第111話 契約を 急かす奴には ご用心
「ねえ、早く引き抜いてくれる?」
俺があんまりにも汚物を見下ろすような目で聖剣レクスカリヴァーとやらを睨んでいたので、焦ったのかケモ要素1割未満のメスガキがうんざりしたように肩を落とす。
「だから、嫌ですって。これ抜いたらどうせ全自動で君と契約するとか碌でもない結果になるんでしょ?君が死んだら俺も死ぬようになるとか、姿は見えなくとも常に俺の中にいるとかそういうストーカー紛いの気持ち悪いことになったりしないって約束できますか?」
「つくづく失礼極まりない奴ねあんた!碌でもないって何よ碌でもないって!!」
「で?どうなんです?嘘吐いて騙したら自害も辞さないですからね僕」
「あーもーわかったわよ!その聖剣を抜いたらあんたは勇者として正式に認められ、聖獣たるあたしと契約することになるわ!契約といっても嫌なことばかりじゃないのよ?身体能力だって大幅に強化されるし魔力だって強くなる!ま、あんた魔力に関しては異常に強いみたいだけど」
「その契約の詳しい内容は?破棄する方法などは?邪竜を倒せなかった場合債務不履行で代償として俺の魂を奪うなどのデメリットなどは?隠蔽せず素直に全部吐いた方が身のためですよ」
「あーもーいやあああ!なんで数万年待ち望んだ勇者がこんな偏屈な狂人なのよおおお!!思春期持て余したやりたい盛りの人間のオスガキなんて全裸で迫れば一発よん!って言ってたのに女神様の嘘つきいいい!!」
なんか、段々ちょっと可哀想になってきたな。こいつもある意味女神の被害者みたいなもんなのだろうか。その割には言動の端々から人間見下してますよオーラが出てるので同情の余地は薄いけど。
俺には一切理解できないジャンルだが、こういうツンデレとか暴力系ヒロインの上澄みだけを掬ったようななんちゃってワガママ娘の可愛いワガママに振り回されるのがいいみたいな分野の性癖があることは知っているしな。理解できないししたくもないけど、個人の好みを否定はすまい。
「お願いします、どうか外に連れてってください...また数千年ここで独りぼっちで眠り続ける生活はもう嫌なんです」
またこのパターンか!!十年の次は三十年、そして次は数千年だと??なんかもういい加減ワンパターンがすぎるんじゃないのか??次はあの月に行ったら数万年間ずっと独りぼっちで孤独に耐えていたとかいう超古代文明人とか月人とかの生き残りの美少女とかが現れるとかじゃないだろうな??
いい加減バカのひとつ覚えにも程があるんじゃないか?と思えてしまうのだが、ひょっとして俺の知らないだけでまだまだ世界には女神絡みの負の遺産がとんでもなく眠ってるとかじゃないだろうな?嫌だぞ地雷発掘じゃないんだし。俺は商人の倅であって地雷処理班じゃないんだ!
「もう三千年ぐらい経ったかなー?って起きてみたらまだ三週間しか経ってなかった時の絶望があんたにわかる...?」
まさかの全裸土下座である。いいからまず服を着ろよと言いたい。アングル次第ではとんでもないことになるぞ。そもそも好きでもない女の裸体など見たくもないわ。こちとら前世じゃ父さんに頼んでこっそりドラッグストアで買ってきてもらったお楽しみグッズでパーリナイだった筋金入りの女嫌いやぞ。
物理的な【大変結構なお手前で】があれば【白米だけでは寂しいので】なんか必要ねえんだよ!!
「しょうがないですね。ここに見捨てていくのも寝覚めが悪そうですし」
「ほんと!?」
「ただし契約もしませんし聖剣の担い手とやらにもなりませんよ」
「は?」
俺は筋力強化の魔法を脚にかけると、未だ台座に突き刺さったままの聖剣を蹴り飛ばした。
「はああああ!?あんた、なんてことしてくれたのよ!?あたしの話聞いてた!?これは邪竜を倒すために人類に残された最後の希望で」
「うるさいですね。そもそも邪竜、邪竜って、そんなものただの女神教が後付けで押しつけただけの宗教的レッテルでしょう?あーくっだらない」
ボキン!と根元から折れてしまった聖剣レクスカリヴァー。悪いな、もし本当に必要な時が来てしまったなら、その時は修復イベントでなんとかしてくれ。折れた聖剣の修復イベントとかいかにもって感じで盛り上がるだろ?
聖剣が折れてしまった影響で、聖剣とこの聖獣娘の間に結ばれていた繋がりのようなものが途切れる。
「あんた、まさか!!」
「ああ、すみませんね騙していたみたいな形になってしまって。どうも、竜神ハインツの弟子のポーク・ピカタです。師匠を殺すなんて言われて、はいわかりましたなんて言うわけないじゃないですか」
「ああそう!最初っから騙してたってワケね!よくもやってくれるじゃない!」
本気で激昂したのか、全身の毛を逆立てて殺気を振りまき、手足を獣化させて全身から神の域に近い強烈な魔力を発する女体化ゼト神。ちなみになんで敬語かというと、タメぐちで会話するほどの仲になりたくないデスという意思表示だ。
伝承通り、得意であるらしい時魔法を操り目にも止まらぬ超加速で俺に飛びかかって来る彼女を、何層にも多重展開した魔法障壁で弾く。だが見た目には何人にも分身しているほどに見えるぐらいの超スピードによる連打に、瞬時に数枚の障壁が砕かれ、ミルフィーユを上から一層ずつ剥がされていくかのように、障壁全体にヒビが入り始める。
「そもそも僕は勇者だなんて一言も言ってないのに勝手に勘違いして奈落の底に叩き落としてくれやがったのはそちらの一方的で身勝手な勘違いじゃないですか。それで八つ当たりされても困りますって」
「黙れ!もういいわ!あんただけは絶対に、何があってもこの手で殺す!そして、邪竜は刺し違えてでもあたしが倒す!」
さっきまでの戦いとは違う。勇者の力を試すための試練ではなく、本気で俺を殺しにかかろうとしている腐っても神様レベルの強大すぎる力。正面からで駄目なら後ろから。それでも駄目ならもっと数を増やして。十人ぐらいに分身して見えるほどの超加速で障壁に絶えず攻撃を加え続けるゼト神。
さて、俺はこの局面をどう切り抜けるでしょう?
1.秘められた力が急に覚醒してぶっ殺す。
2.煽るだけ煽って無惨にも殺されてゲームオーバー。
3.チートでなんとかする。
「助けてえ師匠オオオ!!」
「んなッ!?」
正解は、他力本願でなんとかしてもらう。
そうだね、俺のジョブ?職業?は商人であって、勇者でも賢者でも魔法使いでも詐欺師でもない。怒り狂う聖獣を相手にひとりで無双勝ちなんてできるはずがないのである。
すうー!と息を吸い込んでからの、どこぞのアクショナリーな実は双子のヒロインがごとく叫ぶ。同時にワープ魔法で空間に小さな穴を穿つ。
さて、覚えているだろうか。この地下迷宮では転移魔法は使えないと言ったことを。厳密には、全く使えないわけではなく、使おうとすると弾かれるのだ。ローガン様を神殿内から脱出させる時に、こいつの神の力による妨害を受けながらもフラフープ大の穴を空けて、彼を外に逃がした。
ならば、それだけで十分である。たとえフラフープにもならない、指輪、ないしは五円玉の穴ほどの小さな点穴であったとしても、だ。
「どうした?余を呼んだかホークよ」
バキバキ、メキメキ、メリイ!とほんの小さな穴が無理矢理にこじ開けられ、地下神殿内で地震が起こる。神が張った結界を邪竜が破ろうとしているのだ。当然だろう。バラバラと天井から砂や石つぶてが落ちてきて、崩落が心配になるがそうなったらさっさと逃げればよい。
そして、結界が破られる。同時に転移門が眩く光り輝き、開かれた青空の向こうから、身長3mほどの巨躯の竜人が姿を現した。
「ッ!邪竜ハインツ!!まさか本当に来るとはね!まるで悪夢だわ!」
「おお、誰かと思えば女神がこの世界を去る時に捨てていった小鳥と子犬の子犬の方ではないか。ただの愛玩動物と思うておったが、野生化しておったとは驚いたぞ」
「違う!女神様はあたしたちを捨ててなんかいない!私たちに聖剣を守り抜くという役目を与えてくださったんだ!女神様を侮辱するなァ!」
いや、あの女神のことだから『可愛いー!』とかノリで飼い始めたはいいけど、『あたしんち賃貸だからペット禁止なのよねーごめんね!』とか言ってあっさりポイ捨てしていっても不思議ではないと思うのだが。
「いいわ!もう後もなければ聖剣もなくなった!たとえ噛ませ犬になるとわかっていても、神聖獣ゼトの名に懸けてあんたに一矢報いてやるッ!!」
なおゼト神の名誉のために断っておこう。彼女は頑張った。努力はした。一生懸命さは伝わってきた。現場からは以上です。





