最後の希望 01-02
護衛員は頷いてみせるとバイザーを降ろし、ランプウェイから地上に向かう。
四体の強化外骨格アーマーに続いて、丸腰のティークも地上へ下っていく。
ティークたちは、ドックを抜けて通路にはいる。
洞窟のように薄暗くて狭い通路を、ティークたちは進んでいった。地下に向かって傾斜しているその通路は、何重もの装甲ゲートを備えており外敵の侵入に備えられている。
ティークたちは、厚さが一メートル以上はあるゲートをいくつも通り抜けた。ゲートはティークたちが通り抜けると、重々しい音をたて閉じられていく。
そして、通路は傾斜を次第に急にしてゆき、地下へと降っていることを示していた。
十分ほど歩いた後、ティークたちは突然開けた場所へとでる。
そこは巨大なドームのような、場所だ。
ちょうど、カイザー・ヒューゲルの内側についたらしい。
頭上を覆う巨大なドーム状の岩盤は、頂点部が闇に包まれ人工の夜空のようだ。
そのドームの下には、大きなクレーターがあるらしい。
クレーターの周囲には、様々な電子装置が並んでいる。
「ようこそ、皆さん。お待ちしていました!」
そこには、金髪碧眼の若者が立っている。
古くからの伝統で研究者用白衣を羽織ってはいるが、その顔立ちはミュージシャンか役者が似合いそうな、派手な美形であった。
白衣の若者が、陽気といってもいい笑みを浮かべティークに手を差し伸べる。
ティークはその手をとり、軽く握った。
「月面独立自治区執務官、ティークだ」
白衣の若者は、楽しげに頷く。
「僕は、フランツ・フェルディナンド、科学局長です。ようこそ、地球最後の希望がある場所に」
ティークはその言葉に、頷いた。
まさに彼は、地球人類最後の希望を見に来たのだから。
「では、さっそく我々の希望を見せてもらおうか、フェルディナンド博士」
「ああ、フランツでいいっすよ、ティーク執務官」
フランツは軽い調子で応えると、振り向いて歩き出す。
結構速歩のフランツに、ティークは慌ててついていく。
久しぶりに地球の重力下で活動するために訓練はしてきたものの、身体がまだ馴染んでおらずフランツの歩みがとても速く感じた。
ふたりの後ろを、フォーマンセルの護衛チームがあたりを警戒しながら続く。
電子機器の並ぶ防壁を越え、フランツとティークはクレーターの縁まできた。
「さて、ここです」
フランツの指し示す光景に、ティークは目を剥く。
そこには空っぽのクレーター以外、何もなかった。
ティークは口を開き、空っぽの巨大なクレーターとフランツの顔を交互にみる。
「ええと、フランツ君」
フランツは、ティークの驚愕に見開かれた目をみても陽気な笑みを崩さない。
「わたしには、ここには何も見えないんだが」
「そうっすね」
「わたしの見方が、悪いんだろうか」
フランツは、あははと笑う。
「いや、おとぎ話にある皇帝の服みたいに、馬鹿にはみえないではなくて、見えなくて正解っす」
ティークは、少し憮然とした顔になる。
「報告では、恒星間航行が可能な宇宙戦艦があるときいたが」
「ええ」
フランツは、どこか悪魔めいた笑みを浮かべティークの目をのぞき込む。
「そいつはまだ、十次元の歪みに包まれてるんでひとの目にはみえないっす」
むう、とティークは唸る。
「では、ここにあるのは」
「ま、十次元空間の歪みっすよ。どんな天才でも、肉眼で見るのは無理っす」
ティークは、ため息をつき首をふった。
「では、わたしは何をここで見たらいいのかな」
「まあ、次元の歪みの底から船をサルベージできてりゃあよかったんですけれどね。間に合いませんでした。でも、それなりに面白いものは、お見せできますよ」
フランツは、クレーターの縁にある機器群から操作端末をとりあげると、表面に指をはしらせる。クレーターの縁何箇所かにとりつけられているらしい投光器が起動し、クレーターの底が照らされた。
光に照らし出されたクレーターの底をみたティークは、呻き声をあげる。
そこにあるのは、巨大な生物の化石であった。
しかしその化石は、テラに生息していたと伝えられるいかなる生物とも、似ていない。
いや、似ているとすれば紛れもなく。
「天使の化石、なのか?」
ティークの言葉に、悪魔のように口を歪めて笑うフランツは陽気な口調を崩さずにこたえる。
「どうでしょうね、そう見えるんならそうじゃあないっすか?」
「けれど、これは」
ひとの形と同じではあるが、シロナガスクジラより巨大な骨格。
人間と同じような二足歩行生物型巨人の骨格は、胎児とよく似た姿勢をとっている。
そして、その背中からは六対十二枚の翼が広げられており、さらに竜のように長い尾が渦を巻いていた。
ティークは、その姿とよく似た存在が神話で語られているのを知っている。
そう、神話ではこう語られる。
「天から墜ちた、輝けるもの」
フランツは、ぞっとするような笑みを浮かべている。
「神話では、ルシフェルといいましたかねぇ」
言葉を失いその巨大な化石を眺め続けているティークに、嘲るような眼差しを向けたフランツはもう一度操作端末に指を這わせる。
「さて、あの化石にガンマ線を浴びせると、何がおこるかご覧あれ」
フランツの呟きの後、突然クレーターの底が蒼白い光に包まれる。
その輝きは冬の朝にたちこめる、霧のようにもみえた。
蒼ざめた霧の向こうに、ぼんやりと灰色の影がみえる。
それは、まぎれもなくある姿をとっていた。
「戦艦、なのか?」
朧気に浮かび上がる灰色の影は、霧の海を航行する洋上戦艦のようである。
しかし、その洋上戦艦はティークの記憶にあるどんな船よりも、巨大なものであった。
霧の中に浮かぶ、鋼の城。
ティークには、そうみえる。
「あれが、希望というのか」
ティークにはそれを希望と呼ぶには、あまりに途方もないように感じられた。
「ええ、想定では対消滅リアクターエンジンを持つ星間航行可能な宇宙戦艦です。五千人は収容できて、巡航速度は秒速百パーセクを越えるっす」
ティークは、呆れ顔でフランツをみる。
「一体どうやって、光速をこえるんだね」
「量子テレポートみたいなもんすよ」
ティークは、うんざりざりした顔で首をふる。
「量子テレポートでは、光速を越えられないだろう」
フランツは、憮然とした顔になる。
「一体僕が何者だと、思ってるんすか。そもそも、ディラック方程式とシュレディンガー方程式の違いだって判らんようなひとに、そんな口を叩かれるいわれはないなぁ」
ティークは、苦笑する。
「古典量子力学なら、学校で習ったよ」
「習うことと、使えるようになることは別っすよ。そもそもあなたは、複素数方程式の意味を理解できてないっしょ」
ティークが、たしなめるように手をあげたが、フランツは肩を竦めた。
そして蒼ざめた霧を、指さす。
「そもそも、あそこでは負のエントロピーが渦巻いてるんすよ。意味判ります?」
ティークは、驚いて口をあける。
それが本当なら、時間遡航を含めなにがおきても不思議はない。
「おい、あんたら、そんな世迷いごとほざいてる場合か」
護衛員のひとりが、天井の岩盤を指さす。
一カ所が、赤い輝きを放っている。
明らかに、強大な熱源が潜んでいた。
フランツが、舌打ちする。
「いけね、遊びすぎたか」