狂神に捧げる戦い 06-10
常識ではありえない、奇妙なドッグファイトがはじまろうとしている。それはドルーズとウルフバートの間にだけ存在する、暗黙の呼吸に基づく戦闘だ。
あまりに予想どおりのウルフバートがとる振る舞いに、ドルーズは薔薇色の唇から笑みをこぼれさせる。まさにおれたちは恋人同士のように、通じ合っている、ドルーズはそう思う。
しかしその笑みは、すぐに困惑によってかき消された。
「何だ、あれは」
ドルーズは、思わず声にだして呟く。
ウルフバートの機体は、激しく振動しているように見えた。マシントラブルかと思ったが、その航行自体は安定しており真っ直ぐこちらに向かってきている。
機体の振動はさらに激しくなり、まるで二機の機体がこちらに向かっているように見えた。
「ミルククラウン、あれは新手の光学ジャミングなのか?」
ドルーズの問いに、フェアリーは象牙色の髪を揺らして首を振った。
「ジャミングではなく、物理的実体として二機存在する反応があります」
ドルーズは、恋人の我が儘な振る舞いをとがめるおとこのように、眉をひそめた。
「馬鹿をいうなよ、じゃあ、ウルフバートは二機に分裂したとでもいうのかい」
ミルククラウンは、真面目に頷く。
「センサーの分析結果は、そのとおりです」
ドルーズは、薔薇色の唇を歪めた。
つくずくデタラメなやつだな、ウルフバート。
そう思ったが、その呟きはこころの中に留める。
「あと十五秒で、ビームフランベルジュの射程に入ります」
どうする?
ドルーズは、自分に問いかけた。
しかし、結論はすぐに出る。
今は考えるべきではなく、また躊躇うべきでもない。
ドルーズは、戦いの本能に身をまかせ燃えさかる炎の剣を振るう。
揺らめく真紅の輝きは、炎の軌跡を残し漆黒の空間をなぐ。
たとえ相手が二機に増殖していたとしても、二機ごと十次元振動で行動不能にしてしまえばいい。
紅の閃光は、二つに見える鋼鉄の狼に襲いかかった。
ドルーズは、ウルフバートを斬ったと確信する。
真紅の炎が、漆黒の機体を貫く。
しかしウルフバートは手応えのなさに、驚愕する。
そして、黒いミリタリーモジュールは二機ともドルーズの視界から消滅した。
「どこまで、でたらめな」
思わず声に出して呟いたドルーズの声に、ミルククラウンの叫びが被る。
「敵機、背後です。攻撃を受けます」
ドルーズは思考よりもはやく、本能で自機を翻し後ろの敵機に向き合おうとした。だが、それはひと呼吸遅れている。
ドルーズがみたのは死神の振るう鎌の弧を描いて自機に襲いかかる、スペースアックスであった。
ブースターで加速された狼の牙は、避けようのない速度でドルーズ機に襲いかかる。
どんと、ドルーズのミリタリーモジュールに衝撃が走りウルフバートのスペースアックスが機関部に食い込んだのを知る。機体の心臓部に電磁パルスが浴びせられ、断末魔の喘ぎのように機体が振動するのを感じ取ることができた。
一瞬だけ機体が振動した後すぐに、機関が停止する。ミルククラウンの映像もかき消すようになくなり、網膜投影ディスプレイが死んでドルーズは闇と沈黙の中に投げ出された。
ドルーズは、笑うしかないと思う。
戦闘開始後一分もたたずに撃墜されたのは、はじめての経験だ。
これは、艦隊の命運を決する戦いであったというのに。
それがこんなでたらめな結果になるとは、誰にも予測できなかったろうと思う。
ドルーズは、ヘッドセットにアラームが響くのを聞く。ドルーズの機は、死に瀬している。機体は生命維持装置が停止する寸前に、ドルーズを仮死状態にする措置をとるはずだ。
これで生き延びれば、おれはいい笑いものだな。ドルーズはそう思い彼には珍しく皮肉な笑みを、薔薇色の唇に浮かべる。
ドルーズは笑いながら、闇の中へと沈んだ。




