最初の接触 02-02
全周天型スクリーンに覆われているブリッジのリニアーシートに、当直ブリッジオペレーターであるユーリ・ノヴァーリスは座っている。
コントロールデッキが中心にあり、そこから放射状にリニアーシートがつきだしているブリッジは、現在は船の艦首方向が下方となっていた。
今は、進行方向が艦尾であるから頭上の天頂あたりに木星が映し出されている。
その巨大な怪物のような惑星は、ぞっとするような極彩色の嵐に覆われた姿をスクリーンに投影していた。
船は鋼鉄の尖塔となり、大きな惑星に向かって進んでいる。
現在船は減速プロセスにあるため、艦尾から艦首に向かって1Gの力が働いておりブリッジはあたかも重力が存在しているかのような状態であった。
ブリッジにアラート音が響き、コンソールデッキの中心にあるリフトが作動してひとりの少年が姿を現す。
癖のある黒髪を鬣のようになびかせた、野性味をもった風貌のその少年は、戦闘隊長ケン・ブラックソードであった。
ユーリは戦闘隊長に笑顔を向け、声をかける。
「おかえり、ケン」
「おう」
ケン・ブラックソードは、ユーリの座るリニアーシートの隣に乗り込んだ。
本来当直は二人で行う決まりであるが、ひとりが船外作業を行う間はもうひとりがブリッジに残る形となる。
ブリッジでの当直任務に戻ったケン・ブラックソードはヴァーチュアル・コンソールを起動すると、状況のチェックをはじめた。
「エンシェント・ロードへのアクセスポイントは、もう目の前といったところか」
ケンのつぶやきに、ユーリは頷く。
「今の減速プロセスのままでいけば、二時間くらいでつくかな」
ユーリはそういうと、そっとため息をもらした。
「それにしても、僕らみたいな訓練生がこんな重要な任務を任せられるなんて」
ケンは、皮肉な思いを歪めた口の端に浮かべる。しかし無理矢理口の歪みを笑みの形にかえると、ユーリの言葉を鼻で笑い飛ばした。
「どうってことは、ないだろう。たかが放棄されたアクセスポイントの調査だぜ」
ケンの脳天気な言葉に、ユーリは苦笑いを返した。
彼らの乗る船、ブリュンヒルドの乗組員は大半が十代の訓練生である。
ケンとユーリも、まだ十七歳であった。
今の地球人類は、そんな子供たちを任務につかさねばならないほど追いつめられている。二十年前、暗黒種族がデモンウィルスを散布した後、甚大な被害を被ったものの地球人類は絶滅するとまでは考えていなかった。
なぜなら、恒星間は太古の銀河先住民が作り上げたエンシェント・ロードで繋がれており、最悪の場合はエンシェント・ロードを通じて他星系へ逃げ出すことも可能であると考えていたためだ。
しかし、すぐにその考えは放棄された。
デモンウィルスが散布されたのはテラだけではなく、銀河東部一帯の星系が無差別に散布対象とされていたためだ。他星系の国家はテラの難民を受け入れる余裕など、なかった。
それどころか、国家機能が崩壊し宇宙海賊化した軍事組織はあいついでテラに襲いかかることになる。
生き残ったテラのひとびとは、多大な犠牲を払いつつ宇宙海賊をしりぞけた。そして、テラの軌道上にあったアクセスポイントを機雷によって封鎖する。
ソル恒星系にはテラおよび火星の軌道上にエンシェント・ロードへのアクセスポイントがあったが、そこも既に封鎖され使えない。
しかし、ソル恒星系にはもうひとつアクセスポイントがあった。
木星軌道上と使い勝手の悪いところにあったため、千年以上昔に放棄されて使われることがなくなっていたが記録にはその存在が記されている。
追いつめられた地球人類は、そのアクセスポイントを使ってテラから脱出できるのではないかと考えた。それは脱出途中で宇宙海賊に出会う可能性が高いリスキーな案ではあったが、ひとつの選択肢ではある。
よって、ユーリたち訓練生に訓練航海を兼ねて、アクセスポイントの調査が命じられたのだ。
「そもそも、そんなに木星のアクセスポイントが使い物になる可能性が高いってんならはなからおれたちじゃあなく、正規艦隊がでばったよ。気楽にいきゃあいいんだこんな任務」
ケンは、ある意味正論ともいえることをのたまうと、足を投げ出しリニアシートの背もたれを深く倒す。
ユーリは苦笑しながら、ケンに言葉をかえした。
「でも、宇宙海賊がいる可能性だってあるよね」
ケンは、その言葉を笑いとばした。
「やつらが欲しいのは、テラの資源だ。火星や月の基地に資源の備蓄はあるが、木星は空っぽだぜ。そんなところに、わざわざきやしねぇよ」
手を頭の後ろでくみ、空を見上げるケン・ブラックソードはユーリ・ノヴァーリスにウインクして微笑みかける。
「まあ、気楽にいけばいい。ユーリ、おまえはまじめに考えすぎだ。当直なんて、昼寝しながらするくらいの」
「んごおぉ」
突然、ブリッジに響いたその音は、明らかにいびきであった。
ケンとユーリは、思わず顔を見合わす。
ユーリは、ひきつった笑いをうかべた。
「ケン、君の言ったことを実践してるひとがいるのかな」
ケンは、眉間に皺をよせた。
「いや、その位の気持ちといったが、昼寝しろとは」
「んが、ごおおぉぉぉー」
さらに高らかないびきが鳴り響き、ケンは舌打ちして立ち上がった。
そして、リニアーシートとコンソールデッキを繋ぐラダー・リフトをとおって、コンソールデッキに乗り込む。
「んぐぉ、ごごぉぉぉー」
遠慮なく響くいびきは、コンソールデッキの中心、艦長席から聞こえてきている。
艦長席は、ブランケットに覆われていた。
どうやらブランケットの下で、誰かが寝ているようだ。
ケンは、いびきの発生元であるブランケットへ拳を振り下ろす。
ごつんと、景気のいい音がした。
「んごぉ?」
いびきは止まり、ブランケットがもぞもぞ動く。
ケンが、ブランケットをはぎとる。その下から現れた少女を見て、ユーリが驚愕の声をあげた。
「ひ、姫様?」
スペースジャケットをはおり、後ろ髪をくくってひとまとめにしたその可憐な少女は、まぎれもなく王女ダーナ・ロキであった。
ダーナ王女は口の端についた涎のあとを手の甲で拭うと、ケンに微笑みかける。
「えっと、食事の時間がきたのかな?」
ダーナ王女の問いに、ケンは憮然とした表情で答える。
「あんたは、ここで艦内レーションを食べたみたいに見えるんだが」
ケンは、足元に落ちているレーションのパッケージを指さす。
艦長席にあぐらをかき大きく伸びをした王女は、大きく咲いた花のような笑みをみせた。
「ああ、ちょっと小腹がすいたんで」
ケンはしかめっつらで、王女を見下ろす。
「あんたはなんでこんなところで、配給外のレーションを食べて昼寝をしてるんだ」
「いやあ、当直のひとを激励しようと思ってブリッジにきてみたのよ」
なぜか少し得意げに笑うダーナ王女をみて、ケンの目がつりあがる。
「だいたいユーリ、目と鼻のさきでひとがレーション食って昼寝してるのに、なんで気がつかない」
「えっと、なんか気配は感じたけど、緊張してそれどころじゃなかったんだよ」
ケンは、深いため息をつく。
「緊張するにも、ほどがあるぞ」
「そうよ、当直はもっといろんな事態に気をくばらないと」
真顔で説教をしようとするダーナ王女を、ケンはにらむ。
「あんたがそれを、いうかね」
王女は、あははと笑い飛ばした。
ケンは、もう一度ため息をつく。
「まあ、あんたは王女だからすきにすりゃいいが、なんで自分の部屋でめし喰って寝ないんだ」
「君判ってないなあ」
ダーナ王女は、ケンの目の前で指を横にふる。
「わたしにつきっきりの、教育係という名目がついた近衛士官がいる」
王女は、軽く肩をすくめる。
「昼寝なんて、自室でさせてもらえるわけがないのよ。逃げだしても、すぐにつかまる。でも、さすがにブリッジまではこないだろうと思ったわけだね」
ダーナ王女はなぜか、勝ち誇った笑みをみせる。
ケンはそれを無視して、ユーリのほうを向く。
「おい、全艦放送で教育士官をブリッジに呼び出せ」
「ちょっとまちなさい!」
ユーリは、混乱して王女とケンを見比べる。
「え、えっと」
目が宙を泳いでいるユーリに舌打ちしたケンは、自席に戻ろうと一歩踏み出す。
その瞬間、警告のアラート音がブリッジに鳴り響いた。
ケンは、リニアシートに飛び込むとヴァーチュアル・コンソールを起動する。
「前方に、次元振動」
ユーリがコンソールを操作しながら、声をあげる。
ケンが、うめくように呟く。
「次元虹かよ、なんてことだ」




