恋する男は盲目ですから。四十を過ぎてからの遅咲きの春ではなおさらでしょう」
パチン、と高イビキを掻いてお昼寝中のクレソンの鼻提灯が割れる。だが一瞬むずがるように鼻を鳴らしたものの、再びイビキを掻き始める姿は平和そのものだ。
「春の嵐にならなきゃいいけど」





