第107話 愛は人を愚者にも賢者にもする
世間を騒がす怪盗ジャッカルが、賓客という名のお宝を盗むことに失敗し、逮捕されたというニュースは瞬く間にヴァスコーダガマ王国内を駆け巡った。惜しむ者、擁護する者、嘲う者、安堵する者。無責任な群衆の反応は様々であったものの、一様に関心は宮殿と怪盗へと向いている。
怪盗ジャッカルは過去に犯した盗みの罪状が積もり積もって公開処刑される運びとなったが、当人は命懸けで推しカプのために行動したのにまさかの公式が逆カプをお出ししてきた衝撃で既に死んだも同然の廃人状態なのでいかんとも。あれじゃあ過去に被害を受けた人たちは復讐のし甲斐がないだろうが、まあ盗まれる側も悪徳商人や悪党ばっかりだったそうなので、いかんとも。
そして民衆は怪盗ジャッカルをも魅了したという美しき賓客の姿を一目見ようと人々は連日宮殿前の広場に押しかけたが、既にその頃には、ゴルド親子はこの国を離れていたのである。
「酷い目に遭ったというか、遭いかけたというか」
「なかなかに個性的な国でしたね。俺はもうコリゴリでさあ」
「そう言われてしまっても仕方のない事件が起きてしまったからね。つくづく君たちには申し訳ない気持ちでいっぱいだよ」
「っとっと!すいやせんローガン様!」
「いや、いいんだ」
ブランストン王国へと帰国するために乗り込んだ飛空艇。何故そこに王兄であるローガン・ヴァスコーダガマが乗っているのかというと、王家とゴルド商会との間で交わされた取引のためである。
ローガンの命を救い、呪いを祓ってくれた、国を挙げて篤く御礼申し上げるべき大恩人に対し、まさかの勘違いによる思い込みで、曲がりになりにも侍女として働いていた者が毒液で顔を潰そうとするなど前代未聞、言語道断である。
恩を仇で返すどころではない。場合によっては、ブランストン王国との開戦のきっかけにまでなってしまいかねない。少なくとも、皇帝イグニス辺りに知られたら、本気で何をされるかわかったものではない、ということで、ジョッシュ王以下王族一同は、平謝りする羽目になった。
直接の原因が怪盗ジャッカルであるとはいえ、女装した男に気づかず侍女として雇っていたことや、あまつさえ王女がその者と親しくして、弟とその恋人の恋愛を娯楽として消費していたことが大問題となり、アルきゅんとオメガ様の恋を見守り隊?応援し隊?どっちでもいいが、は解体される運びとなり。
詫びを入れようにも、ゴルド商会は金には困っていないし、財宝など渡されても使い道もなく困る。じゃあ一体どうすればいいんだ、となった時に、閃いたのだ。そうだ、ヴァスコーダガマ王国の庇護が欲しい、と。
聖都ベリーズ、マーマイト帝国、そしてヴァスコーダガマ王国において、ホーク・ゴルドは無名の英雄扱いである。お願いだから俺の名を出すな、今後の生活に支障が出る、ということで、固く口止めしているため国民たちには全くその存在を知られてはいないものの、要人たちにとっては超絶VIP扱いだ。
しかし、ブランストン王国内においては、精々金で買収して大学院まで不正飛び級をした悪名高きゴルド商会のバカ息子か、学者ギルド・魔術師ギルド絡みの人間ならヤバイ級の魔法キチ、ないし公爵家の恩人、というぐらいで、後ろ盾がない。
無論、ピクルス第3王子やルタバガ第2王子など、王族にも伝手はあるのだが、今の王国を支配しているのは国王陛下と、その後継者として指名されているデーツ第1王子ぐらいのものであり、そのふたりは与り知らぬことだが、ホークはその正妃であり母でもある王妃を昏睡させた張本人だ。
なので、もし国王が気まぐれに、ゴルド商会に出頭要請を命じ、妻を目覚めさせる薬や魔法を用立てよ、などと命じられた時に、表立ってヤダとは言えないのが現状である。
まして、ブランストン王には3人も独身の若き王子がいるにも係わらず、その3人をガン無視してただの平民にすぎないホークにわざわざ他国の王族、それも男が求婚してきたということで、遅まきながら情報を掴んだ王家は大混乱中であるらしい。
屋敷の方にひっきりなしに問い合わせが来ており、痺れを切らして王国騎士団が連日乗り込んできているのでなんとかしてほしい、と通信魔道具を預けておいたオリーヴから連絡が入り、こりゃなんとかセにゃならん、と思った矢先に、ローガン様の出番、というわけだ。
「この度は僕の病気療養による長期滞在を快く受け入れてくださったこと、感謝します」
「いやいや、名高きヴァスコーダガマ王国の英雄、ローガン殿を迎えることができるとは、実に光栄ですとも」
にこやかに握手を交わす国王陛下とローガン様。それを見守る3人の王子たち。デーツ様はこれが噂の豚か、みたいな目で。ルタバガ様は面白そうに。ピクルス様は『テメエ後で覚えてやがれよ?』的なサムシングで。ごめんなピクルス様。
急な思い付きだったから、話を通しておく余裕がなくてな。後でお詫びの菓子折りでも贈っておこう。ヴァスコーダガマ王国で流行っているという焼き菓子の詰め合わせを結構沢山買い込んできたので、ガメツの爺さんとか学者ギルドにも久しぶりに顔を出さないとな。
「フフ。君がホーク・ゴルドか。こうして会うのは初めましてになるね?」
「お初にお目にかかります、国王陛下」
初めて会ったけど、王様、結構爺さんだな。もう六十近いんだっけか。そろそろ還暦ってことで引退すりゃいいのにと思わなくもないけれど、基本死ぬか王位を譲って引退するか皇帝みたいに簒奪されるかまでは玉座に座り続けるのがこの世界では一般的だから、まだまだこの人の治世は続きそうだ。
ま、王妃の監督不行き届きは別としても、別段暗愚だったりボンクラだったりするわけじゃないみたいなので、こちらの邪魔をしてこない限りは構わないのだけれど。むしろ、下手に崩御されるとまた後継者争いとかが激化しそうで困るから、長生きしてもらった方がメリットがでかいのかもしれない。
「君の活躍は色々と耳に届いているよ。『我が国の民』として、これからも期待しているからね」
「ご期待に副うよう鋭意努力致します」
おっと、我が国の民と来たか。露骨に釘刺しにきたな。とはいえ、無理もあるまい。
今回の一件の筋書きはこうだ。三十年前に悪しき魔女を討伐し国を救ったものの、その死に際に放たれた呪いを受け、以来ずっと苦しんでいたところへ、『たまたま聖都でその呪いに効く薬を仕入れていた』ホークがそれを献上し、容体が劇的に快復。
感激したローガン様は『ホークを是非妾にと望み、呪いが解けた後も衰弱した体をリハビリさせるための療養先としてブランストン王国を指定』。
王家に無断で第9王子とのお見合いに出かけたホークが国内に戻ってくるなり召喚してどういうことだと問い詰めようとしていたブランストン王家は、初っ端から出鼻を挫かれる羽目になったというわけだ。
無論、妾云々の話は根も葉もない真っ赤な嘘ではあるものの、これでブランストン王家がホークに何かしようものなら『ヴァスコーダガマ王国の王兄が寵愛を捧ぐ人物に無礼を働いた場合、最悪開戦待ったなし』という状況に力技で持ち込むことに成功。
後はローガン様のためにゴルド邸の近くにもうひとつ屋敷を購入するなり、ホームシックになったと言ってひとりだけ先に帰るなり、頃合いを見計らって一家でヴァスコーダガマ王国に移住するなりいくらでもやりようはある、というわけだね。
『兄上!どうかお考え直しください!兄上がいなくなったら私はこの国をどう治めてゆけばよいのですか!』
『ジョッシュ。お前は立派にこの国を治めてきたじゃないか。確かに僕に助言を求めてくることはあったが、それでも僕にどっぷり依存していた、というほど酷かったわけじゃない。いい加減、君も兄離れをする頃だよ。大丈夫、君は立派な王だ。他でもない、この僕が認めているのだからね』
『兄上ェ!』
インテリマッチョのおっさんと力士かな?みたいな豊満おっさん兄弟の麗しい涙ながらの兄弟愛に満ちた抱擁とか、感動のあまり速攻で目を逸らしてしまったぐらいだが、とにかくそんなわけで、ローガン様はブランストン王国へとご同行くださったわけだ。
もちろん、それだけでは足りないだろうということで、『よくもホークちゃんの美しい顔に傷を!!』と憤慨するパパはきっちり国王陛下と話をつけて、搾り取れるだけ関税の免除なり国内に支店を作るにあたって一等地をもぎ取るなどの交渉をしていたようだが、割愛。
「本当にありがとうございました。お陰でゴチャゴチャと余計な詮索や横槍を表立っては入れられずに済みそうですよ」
「何、少しでも君に恩を返せたならそれでいいさ。なんせ、僕が腹を切るなり首でも差し出すなりしなければならないかもしれなかったレベルのとんでもない無礼を我が国は君に働いてしまったわけだからね」
「せっかく助かった命なんですから、大事にしてくださいよ」
「ははは、本当に、感謝の念に堪えないよ君には」
お陰でブランストン王国内でのホーク・ゴルドの評判は、『爵位を金で購おうとしたバカ親の野望をバカ息子が身勝手に破棄し、今度は金の力で飛び級したにも係わらず勉強についていけなくて長期休学。男に求婚されたかと思えば今度は褐色の髭のおっさんの愛人になったホモ豚』という酷い有様である。
無論、意図的に悪名を広めて嫌われることであまり面倒なしがらみに囚われることのないようにという裏工作の産物であるので、王国の人間はボンクラバカの節穴ばっかりか!と思っては可哀想だぞ。俺がボンクラバカ息子であると思わせるように尽力しているだけだからな。
「それでどうします?屋敷でも一軒買います?」
「いや、もう独りで部屋に閉じこもっている生活には飽き飽きだよ。もしよければ、君の家の客間にでもしばらく逗留させてもらってもいいかい?」
「いいですけど、そんなんでいいんですか?」
「そんなのがいいのさ。朝、おはようを言える相手がいる。一緒に食事を摂れる相手がいる。それだけのことを、僕はこの三十年間、ずっと我慢させられていたのだからね」
「あー...」
しまった、無神経なことを言ってしまったな。
「申し訳ありませんローガン様。配慮が足りませんでした」
「いやいいんだ。これからもよろしく頼むよ」
馬車の中で握手を求められたので、それに応える。今回も色々あったけど、結果オーライってことで、よしとするか。





