非常識にも程がある
「…壊すなよ。誰が修理代出すと思ってるんだよ」
「でも私がここの部屋借りてるよ?お金出してるの私だよね?」
「…」
それを言われると反論できない。
そう。この部屋は俺ではなく、友咲が金を払っている部屋なのだ。
誤解されないために、自身のプライドのために説明するが、特に俺は金に困っている訳ではない。
なんだったら今すぐにでもこの変な畳の置き方をしている10畳の部屋を買うことが出来るくらいには貯金がある。
「まぁ、壊したのはいいとして。いや、よくないが、起こしに来てくれたのか?それとも破壊衝動か?」
ドアを指さす。外が暗くてよく見えないが、枠から外れているのは明確だ。
「なんその言い草!私が常に破壊衝動に駆られてるみたいなさぁ!」
「いや、実際壊してんじゃん。前来た時もうちの唯一の家電をぶっ壊しただろ」
「家電は叩いたら治るんだよ?知らなかった?」
「叩いたから治ったんじゃない、あれは叩いて壊して買い換えただけだ」
「まぁ、新しくなったんなら直ったのと合わせて一石二鳥だね!よかったよかった」
「よかねぇよ。お前が壊したせいで2週間地獄の灼熱生活だったんだ。本当に悟りを開くかと思ったわ」
「神童滅却火もまた涼し?」
「神童を滅却するな」
「さて、この部屋に来た理由なんだけどさ。」
こいつもスタートの瞬間にドリフトするタイプか。同じような奴さっき夢で見たわ。
「カラオケなんて本当はどうでもいいんだよね。ゆーくんさ、今のこの状況。不思議に思わない?私が部屋にいるってのは置いといてさ。この世界、なんかおかしいと思わない?」
「…あんまり言いたいことがわからん。5文字以内で頼む」
「おはよう」
「え、ふざけてる?」
「いや?5文字以内で答えてるだけだよ?」
…となると、だ。
窓の方を見る。そしてドア(残骸)の方を見る。成程。カーテンをじゃっと開ける。まだ暗い。
現在時刻11:10。体感的には10分くらいしか経っていないのに、小一時間話しているらしい。
なんて事はどうでもいい。時間的に明るくなければいけない時間。
明らかにおかしい。
「気づいた?」
「これ、どういう状況だ?」
「ただのイタズラ」
「お前は時魔道士か」
「冗句はさておきスマホ見て。そしたら全てわかるよ」
枕元のスマートフォンを手に取り、電源をつける。
現在時刻01:13。
部屋のデジタル時計の時刻ε1:10。
なんだよイプシロン1時って。
「イプシロン1時はゆーくんの造語でしょ。そこは私の管轄外」
「…」
「どうしたの?そんな顔してさ?」
「…」
「まぁ、イタズラ気持ちよかったからいいや。ばいばーい」
仏頂面と明らかな不満感をさらけ出したのに、何処吹く風と言わんばかりにどこかへ行ってしまった。
少し落胆していると、外からスポーツカーの爆音が聞こえる。
恐らく友咲の車だろう。
「…はぁ。何だったんだよ」
本当にイタズラだけして帰っていったな。まさかデジタル時計を逆さに置くだけの簡単なトリックに引っかかってしまうとは。
今度からデジタル時計以外にも衛生時計を置いておこう。
寝た時間は1時間ちょっと。完全に寝不足なので取り敢えず寝てしまおうか。
不意の携帯の通知を見ると、20分前の不在着信履歴が残っている。榊からだ。
付き合いたてのカレカノでもあるまいし、なんて時間に連絡してるんだ。
一応折り返そうか。いや、飲みの誘いとかだったら面倒だしな…。
いや、聖人君子の皮を被るためにちゃんと折り返すか。
「…」
5秒近くコールがなったところで榊が出る。
「…なんだよこの時間に」
「折り返しあんがとね〜、榊だよ〜。飲まね?いや、飲むぞ」
「…おやすみー」
「呑もうぜぇ?」
「おやすみー」
「命の恩人の頼みだぜ?呑もうよー」
恩を返せと言われると弱い。
「…はぁ。何処でやってんだ?」
「おっ、ノリいいねぇ」
「お前がパワハラしたから行くんだよ。気分は1ミリも乗ってない」
「場所は東京の新宿でやってるから。友咲に送るように言ってるから、待っといてな。」
「は?今から東京?」
「?そうだよ?んじゃよろしくなー」
「ちょっ!」
ぶつっ。ツー。ツー。
…ここは東京ではない。今から東京?どれだけかかると思ってんだ。無視して寝ようかな。でも、友咲のマシンの音がずっと鳴ってるんだよなぁ。
はぁ。
外を見ると、マシンに寄りかかりこちらを見る影があった。
「…行けばいいんだろ、行けば」