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剣豪勇者~異世界に降り立つ  作者: 四条村正
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女神エイルと童貞男

  柔らかく心地よい風が頬を撫でる。草木や花の香り、土の匂い。

 自分が生まれ育った故郷にも、かつては存在していた感覚。もう戻らない

 過去、時間。それらがほんの少し俺の中のノスタルジアを呼び起こす。


  見たことが無い、だけどどこか懐かしい。そんな世界だ。


  今、俺は異世界の地に降り立っている。


  照りつける太陽と土や木、レンガの質感。かつて自分にも馴染みが

 あったであろうそれらはもはや遠い記憶の遺物だ。


  俺が生前暮らしていた場所は、コンクリートジャングルとアスファ

 ルトのむせるような油の匂いに囲まれ、歩道には気持ち程度の植樹帯が

 存在していた。


  幼少は田舎育ちで、開発は都市よりやや遅れてやってきていた。

 地方暮らしだったその当時を思い起こせば、辺り一面が自然に包まれて、

 川が流れ、池があり、野鳥がさえずる。そんな野山に囲まれていた。

 もはや、帰ったところでその当時の残滓ざんしを残すのみだが。


  ここには電柱などと言う無粋な物もない。ひたすら西洋風の建物が

 視界を埋め尽くす。主要幹線には固い石畳が敷き詰められており、

 レンガや石造りの建築物が建ち並ぶ景色は壮観だ。


  懐かしさと共に全く知らない世界が俺の目の前には広がっていた。

 本来なら、わくわくが止まらないだろう……。


  だがしかし、それと同時に俺はいきなりピンチに陥っていた。

 何しろ服と金ぴかで派手な彫刻と宝石が散りばめられた腕輪以外、

 何も持っていないのだ。服装は現地人と見比べても違和感ない。


  腕輪を売ることも一瞬考えたが……外れない……。さすがに腕を

 切り落とすような真似はしたくないので諦めた。


  そして、俺を睨み付けながらついてくる女……。

  

  彼女は俺がここに来る直前に出会った。自称女神様らしい。


  死んで消滅するならばいっそ童貞を捨てさせてくれと襲い掛かったら

 この始末である。貞操の危機を感じた彼女は、自身の自衛の為に、異次元へ

 繋がるゲート(穴)を創り出す。そして、俺は異世界に突き落とされる

 形となった。


  自分が馬鹿すぎて今頃になって後悔がこみあげてくる。

 こうなると分かっていたらもう少し彼女の話を聞けば良かったと。


  このままでは餓死する。餓死するのでその前に食い扶持を探したい

 のだが……。まずは後ろからついてくる女を何とかする方が先決だろう。


  そしてなぜこの自称女神様とやらがここにいるのかと言うと、俺が

 落ちてたまるかとしがみついて一緒に落っこちたからだ。我ながら

 クズである。    


  レイプ未遂に巻き添えのコンボで大層怒ってらっしゃる。そのまま

 天界へ帰還できれば可愛そうな俺だけ取り残されるだけだったのだ。


  だがしかし、未だに魔王を倒せないことにご立腹な彼女より偉い神様は、

 ご丁寧にも彼女が地上で活動する為の肉体を用意し、魔王を直に討伐して

 くるように命じた。


  金ぴかの腕輪もどうやらその偉い神様が俺につけてくれたらしい。

 なぜ分かるかって? その偉い神様とやらがわざわざ頭の中に直接語り

 かけて説明してくれたからだ。


  金ぴかの腕輪が何かは説明してくれなかったが……。ただ、便利な

 ことにRPGのようにLVや能力、アイテム等、ステータスウィンドウが

 見えるようになっている。


  当然自分が見たいときにだけ現れる。所持品は服と『勇者の腕輪』だ。


  後ろからついてくる女神様は大層ごお冠で、俺と距離を取りながら

 ついてくる。近づこうとすれば、下がり、前に進むとついてくる。

 色々とむず痒い。


  彼女が天界に戻れない理由は指導力不足。戻ろうとしたら拒否された。

 魔王を誰も倒せないなら、女神様自ら冒険者の一人となり倒してこい、

 と言う事らしい。責任を取れと言う事だ。


  堕天した女神さま、駄女神さまの誕生である……。ぷっ!


  おっと、いかんいかん。俺の心の中を読まれたか? 更に険しい

 目つきでこちらを睨み付けてるぞ!


「なぁ……。そうやっていつまでもしてるつもりか? 俺が悪かったって。

 いい加減。機嫌を直してくれよ。あんたがそんなんじゃいつまで経っても

 物事進展しないんだけど」

「……」


  無視である……。軽く傷ついたよぼくちん。


「本当に反省してますか? ケダモノさん」


  こいつ……俺のことを一生ケダモノ呼ばわりするつもりか!? 胡乱げな

 視線を送りつつも、自分に非がある為に無闇に言い返すことも出来ない。

 そこまで図太い神経はしてないからな!


「はい、反省してますからケダモノ呼ばわりは止めて頂けませんか!?」

「分かりました。童貞さん」


  止めろおぉぉぉっぉぉぉ! 意趣返しとばかりに俺の傷を抉るなあぁぁぁぁ!

 クッソ、こいつさっきから俺の痛いところをえぐりに来てやがる!まぁ、そら

 怒ってるだろうけど、怒ってるんだろうけど、釈然としないなぁ、もう!


「もう、何とでも呼んでくれ……」


  俺は降参する。こうなったのも俺が悪い。自業自得だ。一応人の話を

 聞いてくれるだけ分別があると言う事で我慢しておこう。そうしなければ

 目下問題となっている食糧危機が解決できない。


  反論せずに全て飲み込んでおく。


「こうなったら仕方がありません。もう少し前向きに考えましょう。

 私にも一定の責任はありますし、魔王を如何に討伐するかを考えましょう」

「嘘だr……」


「異議は認めません。貴方にも責任を取って貰います」


  何だこの女! 横暴すぎる!?


「現状私はレベル1の駆け出しのプリーストです。魔法は初期回復魔法

『ヒール』と治療魔法『パナセア』の二つが使えます。特に『パナセア』は

 上位魔法なので重宝される事でしょう」


  ヒールはヒーラーの基本的な回復魔法の一つだ。ただ、彼女は女神と

 言うこともあり、レベル1のプリーストであるにも関わらず、上位魔法

 『パナセア』を使用出来る。


  パナセアは万能薬という意味だ。基本死亡やらよほど特殊な状態異常

 以外は治療できてしまう高性能魔法なのだろう。ステータスウィンドウに

 そう書いてある!


「でも俺とあんたじゃそもそも戦う事すらままならないと思うんだが。

 それに剣や鎧を買うような金もないんだぜ?」


  俺は素直に現在直面している状況が分かっているのかと問いただす。

 俺も幾つか手段は考えたが、それと同時にあまりいい考えでもないとも

 思った。だからよりよい考えがあるのならそれに越したことはない。


  その問いに彼女は一瞬目を閉じ一考した後こう答えた。


「しばらくはここの教会にお世話になることにしましょう。救済を

 求める人々に手を差し伸べるのも信徒の務めなのですから」


  さすが女神さま。頼もしい。駄女神さまなんて言ってごめんなさい!

 一番現実的でかつ、比較的お手軽な方法を提案してくれた。


  俺の考えはとりあえず、野宿して職を探し、その日その日を凌ぐ。

 そして、どこかに家を借りる。うん、間に合わないし身の安全は

 保証されなくて危険だ。


  教会も一応考えたが俺一人では飛び込みにくい。しかし、ここで

 信奉されている女神様ならば作法やら色々なことを知っていても特段、

 おかしな事ではない。


  一応肩書きはプリーストなのだから。


「私は教会のお手伝いをするので、キョウイチさんはお金を稼ぎの為、

 働きに出てくださいね」

「……ですよね!」


  彼女の名前はエイルと言った。教会のシスターは少しありがたがったが

 エイルと言う名前は比較的この世界ではありふれた名前なのだそうだ。

 そしてここに崇められている女神さまの名前もエイル。


  彼女がその女神エイルだと言ったらシスターはどんな顔をするだろう?

 だとしてもたいした力は使えないようだけどね。エイル曰く、女神の力は

 現状封印されているだけだという。


  女神は通常アストラル体で存在し、必要なときだけ受肉して現世に

 降りる。今回のようなことは特例なのだそうだ。もし現世で力を使えば

 どうなるか、疑問に思ったので聞いた。


  力を使えば因果律に歪みが生じ、思わぬ事態を引き起こす事になる。

 例えば、女神の力を使い解決したとして、一人しかいなかった魔王が

 二人になり、事態が悪化する事もありうるのだとか。


  はっきり言って意味が無い!


  だからよほどのことが無い限り使うことはないのだとか。こちら

 としてもそんな有り難くない力は無闇に使って頂きたくは無い。


  俺に対する罰として女の子にしてしまうことも考えたそうだが、

 喜びそうなので止めたらしい。ちっ!


  何はともあれ、俺の異世界生活はこうして始まった。


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