侯爵令息の美貌
熱が下がったもののベッドに押し戻され、一人泣いた次の日。身支度を侍女に整えてもらっている最中、僕は声も出ないくらいとても驚いた。
鏡に写った僕は、前世でも見たこともないくらい美しかったから。
これがぼく?!
記憶を思い出すまでは自分の容姿がごく普通だと思っていたけれど、とんでもない!
光でそのまま染めたような柔らかい金の髪に、緑がかった金の瞳。その回りは髪の毛と同じ色のまつ毛が彩っていて、鼻は小さくツンと整い唇はぷるんとピンク色。す、すごい…。これがぼくのかお…。
お母様は一目見れば瞬きを忘れるほどの美しさで社交界を渡り歩いていると聞いているけど、そのお母様と瓜二つだ。とんでもなく愛らしい顔は鏡の中から僕を驚いた顔でまじまじと見返している。
道理で家族から愛されているわけだ…と僕は少しぼぉっとしながら納得した。もちろんそれだけじゃないだろうけど。自分の顔に慣れるまで、少し時間がかかりそうだなぁ。
それに…この顔なら、…僕を好きになってくれる男の人も、いるかもしれない。
そんなことを考えるもすぐに顔が熱くなってしまう。だ、ダメだダメだ!僕は何を考えているんだ!
この世界の恋愛感がどうなっているのかまだわからないけれど、不埒な妄想をしてしまいそうになる自分が恥ずかしい…。
恋に憧れすぎている自覚はあるけれど、好きな人と笑いあうということがどんなことなのか、僕は知りたくてたまらなかった。
「アダム殿下のパーティー?」
朝食でのこと。お父様が仰った言葉に僕はそう返した。
「そう。アダム殿下もテオと同じ年なのは知っているな?それで今年は殿下の婚約者を探すことも兼ねて王城で開催するそうだ」
「…そうなんですね」
僕に一体なんの関係があるんだろう。きょとんとしていると一番上の兄のレオナルト兄様が説明してくれた。ちなみにレオナルト兄様はお父様に似てこれまた驚くくらいのハンサムだ。とてもかっこよくてまだ少しドキドキしてしまう。レオ兄様は僕の兄僕の兄僕の兄…!…早く慣れたいな…。
「まぁ有り体に言ってしまえばついで、だね。将来国王陛下になられるんだ。優秀な臣下になりうる者も探しておこうということなのだろう」
テオはとても優秀だからね、とにこりとレオ兄様は続けた。僕は勉強がただ好きなだけなのだけれど、もしかして前世でほとんど勉強出来なかったからかな。でも優秀と誉められたことは素直に嬉しくて胸がくすぐったくなった。
「あ…ありがとうございます、レオ兄様…」
食事中なのも忘れてつい頬が緩む。お父様とお母様が優しく笑いかけてくれて、レオ兄様とジーク兄様はどこか自慢げで。
家族だけでなく使用人たちもこっそり柔らかく笑っていて、僕は照れてしまった。みんな、僕をあんまり甘やかさないでほしいな…。ずっとこの暖かな中にいたいと、僕は心から願ってしまいそうになるから。
今日の朝食は、いつもの何倍も美味しいな。
そんな時。
「でもテオが男で良かったよ。妹だったらきっと婚約者に選ばれただろうから」
ジーク兄様のその言葉に、ギクッと固まってしまった。
突然現実を見せつけられたような、そんな気がして。
当たり前のように弟だから殿下に婚約者として選ばれることはないと笑うお兄様。
テオが娘だったらドレスを一緒に考えたかったわと嬉しそうに悩み始めるお母様。娘だったら寂しくなってしまうからと一人落ち込むお父様。
ごく普通に男だから、女だったらと、みんなが笑う。
僕は男だから、いつか家を出て、お嫁さんをもらって孫の顔を見せてーーー。そんな僕が考えもしなかった"当たり前の人生"が家族の口から紡がれて、怖くなる。
僕は急に味がしなくなった朝食をただ口に詰めていく。
「お、お父様、もし、あの…、もしも………」
「…? どうした?テオ」
家族全員が僕を見る。その顔には疑問が浮かんでいるもののとても優しい。僕の次の言葉を待つ大好きな家族。もし僕が、それを言ってしまえば、どれだけ歪んでしまうのだろう。こんなにも優しい家族を、壊してしまうのかな。
それはとても恐ろしい想像で、結局僕は言葉を飲み込んだ。
「いえ、なんでもないです!」
にこ、と笑ってしまえば話しは変わっていった。僕は優秀なんかじゃない。だって今みんなが話した通りの人生は、きっと歩けない。
ねぇ。もし僕が、男の人を好きだと言ったら、…みんなどうする…?
ーーやっぱり、この世界でも僕は、恋なんて出来ないのだろうか。




