プリンセスふたり
ここは駆け出し冒険者が集まる街アルタイン。別名始まりの街。
魔王城から遙か遠くに位置し、周辺には弱いモンスターしかいない。
前線に向かうにつれて強敵が現れていくのではあるが、それと同時に
味方も手練れが増えていくことも意味する。そうやって睨み合いを続けた
結果。最果てに位置するこの街は安全を保てているのである。
つまり、モンスター達も簡単にここまで抜けることができないのだ。
そして今日もまた一人新たな冒険者がこの街に訪れる。
俺達がアルタインで生活し始めてからもう、2~3ヶ月は経過した
だろうか。相変わらず金も無く日々冒険者ギルドの酒場でこき使われる
日々だ。
こう言う世界だ。日々何とか生活できるだけましなのかもしれないが。
想定外だったのは糞女神が酒の味を覚えたこと位か……。お陰で金が
全然貯まっていかない。
元々少ない賃金ではあるが。これ、もうここで一生暮らして行くしか
ないんじゃねとも思う。
少し前に仲間になったカタリナも毎日のように通っては果実水や、
軽食を頼んでは本を読んで一日を過ごす。
こないだなんかクエスト依頼をちらちらと見ていた。
「お前、もしかしてクエスト受けたいのか?」
俺がそう尋ねると、黙って頷く。ああ、こいつ一人じゃクエスト
を受けるのが恥ずかしいのか……。大人びた顔と体をしていてもまだ
子供なんだなと少し微笑ましく思う。
少し、照れている様も可愛い。こう見えてもやっぱり年頃の少女なんだ。
そう思い、クエスト依頼票に目を通す。
『グリフォン討伐』
俺は依頼票を床にたたきつけた!
やはりカタリナはカタリナだった。少しでも可愛いと思った俺が
馬鹿だった!
「ああ、なんてことを!」
「あほか! こんな凶悪なモンスター倒せるわけないだろう!」
「たおせるもん……」
「幾ら可愛く言ってもダメなものはダメです!」
「だから、本当に倒せる」
「まじで?」
「うん」
グリフォンを倒せる? こいつ頭がかなり逝ってるがそこまで見栄を
張るような奴でも無い。そう言えば、職業アークメイジとか言ってたし
それなりに強力な魔法が使えるのか?
「なぁ、ちなみにどんな魔法を使うんだ?」
「『メテオ=エクスプロージョン』」
そう言った途端、辺りの冒険者が一斉に恐怖におののき、カタリナ
から距離を取る。怯えているようだ。
「おい、エイル。『メテオ=エクスプロージョン』ってそんなにやばい
魔法なのか?」
「『メテオ=エクスプロージョン』? 凄く稀少な魔法ね。もし詠唱
したらこの街全体吹っ飛ぶわね。現状人間たちが使える魔法の中で
最強最悪の魔法よ」
ダメだ! こいつ! 早く何とかしないと! そんな危険な魔法
使い場所がねぇ! オーバーキル過ぎる。
「使うなよ?」
「使わないわよ。使ったら動けなくなるしあまり近いと私が巻き添えを
食らう。ターゲットが相当離れてないとダメ」
そう言う問題じゃねぇ……。ちょっとやばい奴程度に思っていたが。
こいつ超危険人物だ。例えこいつの言うとおりグリフォンが倒せたとし
ても周辺の地形が変わってしまう。
「お前、もしかして撃ったことがあるのか?」
「一度だけね。クレーターができて今はちょっとした湖になっているわね」
「撃ちたいの?」
「疲れるからやだ」
「そうか、絶対に使うんじゃ無いぞ!?」
「はいはい、分かったわ」
カラ返事にやや不安を抱きながらも特に使う気がないのは
理解できた。強力な魔法を連打して喜ぶような狂人ではないのは
確かなようだ。
クエストかー。剣の一本でも調達できたら付き合ってやっても……。
その前に雑魚モンスターでレベル上げしないと。勇者に成れるチート
アイテム持ってても、ステータス足りなくて成れないもんな。
いまだにクエスト依頼がある方を未練がましくチラチラ見ているが、
残念ながら今の俺達では期待に応えられそうに無い。そして、他の
冒険者は相変わらず、戦々恐々としている。
それはそうだろう。本人が大してやる気が無いのが唯一の救いだ。
持ってて良かった! 『勇者の腕輪』!
「ちなみに他は何を使えるんだ?」
「私が使えるのは3つだけ。『テレポート』『エア=ブレイド』『メテオ=
エクスプロージョン』」
「3つだけか?」
「私は3つだけあれば事足りる。『エア=ブレイド』は中級魔法だ」
「他はもしかして……。覚えられなかったのか?」
口をとがらせて黙りこくった。つまり覚えられなかったのか。
最強魔法を使えるだけでもたいしたもんなんだろうが。それ以外は
実用性のある魔法二種か。
多分前に詠唱しようとしていたのは『エア=ブレイド』か。
うん、やっぱりこいつ頭おかしいわ。確実に俺だけじゃ無くて他も
巻き沿いになる。
まぁでも……。反省して大人しくなっただけでもよしとするしか
ないのかなぁ……。
「もしかして、お前その『エア=ブレイド』だけでグリフォンを倒せる?」
「多分無理、数発当てないといけないから。グリフォンの注意を惹き
つける役が必要」
うん、無理だな。注意を惹きつけている間に殺される。俺が。
こんな感じだから、他のパーティーからも追い出されたのか。
確かにいきなり殺傷力の高い魔法を詠唱しようとする頭のおかしい女
とは関わり合いたくないわな。
昼は色々な冒険者がギルドに手当やら賞金の払い戻しの手続きに
やってくる。クエスト受注もそうだ。ついでに昼食をとる冒険者も
いる。
冒険者ギルド、食堂、酒場が一体化しているここはそう言う意味
では重宝されていると言えよう。暴れるような馬鹿はぶっとい腕した
うちのギルマスにぶっ飛ばされるしな。
荒くれ者が集うギルドだ。そう言う事がちょくちょくある。それ
以上に危険視されているのがカタリナだが……。
いつも通り仕事に精を出していると、見慣れない少女がギルドに
現れた。女性用のブレストプレートにチェインメイルを組み合わせた
ような鎧だ。
いつかこう言う鎧を着てみたいが、ちょっと重そうだ。カシャン、
カシャンと金属音が歩く度に鳴り響く。格好いいじゃ無いか畜生めぇ。
冒険したいだとかは思わないが。少しだけ憧れてしまう。
彼女は辺りを見渡した後、一人の冒険者に声を掛ける。
「あの……お聞きしたいことがありますの。こちらに勇者様が現れたとの
噂を小耳に挟んだのですが……。」
「いませんの」
「そうですか……って貴女はカタリナ!」
うげ! こいつカタリナの知り合いか!?これ以上奇人変人が
集まるのは勘弁して欲しい。例の如く、周りの冒険者は二人から距離を
取る。乱闘騒ぎになれば巻き込まれるからだ。
「ちょっと待て! 暴れるのはマジ勘弁してくれ! ここに勇者はいない。
これは事実だ。これで気が済んだか?」
「ほんとうですの?」
嘘は言ってない。現に俺はまだ勇者ではない!
「そうだ、とんだ無駄足だったな。帰れ帰れ」
煽るな、馬鹿女!
「そう言えば。どうして貴女がここにいますの? 貴女の国はずーっと
遠くでしょうに」
「どこにいようと私の勝手だ」
「ふーん。そう言えば貴女、魔王討伐の景品にされてましたわよね。
本来なら最強魔法を使える魔道士は貴重。絶対手放したくないはず。
それなのに魔王を倒した勇者に嫁がせると。どれだけ厄介者扱い
されているのかしら? 更に剣が苦手なのを隠すためにアークメイジを
名乗って居るとか。恥知らずも良いところですわ。プリンセス=
カタリナ」
「お前こそ、プリンセスなのに魔法が全く使えないじゃないか。しかも、
剣も不得手で最弱中の最弱。剣を振り回すときのかけ声が『はにゃー』
『ふにゃー』って有り得ない」
そして、お互い睨み合いが続く……。
『ぶっ殺す!』『ぶち殺しますわ!』
やっぱり、口喧嘩の後は実力行使か!
「まてまてまてぃ! お前の探してたのは多分俺、これ!?」
慌てて包帯を外し勇者の腕輪を見せる。
「おお! 貴方が勇者様ですの?」
「いや、正確には違う。勇者になれる資格を持ってはいるものの
ステータスが足りなくて冒険者のまま雑魚だ」
自分で言ってて悲しくなる。だから名乗りたくなかったんだよ!
「ステータスが足りてない……。それは悲しい事態ですわね……。」
「まぁ、そう言ういことだとっとと城へ帰れ。どうせ自分が弱いから
勇者に相乗りして周りを見返そうって魂胆なんだろ」
類は友を呼ぶ……。二人ともどっかの国のお姫様か……。
通りで夜は見かけないわけだ。
「あの……。私も実は魔王討伐の景品にされてまして……。未来の旦那様
のお顔を一目見ようと馳せ参じた訳ですが……」
「悪いが期待には応えられそうに無いよ。そもそも金が無くて出発すら
できん。剣も冒険費用もないしな」
まぁ、冒険に行く気もさらさらないですけど!
「しかもやる気もないし、弱い。諦めろ」
クッ……。事実は事実だが……。むかつくなぁ、もう!
「そうですか……。それならば丁度いいですわ。私もお仲間に加えて
下さいまし」
「いらない」
「即答!?」
結構、可愛い子だし悪くないかなーとか思っちゃったりもするが、
カタリナと類友は勘弁……。嫌な予感しかしない。
「そ……そんな……」
ふるふると打ち震えている彼女を見ていると少しだけ申し訳ない
気分になる。しかし、そんな気分も一瞬で吹き飛ぶ。いきなり俺に
誰とも分からない人間から剣を突きつけられたのだ。抜くか普通!?
「貴様、黙って見ていれば姫様に対しての無礼な振る舞い。何度
殺しても殺したらぬ。不敬であるぞ!」
何このベルばらに出て来そうなお兄さん!
「引きなさい! マルガリータ! 私はそんな事望んでおりませんわ!」
「しかし、姫様! こんな狼藉者ここで斬り捨ててしまった方が世のため!」
お兄さんじゃ無くて、お姉さんだったんだ……。その割には絶壁
だね……。
「おい、貴様。今私の胸を見て哀れんだ顔をしたな……。私は背が高い
からそう見えるだけだ! 断じて小さいわけでは無い!」
やめて! 断崖絶壁じゃないですか! 確かに男性と見紛う身長
だけど、ペッタンコはごまかせませんよ! ああ別にペッタンコも
嫌いじゃ無い。
「待て! 落ち着け。俺はペッタンコもありだとおもう!」
「死ね!」
どうやら言葉の選択を間違えたらしい。死ぬ。誰か助けて!
「これ以上は止めてくれないか。うちの大事な働き手なんでな」
ギルマス! やだ、惚れそう!
マルガリータは俺を一瞥した後、剣を納める。
「私は、このような男断じて認めません。帰りましょう。姫様」
「そうですわね……。儚い夢でした……。それではごきげんよう……」
俺は彼女に対して後ろ髪を引かれてしまったのだろうか、
つい、引き留めてしまう。
「待ってくれ……。なぁ……良かったら……」
「?」
「一発やらせてくれませんか?」
当然の如く女性陣にフルボッコにされる俺であった。なんでこんな
馬鹿なこと言っちゃったんだろう。ボコボコにされて2~3日出勤
できなかった。名前を知りたかったんだよう。しくしく。