第105話 やめて!僕を巡って争わないで!
美しさは罪。いや、まさかほんとに罪作りになるとは思わなかったけどさ。
「本当によかったのかい?」
「ええ。誘拐犯を現行犯で逮捕できるチャンスなんて滅多にないでしょうし」
深夜23時。あの予告状が届いてから、大騒ぎになった宮殿内の意見は、まっぷたつに割れていた。即ち、俺の身柄を国外へ退避させるか、あるいは怪盗を迎え撃つか。
一応俺たちは客人の扱いなのだから、万が一があっては王家の威信に瑕がつくのでさっさとお帰り頂いてしまえ派と、本当に来るかどうかも怪しい悪戯の手紙ひとつで王家が振り回されてパニックになって、勝負をする前から逃げたと思われたらそれこそ王家の威信に瑕がつくだろう派。
結局どちらの言い分にも理があるため、決着がつかず、しょうがないので俺が提案したのだ。
『この予告状が本物にせよ偽物にせよ、国内を騒がす犯罪者を逮捕できるチャンスであるならば協力しますよ』
歓迎の宴で仲よくなったというこの国の大商人さんに案内してもらって国内観光を楽しんできたパパは、帰ってくるなりそりゃあもう大反対した。『ホークちゃんの身に何かあったらどうするの!?』と。
だがもしもこの国でゴルド商会が商売を始めたいなら、そんな怪盗なんてものがいる状況を野放しにしておくのは危険だ。悪徳商会ゴルド商会から大金を盗んでやろう!みたいなことをされたら、迷惑極まりない。
よって、怪盗はここで逮捕しておいた方がいい。渋るパパの説得を手伝ってくれたのは、ローガン様だ。
『ご子息はこの国の威信に賭けて、必ずやお守り致します。本来であればオメガがそう言わねばならぬ状況ではありますが、代理ということでこの僕でご勘弁を』
そんなわけで、0時になる前にさっさと帰ってしまえ作戦は棄却。俺とパパ、それにバージルとパパの護衛たちは、かつてローガン様が引きこもっていたのとは正反対の方角にある塔の天辺の小部屋にて、0時まで待つことにしたのである。
「自分はヴァスコーダガマ警察王都本庁、刑事一課所属のオズリック警部であります!今度こそかの忌ま忌ましき怪盗ジャッカルを逮捕してご覧に入れるでありまあす!!」
なんか、まんまと怪盗に出し抜かれるのがお仕事です、みたいな残念なイケメン臭の漂う刑事さんと大勢の警官隊、それに宮殿勤めの衛兵さんたちも大量に結集し、塔の周りを取り囲んでいる状態だ。厳重な警備と言えば聞こえはいいが、どうぞこの中に潜り込んでください変装した怪盗さん臭が凄い。
「この塔の中ってこんな風になっていたんですね」
「まあね。一階まで食事を摂りに行くのに昇り降りをするのは足腰のいい鍛練になったよ」
塔の中は灯台のようになっており、狭い螺旋階段がグルグルと続き、その天辺には六畳間ほどの小さな部屋がちょこんとあるだけ。窓、扉共にひとつしかなく、トイレとお風呂は個室になっているがそれだけだ。
こんな狭い部屋の中だけで三十年も過ごさなくちゃいけなくなったらと思うとちょっとゲッソリしちゃう。あまりにもやることがなさすぎたせいで身心を鍛え抜く意味も込めて腕立て伏せや腹筋や懸垂などの筋トレに勤しんだ結果、ローガン様がインテリマッチョになってしまわれたのも納得がいくなこりゃ。
現在この室内には、俺とローガン様、護衛のバージル、それから、危ないから来るなと言ったのに心配だからとどうしてもとくっついてきたパパとその護衛がふたりがいるせいで偉くぎゅうぎゅう詰めだ。
オメガ王子はどうしたのかって?アル、アル、と腑抜けた感じで使い物にならなそうだったのでご遠慮頂いたよ。ジョッシュ国王一家も万が一に備え、全員で宮殿に待機しているらしい。
俺を狙ったのはあくまで陽動で、その隙に宮殿に忍び込んで、みたいなのが目的とも限らないからね。衛兵をそちらに割いてもらって、こちらには最低限の衛兵と警官隊を寄越してもらったのはそのためだ。
異世界なのに警察官ってムードが壊れるなあと思わなくもないが、お前それ英国領事館の前でも同じこと言えんの?という脳内ハイエナの囁きに納得してしまった。
「しっかし、奴さん本当に来るんでしょうかね?」
「さあ、どうだろう。予告状だけ出しておいて来ないなんて、怪盗の美学に反するだろうから、来るとは思うけど。もし予告状が偽物だったとしても、『この私の名を騙る不届き者に罰を与えに参りましたわ!』とかなんとか言って、結局来るのが怪盗だろうし」
不意に、一発の銃声が小さく鳴り響いた。
「銃声だ!」
「こちらではないな。宮殿の方から、だと?」
「こっちが陽動だった、ってことですかい!」
「いや、そうとも限らないよバージル。油断しちゃダメだ」
にわかに緊張が走る。
「宮殿の方だ!総員突撃ィー!絶対に怪盗ジャッカルを逃がすんじゃあないぞ!」
そして塔の付近の警備をしていた警官隊が、オズリック警部を先頭にひとり残らず宮殿内に突撃していく。おいおい、何やってんだあいつら。そんなんだから怪盗ジャッカルを何年も逮捕できていないのでは?と思わずツッコミたくなってしまうぞ。
お陰で塔の入り口には数名の衛兵さんたちしか残されていない。
「これでいいのかヴァスコーダガマ警察」
「全くだよ。後日、警察組織の上層部を集めてお話をしなければならないようだね??」
「職務熱心、といやあそうなんでしょうがね、さすがにありゃちょっと」
「ん?誰か来たぞ?」
四人がかりで窓から外を覗き込んでいると、宮殿の方から衛兵がひとり走ってくる。伝令かな?
衛兵は入り口にいた警備兵たちと何かを話していると、やがて塔内を駆け上がってきた。
「ご報告致しまッ!?」
バチバチ!っと静電気でも走ったかのように、扉を開けて駆けこんできた伝令兵が苦悶の悲鳴を上げ身を捩り、悶絶する。バージルがそいつを床に引き倒して、両腕を拘束すると同時に変身魔法が解け、現れたのはアル様とやらの面倒を看ていた赤髪の侍女、オフィーリアの姿だった。
「クソ!放せ!」
「バカかあんた。そう言われてはいわかりましたって言うと思うか?」
「ぐわー!?」
敵意を感知したので、手慣れた手つきで両方の肩の関節を外してやり、逃げられないように両足の骨を折る。うわあ痛そうだ。可哀想に。でも、殺気ムンムンだからね、しょうがないね。
「待ってください!待って!」
そして、後から飛び込んできたのは、オメガ王子の恋人アル。そして、オメガ王子本人である。
「オフィーリア!もうやめて!俺はこんなこと望んでないよ!」
「アル様!ですが!」
「いい加減にしろ!これ以上アルを泣かせるというのならば、この私が赦さない!」
美男子ふたり、美少女ひとり。何やらカオスな状況である。
「説明しなさい、オメガ」
「お、伯父上...その...」
ローガン様の怒りには、有無を言わせぬ迫力があった。