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星姫の詩  作者: tomoko!
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第三章:交錯する思惑

 目下最大の悩み事を打ち明けようか、ガイリが迷っていると、言葉を発するその前に、部屋の照明が幾つか消され、薄暗くなった。

「なんだ?何か、始まるのか?」

 ヒノトの問いに、マカラは微笑んだ。

「ええ。いつもお疲れのあなたと、皆様方をお慰めするために、今夜は特別な趣向をご用意いたしましたのよ」

「そうか。なんだろう。楽しみだな」


 音楽が流れ始めた。

 静かに部屋の中に入ってきた舞姫の顔を見て、ヒノトは思わず、飲んでいた酒を飲み違えて、激しく咳き込んでしまった。

「まあ。どうしたのですか?」

 マカラは慌てて、酒が服に飛び散ってしまったヒノトの世話を焼いている。

 キベイとオタジも顔を見合わせ、絶句している。

 ガイリは、自分を最も悩ませている存在が思いがけない場所に現れたことに、戸惑いを隠せないでいる。




 何ともいえない気まずい空気が流れる中、ユノアが踊り始めた。

 ゆっくりとした曲調に合わせて、身体を大きく使って、優雅に、そして力強く、ステップを踏んでいく。

 様々な思惑が交差する中、部屋中の視線がユノアに釘付けになっている。


 ヒノトがこんなにも側でユノアを見るのは、屋根の上で別れを告げた、あの夜以来だ。そしてユノアの舞を見るのは、初めて開いた王の宴以来だった。

 ユノアの舞は、格段に上達していた。一つ一つの身体の動きの滑らかさも、柔軟性を生かした奇抜なポーズも、舞の合間に見せる表情も、それはすでにもう少女の領域を超えて、色香さえ漂わせている。

 初めはユノアを直視できないでいたヒノトも、いつしか、ユノアから目を逸らすことが出来なくなっていた。生きる自信を失い、自分に頼りきっていた小さなユノアの面影は、どこにもなかった。

 目の前にいるユノアは、自分の力で生き抜いていこうとしている、一人の女だった。


 ヒノトの横顔を、じっと見つめている人物がいた。レダだった。

 レダにとっても、ユノアを見るのは久しぶりのことだった。そしてユノアが想像以上に魅力的に成長しているのに驚いていた。十三歳でこの妖艶さは、尋常ではない。

 そして気にかかるのは、ユノアを見るヒノトの目だった。

 ヒノトとマカラは、実に仲睦まじい夫婦だった。ヒノトはマカラと結婚したことを、充分満足に思っているようだった。マカラとの生活が、ユノアと過ごした日々を薄れさせていってくれるだろうと、レダは期待していた。

 だが、今のヒノトの目からは、レダが以前も感じた、危険な想いが、やはり感じられた。

 レダは表情を険しくした。




 ヒノトの熱心な視線を見て、マカラは嬉しそうに言った。

「あなた、どうですか?あなたの心を慰めたいと思い、私が選んできた舞姫です。名をユノアというそうです。ご存知でしたか?」

 ヒノトははっと意識を戻した。

「あ、ああ…。そうだな。…知っている。前にも俺の宴で、踊ったことがある」

「まあ。そうでしたの。素晴らしい舞手ですわね。私、女ながら、あの美しさには惚れ惚れしてしまいます」

「ああ、そうだな…」

 ヒノトは酒をあおった。すかさずマカラが次の酒を注ぐ。

 急に口数の少なくなったヒノトに、マカラが心配そうに声をかけた。

「あなた…。お疲れなのですか?何だか顔色が悪いようですが…。もう、部屋へ戻られますか?」

「いや、そんなことはない。せっかくお前が用意してくれた宴だ。最後まで楽しませてもらうよ」

 それでもマカラは心配して、熱でもあるのかとヒノトの額に手を当てたりしている。

 それは、愛し合う新婚の夫婦の、微笑ましい姿だったが…。




 二人の姿は、舞に集中しようとしていたユノアの視界にも飛び込んできた。

 覚悟はしていたが、心の動揺は避けられなかった。

 動揺は、徐々に舞の乱れにつながっていく。

 ユノアにとって幸いだったのは、既に舞が終盤に近付いていたことだった。

 何とか踊り終えて、畏敬の礼をするユノアに、マカラが拍手喝采を送った。

「素晴らしかったわ!ユノア」

 ユノアは深々とお辞儀をすると、そのまま顔をあげることなく退場していった。




 退場してきたユノアを、ミヨが出迎えた。

「ユノア。大丈夫?」

 だがミヨの問いに答える余裕さえ、ユノアにはなかった。

 顔は蒼白になり、身体はぶるぶると震えている。

「ユ、ユノア?」

「ご、ごめん…。私…。覚悟してたのに。ヒノト様とマカラ様が仲良くしてる姿だって、見ても大丈夫だと思ってたのに…。どうして、こんな…」

 自分の心の中にあったヒノトへの想いの大きさを、ユノアは思い知らされた気持ちだった。そのあまりの大きさに、心が制御できないのだ。

 宴会場からは、次の舞の曲が流れ始めていた。次は、ユノアを中心とした団体での舞を披露する予定だったのだが…。

「ユノア。どうするの?もう次の舞が…」

 ユノアは泣きそうな顔になっている。

「…無理よ。私…。あそこに戻るなんて、とても…」

 するとミヨが頷いた。

「…分かった。あなたの代わりに、私が踊ってくるわ」


 ミヨは慌てて準備に取り掛かった。ユノアが出ないことに驚いている他の舞姫達を取りまとめて、急いで宴会場に入っていく。

 中からは、落胆したようなマカラの声が聞こえてきた。

「あら…。今度はユノアじゃないのね」




 テンポのいい調子の曲と、軽やかな舞姫達の足音が聞こえ始めた。

 その音を聞きながら、ユノアはすっかり気落ちしている。

 そんなユノアに、ティサが声をかけた。

「ユノア…。どうするの?今夜はもう、ヒノト様の前で踊るのは止めておく?でも、今逃げても、あなたにとっていいことなんて何もないのよ。ヒノト様の側には、いつもマカラ様がいらっしゃるのだから。…今夜これから踊らなければ、きっとマカラ様のご不興を買うわ。そうしたら、もう二度と、ヒノト様の前で踊ることは出来ないと覚悟なさい」

 ユノアははっと顔をあげた。

 ヒノトとマカラが仲良くしている姿を見るのは嫌だ。でも、それを受け入れることが出来なければ、ヒノトの側には決して行けないのだ。その事実は、ユノアの心の重くのしかかった。


 宴会場から拍手が聞こえてきた。ミヨ達の舞が終わったのだ。

 ティサが険しい表情でユノアを見た。

「どうするの。ユノア。最後の舞を舞うの?」

「…はい。行きます」

 ユノアは、きゅっと唇を噛み締めて、前を見つめた。

 戻ってくるミヨ達と入れ替わるように、ユノアは宴会場の中へと入っていった。

「ティサ様…」

 心配そうな顔で近付いてきたミヨを励ますように、ティサは頷いて見せた。


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