第三章:明かされた秘密
ミヨ達舞姫が稽古場で舞の練習をしていると、再びマカラが現れた。
ティサは急いで舞いを止めさせると、マカラの元へ駆けつけてきた。舞姫達は皆、マカラに深くお辞儀した姿勢で止まっている。
マカラは穏やかな微笑みを浮かべて、部屋に入ってきた。
「あらぁ。私のことは気にしなくていいのよ。どうぞ、練習を続けてちょうだい」
「はぁ、いえ、あの…。マカラ様。今日はどのようなご用件で、こちらへ…」
マカラはちらりとティサに目を向けただけで、部屋中をぐるりと見渡し始めた。
「…あら。今日はユノアはいないのね」
「ユノア、ですか。…はい、今日は、他の仕事に行っておりますので」
「あら。そうなの…。この前の晩餐会での見事な舞を、ぜひ褒めてあげようと思ってきたのに。残念ね」
ユノアがいないと分かると、マカラはさっさと部屋から出て行ってしまった。
ティサは唖然として、マカラの後姿を見送った。
マカラの後ろについて歩きながら、ベチカが声をかけた。
「マカラ様。ユノアのこと、お気に召したのですか」
「ええ、そうよ。ユノアはとても美しい子だもの。あの気品ある容姿が、私は大好きだわ。舞も素敵。まさに、王族に仕える舞姫として、相応しい子だわ」
満足そうなマカラの横顔を見ながら、ベチカは声のトーンを落とした。
「あの、マカラ様…。大変申し上げにくいのですが…。実はユノアのことで、聞き逃すことのできない噂を耳にしたのです」
マカラはちらりと視線を向けた。
「マカラ様が王宮にお戻りになるまで、ヒノト様とユノアがとても仲良くしていたということを、…マカラ様はご存知でしたか?」
マカラは立ち止まると、優雅な身のこなしでベチカに向き合った。その表情は、さっきとはうって変わって険しい。
「…ベチカ。あなたが聞いた噂というのを、全て私に話しなさい」
ベチカはあからさまに眉をしかめた。
「はい、マカラ様。それが…。ヒノト様はユノアを、本当の妹のように可愛がっていたというのです。なんと、部屋まで一緒に使っていたというのですよ。何というはしたないことでしょう」
マカラはすました顔をしているが、頬が微かに引きつっている。
「ヒノト様は、いつも側にユノアを置いていたそうです。マティピの街にも連れていき、馬で遠乗りもしていたそうです。ユノアはユノアで、ヒノト様にべったりで…。怪我で意識をなくされていたときも、食事も睡眠もほとんどとらず、つきっきりで看病していたそうですよ。それに…」
「もういいわ!」
鋭い声で、マカラはベチカの言葉を遮った。
だがすぐに、取り繕うように笑顔になり、優しく声をかけた。
「よく教えてくれたわね、ベチカ。よくやったわ。あとは、私自身でヒノトに聞くから、もういいのよ。ヒノトに聞けば、真実は全て分かるのだから」
だが、マラカの顔はすぐにまた強張ってしまった。
再び歩き出したマカラの後についていくベチカの顔に、快感の笑みが浮かんでいたことに、マカラは気付かなかった。
夜も更け、ようやく仕事から解放されたヒノトが、寝室に戻ってきた。
そこにマカラが待っていたことに、ヒノトは驚いた。
「マカラ、どうしたんだ。今夜はこちらへ来るように伝えてなかった筈だが」
ヒノトの言葉に、マカラは笑顔を強張らせた。
「あなたが呼ばなければ、私はこの部屋へ来てはいけないのですか?」
「い、いや…。そういうわけじゃあないが…」
マカラの様子がおかしいことに気付いて、ヒノトは少し緊張した。マカラが機嫌を損ねることなど、滅多にないことだからだ。
ベッドに腰掛けたヒノトの隣に、マカラも腰を下ろした。
「あなた…。今日、驚くことを耳にしたのです。あなたと、あの舞姫のユノアが、私が王宮に戻る前、家族同然に暮らしていたと…」
ヒノトはぎょっとした。いつかはマカラにも話さなければならないと思っていたことではあったが、あまりにも突然のことで、心の準備が出来ていなかったのだ。
ヒノトの反応を見て、マカラの顔は更に強張る。
「本当、なのですね。…どうして教えてくれなかったのですか?」
「秘密にするつもりじゃなかったんだ。ただ、言い出しにくくて…」
ヒノトは困っていた。何と説明すれば、ユノアとの関係をうまく伝えられるのだろう。
「ユノアは元々、森で俺が拾ってきた娘なんだ。一人ぼっちのあの子の保護者として、確かに俺はユノアを妹のように可愛がっていた」
「そんなに可愛がっていたユノアを、何故、お側から離したのです?」
この質問にも、ヒノトは答えに詰まった。
「あの子は…。王宮での暮らしにも慣れて、友達もできた。もう俺の手助けがなくても、立派に生きていけると判断したんだ。それに…。マカラ。お前が帰ってきたことが、ユノアを巣立ちさせるためのきっかけになったんだ」
マカラは眉根を寄せて、ヒノトから顔を背けた。
「私は、あなたと、ユノアの仲を、裂いてしまったのですか?」
「そんなことはない!…ユノアは、俺から離れるべき時期に来ていたんだ。今のユノアを見ていて、俺は自分の判断が正しかったと思っている。俺から離れて、あの子はのびのびと暮らしている」
「…では、あなたの側にいるのは、私で良かったのですね?」
マカラは、じっとヒノトの目を見つめた。
「…もちろんだ。マカラは王妃に、…私の妻に、最も相応しい女性だ」
「そのお言葉、信じます」
マカラが、そっとヒノトの胸に寄り添ってきた。
ヒノトも、自分自身の心を固めるかのように、強くマカラの肩を抱き寄せた。