聖愚者の旅立ち 04-18
パルシファルのブリッジは、重低音の響きに満ちている。
月の光で輝いているかのような白衣を纏ったフランツ・フェルディナンドの周りには、コンソールが光の渦を造り上げていた。
パルシファル全体が、重金属の打楽器だけで編成されたオーケストラの演奏で満たされているかのようだ。
フランツは超絶技巧を奏でる演奏者のように、光の渦へ手を走らせた。その顔は、緊張で蒼ざめているようにみえる。
フランツは振り向き、コンソールデッキの中央にある艦長席に納まっている王、ロキに声をかけた。
「これから対消滅リアクターエンジンを、点火しますが」
ロキは、鋭いが落ち着いた光を宿す黒い瞳でフランツを見つめている。
フランツは、多少焦燥した色のある目でロキをみていた。
「ひとつ間違えれば、テラごと、あいはソル星系ごと吹き飛ぶと言っときますね」
ロキは、胸の前で手を組むと強い光を放つ眼でフランツをみる。
「かまわない、やりたまえ。おれは、何も心配していない」
ロキは、深い笑みを顔に浮かべた。
「おれは、フランツ君。君が天才だと知っているからね」
フランツは、蒼ざめた顔に無理矢理笑みを浮かべた。
フランツはヴェルザンディに、指示をだす。
「全起動シリンダーに核融合反応弾投入」
ヴェルザンディは、静かに頷いた。
「第一から第七まで、全ての封印を解除し、起動シリンダーへ核融合反応弾を投入します」
フランツは、乾ききった唇を舐める。
起動のためのエネルギー注入だけでも、テラの大陸が消し飛ぶくらいのエネルギーを必要とした。
地響きのように重い音が、立て続けにブリッジへ響く。それは、起動シリンダーへの点火封印が解除される音であった。
「全起動シリンダー、点火します」
パルシファルが浮き上がるような、振動がはしる。
絶叫となった点火音が、次々に鳴り響く。それは終末の日に天使が吹き鳴らす、喇叭の音を思わせる。
フランツは、ぞっとするような笑みを浮かべた。
今パルシファルは、戦艦を亜光速に加速できるようなエネルギーを内部に抱えている。エネルギーを封じ込めているフォースフィールドの制御式に一ステップでもミスがあれば、今この時点でパルシファルは消し飛んだ。
(やっぱり僕は、天才か?)
フランツは、やけくそ気味に心の中で呟いた。
轟音が鳴り響くブリッジで、フランツが叫びをあげる。
「全起動シリンダーを、メインエンジンに注入。ディラックの海へのゲートを開き固定」
ヴェルザンディは轟音の中でもよく聞こえる落ち着いた声で、言った。
「全起動シリンダー、メインエンジンに注入します」
何かが解き放たれ駆けだしたかのように、パルシファルが揺れ始める。
「ディラックの海へのゲート、開きます」
悲鳴のような音がブリッジに響き、フランツは満足げに頷く。
そして、宣告を下すように叫んだ。
「反物質生成、対消滅リアクターエンジン点火!」
いよいよ間違えればテラが消し飛ぶとこころまできたと、フランツは思う。緊張のあまり、目の前が揺らいでいる。
ヴェルザンディは、対照的に落ち着いた声を出す。
「ディラックの海より反物質を生成、ゲートよりリアクターエンジンに注入」
音が、撃ち殺されたように消える。
静寂が、耳をふさぐ。
フランツの激しい呼吸音が、響いている。
ずん、と深いところで振動が走り重低音が響き始めた。
「対消滅リアクターエンジン、点火しました」
ヴェルザンディの静かな声に、フランツが深いため息をついて額の汗を拭う。
しかし、すぐに状況は変わった。
がくんと、ブリッジに衝撃が走る。
パルシファルの艦体は、激しい振動をはじめている。
スクリーンにアラートメッセージが、並んでいく。あっという間に、スクリーンが赤く染まった。
「対消滅リアクターエンジンのエネルギーレベルが、上昇し続けています。警告レベルを突破し、危険域に突入しました。緊急停止システム、作動します」
ヴェルザンディが、うって変わって鋭い声を出す。
狂ったようなアラート音が、響き続ける。
「緊急停止システム、リジェクトされました。エンジンのエネルギーレベルさらに上昇、臨界点を突破しメルトダウンの開始まで、あと三十秒」




