第三章:ラピの恋
ようやく、ラピの家族が所有する土地に着いた。
ラピが家族に声をかけるよりも早く、ラピの姿を認めた十人ほどの子供達が走り寄ってきた。
「ラピ兄ちゃん!」
その中に、見覚えのある顔を見つけて、ユノアも笑顔になった。
子供達がラピに飛びついてくる。
「ラピ兄ちゃん!お帰り!」
「よぉ。みんな、元気だったか?」
ぐるりと子供達の顔を見渡したラピだったが、自分に向けられた眼差しからあることを読み取って、そうそうに鞄に手を伸ばした。
「ほら。みやげの菓子だぞ」
ラピが差し出した菓子に、子供達は群がった。
その様子を見ながら、ラピは呆れ顔だ。
「全く、お前ら…。俺が帰るのが嬉しいんじゃなくて、菓子が目当てなんだろう。ったく…」
ラピの愚痴を耳では聞いているが、子供達が菓子を頬張る手は止まらない。それもその筈だ。子供達が菓子を食べれるのは、ラピが持って帰ってきてくれたときだけなのだ。
菓子が底をつき、ようやく子供達の手も止まった。
顔をあげた子供の一人が、やっとユノアの存在に気付いた。
「…。…。あれ?」
立ち上がり、ユノアの顔をじっと見つめてきた。
「ああー!ユノアだ!」
「うん。そうよ。久しぶり!」
他の子供達も、気付いて走り寄ってきた。あっという間にユノアの周りに人垣が出来た。
「ねえ、ユノア!あの雛はどうしてるの?元気?」
「うん、もちろんよ。ねえ、チュチ!」
ユノアが、肩に止まっているチュチに話しかけると、チュチは一声鳴き声をあげた。
子供達の顔に驚きが広がる。
「えっ!えっ!この鳥が、あの雛?」
「うわぁ!大きくなったねぇ。チュチっていうの?」
賢いチュチは、ユノアの肩から飛び立つと、ゆっくりと一人の子供の肩に止まった。
「うわぁ!」
初めはおっかなびっくりしていたが、子供達はすぐにチュチに夢中になった。
「わぁー…。ふわふわだねぇ…。毛が真っ白で、すごく綺麗…」
「頭と胸元の金色の毛が、王冠と首飾りみたい。まるで鳥の王様みたいだね!」
子供達に触られまくっている間も、チュチはじっと動かずに、気持ち良さそうな表情も作ってみせている。
ようやくチュチを解放したが、子供達の次の標的は、ユノアに定まったらしい。
「ねえ、ユノア!一緒に遊ぼう!」
「あ、駄目!私と遊ぶの!」
両手や服を引っ張られて、ユノアも慌てている。
「そうね。みんな一緒に遊ぼう!」
きょろきょろと辺りを見渡して、何かいい遊び道具はないかと探していたユノアだったが、その目にちょうどいいものが映った。
それは、シロツメクサの花だった。建物がひしめく街中では見ることのなかった花も、ここならたくさん咲いている。その花を使って冠や首飾りをつくるのは、ユノアの数少ない特技の一つだった。
「みんな、こっちにおいで。いいもの作ってあげる」
ユノアが冠を作り始めると、子供達は大人しくなってユノアを囲んだ。珍しそうに、じっとユノアの手元を見つめている。マティピという都会で育った子供達にとって、シロツメクサを使った遊びというのは、初めての体験なのだ。
ユノアはあっという間に冠を作りあげてしまった。
出来上がった冠を、隣にいた女の子の頭に被せると、他の子供達から一斉に声があがった。
「あ、ずるーい!私も欲しい!」
「分かった、分かった。すぐに作るからね」
子供達はすっかり夢中になっている。早く作れだの、作り方を教えろだの、ユノアの身体が一つしかないことなど、すっかり忘れているようだ。
子供達に囲まれて、慌てふためきながらも、明るい笑顔を見せているユノアを、ラピは少し離れた場所から見守っていた。
ラピの背中を、とんとんと叩く者がいる。
「ちょいと。ラピ」
それはラピの母親だった。スラムにいた頃は、建物の影に隠れて青白かった顔も、今はこんがりと黒く焼けている。体重も増えたようで、一回り大きくなった体は、いかにも健康そうだ。
「帰ってきても親に挨拶もせず、なに締まりのない顔をしてるんだよ」
突然の母親の登場にラピが焦っていると、ラピの母は、にやりと笑ってラピを突付いてきた。
「…可愛い子を連れて帰ってきたねぇ。あの子、お前の彼女かい?」
途端にラピは真っ赤になった。
「なっ…!ば、馬鹿っ!そんなんじゃ!」
母はますます目を細くした。
「あれまあ。あんたがそんなに照れるなんてねぇ。そんなに本気なのかい?」
「い、いいから!家に行こう、母さん。お金とか、渡したいものがあるから」
「はいはい」
まだウキウキと浮かれている様子の母の背中を見ながら、ラピは自分がここまで動揺していることに戸惑っていた。
(俺は、ユノアを…?)
心に芽生え始めていた想いに、ラピはようやく今、気付いた。
母親の目を盗んで、ラピはそっと後ろを振り返った。
そこには、子供達に囲まれて輝くような笑みを浮かべている、美しいユノアの姿があった。
夜になり、ユノアとラピは、ようやく王宮へ辿り着いた。
思いがけず遅くなってしまったことに、二人とも慌てふためいている。
「ああ、ようやく着いた…」
全力疾走で岩を駆け上がってきた二人は、体力に自信があるとはいえ、すっかり息を切らしている。
汗まみれのお互いの顔を見て、二人は笑い出してしまった。
「ラピったら。何て顔してるの?」
「ユノアこそ、酷い顔だぜ。髪の毛はくしゃくしゃで、鼻水まで垂れてる」
「ええ?嘘っ!」
「嘘だよ」
ユノアはぷうっと頬を膨らませた。
その顔を見たラピは、また大笑いだ。
「いっけない。本当にもう部屋に戻らないと、ティサさんに怒られちゃう。じゃあ、また明日ね。ラピ。今日は本当に楽しかったわ!」
走り出そうとしたユノアを、ラピは引き止めた。
「あ!ちょっと待って。ユノア」
不思議そうにしているユノアの前に、ラピは、懐からネックレスを取り出して見せた。
木材を丸く切って、その中に穴を開け、ニスを塗っただけの簡素なものだ。だが、丁寧に磨かれたそのネックレスには、人の心を和ます暖かさがる。見ているだけで、ほっとするような、不思議な魅力があった。
「これ、俺の母さんが作ったネックレスなんだ。魔除けになるんだって。俺も今日もらったんだけど、ユノアにもあげなさいって言われて…」
「ラピのお母さんが?うわぁ。…ありがとう」
ユノアは嬉しそうにネックレスを受け取ると、早速首から下げた。
「どう?似合う?」
ラピも、服の下に隠れていた自分のネックレスを取り出してみせた。
「母さんの作るアクセサリーは、お守りの効き目があるって評判なんだぜ。きっと、俺とユノアを守ってくれる」
二人は見つめ合い、微笑んだ。
「さあ。もう行け、ユノア。俺も宿舎に戻るから」
「うん。おやすみなさい、ラピ」
「おやすみ、ユノア…」
ユノアは、王宮の中へと走り去っていく。
その姿が見えなくなるまで見送って、ラピも兵士の宿舎へと歩き始めた。
誰も見ていなかった筈の二人のやりとりを、見ていた人物がいた。
それは、ヒノトだった。
夜の散歩にたまたま出てきたこの場所で、二人に遭遇してしまう自分に、ヒノトは呆れていた。
(どうして見てしまうかな、俺は…)
ヒノトの脳裏には、今見たユノアの笑顔が、くっきりと焼き付けられていた。
胸が鈍く痛んだ。
(俺はラピに、嫉妬してるのか…?)
ヒノトは思わず苦笑いしていた。
ユノアの幸せを願っている筈なのに、ユノアが笑顔でいるのを見て、嫉妬する自分に笑いが出る。
「もう一度ヒノト様のお側に行きます」と言ったユノアの言葉に、自分が支えられているのだということに、ヒノトは気付き始めていた。
(もしユノアが、今の生活を心から楽しんでいるならば、あの誓いも忘れてしまうのだろうか?)
そう思った途端、気持ちが沈んでいくのを、ヒノトは感じた。
ヒノトはゆっくりと息を吐くと、乱れた心のまま、夜の空を見つめた。そこには、何ら変わりない光を放つ、幾万の星があった。