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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

GIFT 神様の贈り物

作者: 荊汀森栖

「この力は神様がくれた贈り物」


 昔観た映画の主人公みたいに、自分の能力をポジティブに捉えられたら良かった。

 でも現実は『呪い』でしかない。


『キスしたら絶対服従』


 神様が僕に与えた贈り物(ギフト)は欠陥だらけで役立たずだった。

 僕は、瞳から輝きが消え、魂の抜けた人形のように、ただ諾々と自分の意のままになる下僕を欲しがる変態ではなかったし、それが女性なら尚の事、罪責感や自己嫌悪に苛まれてまで恋人や人肌を望まなかった。

 お陰で、恵まれた容姿をしていると評されながらも、青年時代を清らかに勉学と仕事とに捧げ、とうとう三十路を迎えてしまった。

 立派な中年の仲間入りだ。

 だが、色事というものは、無ければ無いで、なんとかなるものだ。というより、今までの人生で甘美な経験が皆無だったからこそ、性的に円熟の域に入るべき三十代で、すっかり枯れた感じに落ち着いてしまった。

 いつしか、口先だけの軽い駆け引きを楽しむ淡白野郎に成り下がり、それも人生と開き直ってこの先も生きていくつもりだった。

 それなのに。

 運命の女神は僕に更なる試練を与えてくれやがったらしい。


「……ここは、どこだ?」


 突如として、まるで長ったらしいタイトルのラノベみたいな状況に陥り、僕は暫し途方に暮れる。

 自分が今現在、存在している場所が、果たして何と呼ばれる所なのか分からない。

 ここは、僕が住居を構える東京ではない。日本ですらない。

 ましてや海外でもない。

 それはもう、見るからに僕が居た世界とは異なる文化圏だったから。馬鹿でも分かる。

 街並みや行き交う人々の服装がどうこうというレベルの話ではない。僕の住んでいた現実世界には、獣人なんて実在していなかったから間違えようがない。艶やかな獣の耳と立派な尾を持つ美丈夫なんて、二次元でしか観たことがなかった。

 夢を見ているのかと思った。

 夢のように美しい生き物だったから。

 軍服に似た服を身に纏った次元の違う美形に、鋭く尖る槍を眼前に突き付けられながら、あまりの事態に僕は怯える事すら忘れていた。

 付け加えるなら、僕は酔っ払いでもあった。前日の夜に、前後不覚に陥るほど深酒をしていたからだ。

 前日?

 果たして前日なのか。知らぬ間に数日経過しているのかも分からない。

 悲しいことに、ベッドで寝て起きたという訳では無かったが、意識を失って目覚めたのだから前日という判断で強ち間違いでもないだろう。

 とにかく。

 僕には酒に溺れてしまいたい理由があった。


 同僚曰く、僕は誘蛾灯らしい。

 僕の容姿に惹かれた女性たちは、僕にその気がないと分かるや否や、僕の友人たちにターゲットを変える。それはそれは鮮やかな変わり身の早さと手並みで、僕は数日前に、今年何通目かに当たる寿の封書を受け取ったのだった。男の三十代は、どうやら結婚適齢期らしい。

 こんな特異体質では結婚など望むべくもない。

 だからといって、自ら望んで脱落したわけでもないのに、運命の悪戯で正規ルートから蹴落とされ、出世街道からは弾き出され、友人たちに置き去りにされて嬉しいわけでもない。やっぱり寂しいし、辛い。

 僕には一生、人生を共に歩み喜びも悲しみも分かち合う、そんな相手は現れないのだろうか……。

 最近、深刻な悩みとなっている現実。直視すれば焦燥感に駆り立てられ、取り乱し泣き喚きそうになる。そこから逃げるために、僕は酒の力を借りていた。

 思い出したら気分が落ち込んできた。呑みたい。これが呑まずにやってられるか。


 一人、物思いに耽っていると、罵声と共に煌めく刃が高く振りかざされた。

 何を言っているのか分からない。

 分からないが、目の前の若い美丈夫な獣人が怒っていることは伝わってきた。

 黒豹のような、狼のような気高さ。

 だが、それがどうした。どんなに魅力的な人物であったとしても、僕とは一生交わらないイキモノだ。それがヒトであっても、ケモノであっても。関係ない。悲しいかな、関係ない。

 僕は酔っ払い特有の無鉄砲さで動いた。

 目の前に振り下ろされた槍を、身を翻しながら柄を手で叩き勢いを消す。剣先が地面に突き刺さるよう誘導し、間合いを詰め柄をグッと脇に挟んで動かせないよう固定すると、目の前に、驚愕に見開いた獣の目があった。どこまでも深い蒼。

「刃物を人に向けるのなら、相応の覚悟があるんだろうな?」

 恐らく軍人か、それに類する役職にでも就いているであろう者に対して売るべきではない喧嘩だった。だが、たとえ言葉が通じなくても、この男が発する侮蔑の表情を許せはしなかった。

 孤高を生きるために、僕がどれだけ己の矜持を鍛え上げたと思っているんだ。分厚く頑強なプライドは、最早、鎧のごとき堅固さだった。

 男が聞いたことのない言語に戸惑うのも計算の内だった。

 僕は艶然と笑んで見せ、男の襟首に手を伸ばすと、指に滑らかな黒髪ごと引き寄せ強引に唇を重ねた。

 そして槍を掴む力が弱まった事を確認すると、「僕に跪け、短慮な乱暴者」と囁くように命じた。


 僕は知らなかったのだ。

 膝を屈しながらも眼光鋭く睨み付ける目の前のコイツが、この世界の王であり、暴君として名を馳せ恐怖政治を布いていただなんて。

 何も知らずに、奪い取った槍の柄を地面に突き立て、破壊王を相手にヤンキー座りで「チートキャラ舐めんな。」と煽ってしまった。

 知っていたら、未来は変わっていただろうか。

 僕にはそれが恐ろしい。


 君と出逢わなければ、僕は今でも一人虚しく酒を呷っていただろうから。


初出 2018.06.15 Twitter


チートおじさんは『獣の王を従えて』の威於(いお)

未発表BL作品。書けるかわからない。書けたらいいなぁ……。

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