剣術指南
アルタインの冒険者ギルドには毎度新米冒険者がやってくる。そう
言った右も左も分からない若者を各種ギルドや道場、剣術指南等々に
勧誘に来る連中も後を絶たない。
金のない俺達には関係の無いことだが。声を掛けられてもお金が
ありましぇーん、の一言で終了である。
新米冒険者と行っても様々で、『ギフト』と呼ばれる特殊能力や
武器を持っている者もいれば、既にマスタークラスの剣技を習得した
者達もいる。
そして、勇者になれる資格はあるものの、何もできないボンクラが
ここに一名。はい、俺です。
いっそ、カタリナの『メテオ=エクスプロージョン』とやらで
一気に経験値稼ぎをと思ったが、安全確認が必要な上、万が一と言う
事もある。恐ろしくてそんなことできないのである。
そうやってうだうだ考えながら仕事をやっている最中、今日もまた
変人に遭遇するのであった……。
「おい! 勇者はどいつだ!」
入ってきた早々でかい声で喚く禿たおっさんが一人。
「勇者は死にました-」
何度となく繰り返してきたやりとりに面倒になってそう答える。
「お前が勇者か?」
「いえ、勇者じゃありません。俺はただの冒険者ですよ?」
じっと俺を見つめ、何やら考え込むおっさん。おいおい見つめ
られる程のハンサムフェイスじゃ無いぞ俺。照れるじゃねぇか。
「お前がそうだな。噂通りだ」
どう言う噂だと突っ込みたいところだが、面倒なので黙っておく。
「俺はまだ勇者どころかスタート地点にすら立ってないんだけど」
「だよな。だから剣聖の俺様が、剣を教えてやる!」
「いらない……」
そんな恩の押し売りいらない! それに俺そもそも冒険に行く気
あんまりねーんだからさ。やめてくれよ!
「まぁ、遠慮するな。お前みたいなグズでも勇者になる資格を持った
若人には違いない。とあるご令嬢やお姫様からもビシバシ鍛え上げる
よう、仰せつかったのでな! ただで教えてやるぞ! こっちはもう
前金は受け取ってるのでな!」
とある令嬢とお姫様とはこないだのあの二人だろう。あいつらは鬼だ。
最近見ないと思ったらこんな質の悪い嫌がらせを考えついていたのか……。
パーティーに入れる事を断ったばかりに……。
抵抗も虚しくもやしボーイな俺はあっさりと担がれていく。
「まてまてまてまてまてまてぃ! 今俺仕事中だから! 仕事しないと
おまんま食い上げだから!」
「心配するな、飯は食わせてやろう」
飯だけ食わせてくれとも一瞬思ったが、そんなうまい話があるわけ
が無い。誰か助けろよ!
「おたっしゃでー……」
「助けろよ!」
「でもやっぱり、キョウイチさん今のままじゃどうしようもないのも
事実ですし……」
そうだった、エイルは俺に魔王を討伐させたいんだったな。じゃあ、
カタリナはどうなんだ? 相当長い間俺は拘束されちゃうぞ!?
「グリフォンを倒せるくらいまで強くなってきて欲しい」
お前はそっから離れろ! 無理だっつーの! クソ! 俺には味方が
いないのか!?
ギルマス! 誘拐犯が! 誘拐犯がここにいますよ! 大事な労働力が
連れていかれそうですよ! と目で訴え掛けてみる。
「んー……。正直複雑な心境ではあるが……。魔王討伐のためには仕方
あるまい。まぁ、エイルちゃんさえいてくれれば大丈夫だろう」
見捨てられた!? あああぁぁぁぁぁぁ――――――――― やめろ!
やめてくれぇ――――――――!
しばらくハゲのおっさんに担がれ、辿り着いたのは少し街から外れた
区域で俺も立ち寄った事が無いような辺鄙な場所だ。スラム街化してた
ので近寄らないようにしていたが……。
「んでここどこだよ?」
「うちの道場だ」
意外と近くだな。即帰れそうだ。こいつを何とかすれば。
「それでは、お前さんの実力がどの程度か小手調べと行こうか」
そう言っておもむろに木刀を投げ渡される。乱暴に渡されたもの
だから手からバチンって音したんだけど。痛いじゃねぇか。そう、
これは非常に痛いのだ。
俺は木刀を構えた。
「あれ、もう帰ってきたんですか?」
「お前ら薄情だな! 俺を見捨てやがって!」
「ちょっと待て、あの親父冒険者レベル30は越えてたはずだが?
どうやって戻ってきた?」
あのハゲそんなに強かったのか。そうは見えなかったけどな。
とは言え、俺はずるをしている。多分あっさり勝てたのは腕輪の力だ。
「倒した。気絶して寝てるぜ?」
「ちょ、ちょっと待って下さいよぉ。いきなり殺人とかで捕まったら
洒落にならないです。ギルマス、ちょっと見てきます!」
多分、死んでないとは思うが……。
「これなら、グリフォンを倒しに行けるな!」
「攫われる俺を見捨てた奴が何かいってら!」
「それにしても驚いた。キョウイチがそんなに強かったとは。でも
まだレベル1なんだろう?」
「ハゲを倒そうと思ったら、勝手に体が反応してぶっ叩いてたんで。
多分この『勇者の腕輪』の力じゃないんですか? 勇者養成ギブス的な
何かだし」
「しかし、いつまでもこうやって生活してるわけにもいかないだろう?」
「とは言っても死ぬほど剣が高いですからねぇ……」
かといって姫様達にたかるのも何か違う気がするしな。それに
冒険に出たくない。けど、確かにこのままじゃダメだよなぁ……。
一生ここでこきつかわれたら違う意味で死んでしまう!
あいつが酔っ払って
『別に好きにしていいですよー。そしたら責任取って下さいねー。
赤ちゃんいっぱい作りましょうねー』
などとほざいていたこともある。しかし伊達に40年以上童貞をして
いた訳ではない。責任を取れといわれてしまうとどうしても身構える。
そして、しおれる。
チキンな俺には相当効く言葉だ。既にギルドの食堂での仕事がかなり
嫌になっている俺に更に妻子を養うと言う重責を負わせようというのか
あの女は。
無理だ。あいつに手を出したら何もかも台無しだ。一回くらいなら
などと、血迷いそうになった事もあるが、ヒットしたときが恐ろしい。
「すいませんー今戻りましたー」
「あ、あいつどうだった?」
「ちょっと脳しんとう起こしてたみたいですね。ヒール掛けて帰ってきました」
どうやら死んではなかったようだ。ちっ!
「もうー、変な心配させないでくださいよぅ」
「俺が攫われたのはいいんかい!」
「あははは、でも主神様がくださった『勇者の腕輪』は凄いですねー」
「全部一緒じゃないの?」
「個体差があるみたいですし、持ち手によっても効果はまばらです。
格上と戦っても平気な腕輪ってレア中のレアですよー」
「そうなのか」
正直まともに戦えるかどうかすら心配だったけど腕輪の効果で
問題なく戦えそうだ。まさにガン〇ールヴみたいな能力だな。実際、
それ以上の能力だ。
ただ問題は冒険いく資金を調達するのに難儀している事だ。鉄の剣
一本で100G。日本円換算で百万円……。ギルドで一月働いて一人頭3G。
物価がおかしい!
一度真剣に武器防具をどうやって調達するか考えないといけないな。
ギルドで働いた分は食費と酒代に消える。銅の剣という名前の銅の塊は
20G程度で買えるが……。うーむ。
やっぱ、装備一式カタリナ姫に頼んで借りるしかないかなぁ……。
そうなるとグリフォン討伐は避けて通れないだろう。
どうしたらいいんだ……。来たときもそうだったけど、今も絶望感で
いっぱいだよ!