第三章:女達のおしゃべり
ラピと別れ、ユノアは王宮内へと戻った。
軍隊での訓練を終えると、まず浴場へと向かう。汗と埃を落とすためだ。
ユノアが裸体にタオルを巻いて浴場へ入っていくと、そこには六人の先客がいた。舞姫としての仲間である侍女達だった。
その中にいたミヨが、近付いてきた。
「ユノア。訓練は終わったの?」
「うん」
ユノアが身体を洗い始めると、そこにいる女達の視線全てが集まった。
ミヨも溜息をついて、ユノアの肌をうっとりと眺めた。
「相変わらず、綺麗な肌ね。まるで絹みたい。兵士として訓練をしている間は、太陽の陽射しにさらされている筈なのに、日焼けもしてないし、乾燥してカサカサになってるわけでもない。全く、あなたの肌ってどうなってるの?」
身体を洗い終わったユノアが湯船に入ってくると、既に湯舟に浸かっていた他の侍女達も、一斉にユノアに質問を浴びせてきた。
「ねえ!もし特別な肌の手入れ法をしているなら、教えてよ」
ユノアは困ったように首を振った。
「特に手入れはしていないわ。」
「本当に?生まれてから今まで、一度も?」
ユノアが頷くと、侍女達は皆一斉に、脱力したように肩を落とした。
「…絶対、神様って不公平よね。どうして美しさに差をつけて生まれさせるのかしら」
風呂の時間は、侍女にとっては絶好のおしゃべりとくつろぎの時間だった。
みんなでお金を出し合って、風呂に入れるアロマオイルなどを買って、のんびりと肌の手入れをしたりする。
今日は、ジャスミンのオイルと花びらを入れていた。風呂場には、ジャスミンの甘酸っぱい匂いが立ち込めている。
ジャスミンのエキスを身体に塗りこめながら、女達のおしゃべりはまだまだ続く。
そのほとんどは、恋愛話だった。
おしゃべりの間、ユノアはほとんど聞き役だ。お風呂に浸かっていると、訓練で疲れきった身体の強張りが解けて、眠気が襲ってくる。
心地いい眠気にうとうとしながら、ユノアはおしゃべりの声に耳を傾けていた。
「ねえねえ。あなた、あの兵士さんとの関係は、どうなったのよ」
尋ねられた侍女は、顔を赤らめた。
「それが…。あれから告白されて、付き合い始めたのよ。一昨日、初めてデートに誘ってくれて、マティピの街に一緒に出かけたの。二人とも外泊の許可をもらって、マティピのホテルに泊まったんだけど…」
侍女が顔を真っ赤にして、湯の中に顔を半分つけたので、周りにいた侍女達は鋭く感づき、詰め寄った。
「え!…まさか、エッチしちゃったの?」
侍女が小さく頷く。浴場に歓声が巻き起こった。
侍女達は、羨望と好奇心の視線を送った。
「ねえねえ!エッチって、どんな感じ?やっぱり痛いの?」
「そ、そりゃあ、やっぱり…。痛かったけど…。でも、この人と一つになれたんだって、すごく嬉しかった。身体を優しく撫でてくれて、たくさんキスしてくれて。ああ、私、愛されてるんだなって、思って。とても、幸せだったわ」
「へぇー…」
溜息が侍女達の口からもれる。
「いいなぁ…。やっぱり女に生まれたからには、好きな男の人に抱かれる幸せを感じたいわよね…」
「私も、彼氏が欲しい!ねえ、あなたの彼氏の友達を紹介してくれるように、頼んでおいてよ」
鬼気迫る表情で詰め寄る同僚達に、侍女は素直に頷くしかなかった。
「ねぇ…」
それまで黙っていたユノアが、声を出した。
ユノアは眉間に皺を寄せて、尋ねた。
「…えっちって、何?」
ユノアの発言に、侍女達はぽかんとしている。
「あ、あはははは。冗談、よね?ユノア…。本当は、分かってるんでしょ?」
だが、ユノアの表情は真面目そのものだ。
「…男の人と一緒に遊ぶこと?」
さすがに、侍女達の顔が驚愕に変わった。
「ほ、ほんとに?知らないの?あなた何歳よ、ユノア!」
「え…。十三歳、だけど…」
「今まで、その、男女の恋愛に、興味がなかったの?」
「…うーん?」
ようやく、自分が知らなかったことを恥ずかしく思い始めたのか、ユノアは困った顔になった。
「よしっ!私が教えてあげるわ」
侍女の一人がそう言ったのを聞いて、ミヨは慌てた。
「ちょ、ちょっと…。いいじゃない、別に。そんなこと、わざわざ教えなくたって…」
「何言ってんの!大人の女になるのに、必要なことじゃない!」
ミヨが他の侍女に足止めされている間に、その侍女は爛々とした眼でユノアに話し始めた。
「あのね、ユノア。エッチっていうのはね…」
ユノアはたっぷりと、その侍女の持論を教え込まれた。
真面目な顔をしていて聞いていたユノアだったが、侍女の話が終わった途端、首を傾げた。
「それって、気持ちいいの?」
何とも拍子抜けするユノアの反応に、その場にいた侍女達はコケてしまった。
「い、今の話聞いて、その反応?ユノアってほんと、変わってるわね。どういう環境で育ったら、そうなるわけ?」
すると、一人の侍女が大笑いし始めた。
「でも私、ユノアのそういう性格、好きよ。素朴で、可愛いわ。ユノアにはずっと、そのままでいて欲しいわね」
浴場は笑い声に包まれた。
ユノアは、何故笑われているのか、やはり分からないのだが、頭をぽりぽりと掻きながら、はにかんで見せた。
(でも、ザジとハドクが私にしようとしていたのは、そういうことだったのかもしれない…)
そう思った途端に身体を寒気が走って、ユノアは頭を振って、そんな考えを振り切った。
「そうそう。エッチといえば…」
そう言い出したのは、マカラ付きの仕事をしている侍女だった。
「王様とマカラ様のエッチがね。すっごいのよ」
王宮内で一番のスクープネタといえば、やはり王と王妃のネタだ。侍女達の目が一気に輝きを増した。
「え?何、何?」
「私ね、マカラ様が王様の寝室に呼ばれたときは、いつも付き添い役としてお供するんだけど。マカラ様にいつ呼ばれてもいいように、寝室の隣の部屋で待機してるのよ。だからね、聞こえちゃうのよ。その、お二人の、エッチの最中の声が…」
侍女達は、きゃあっと歓声をあげた。
「王様の声はほとんど聞こえないけどね。マカラ様の、すごく気持ち良さそうな声が聞こえるの。王様の名前を、何度も何度も呼んでね。あんな声聞いてたら、やっぱり私も、男の人に抱かれる幸せを感じたいなって、思っちゃうわ」
「マカラ様って、本当に王様のことを愛してるわよね。いつでも目から、ラブラブ光線が出てるもの。そんなに愛してる人と一つになれたら、どんなに幸せでしょうね。マカラ様はこの国で一番幸せな女性なのかもね」
ヒノトの話題が出てから、ずっとはらはらしていたミヨだったが、王と王妃の噂話がまだまだ終わりそうにない気配を感じて、話題の中心にいる侍女の身体を、湯の中で蹴った。
「痛っ!…何よ、ミヨ」
盛り上がっているところを邪魔されて不服そうな侍女だったが、ミヨは眉をしかめて、しきりに目で何かを訴えかけている。ちらりとユノアに視線を向けたのを見て、侍女ははっと口を押さえた。
他の侍女達もミヨが言いたいことに気付いて黙り込んだ。風呂場は、シンと静まり返った。
ユノアは、湯の中に顔を半分浸けて、ぼんやりとしていた。
みんなの視線が集まっているのに気付くと、困ったように目を彷徨わせた。
「…私、のぼせちゃったみたい。先にあがるね」
「あ、待って!ユノア!」
立ち上がったユノアに続いて、ミヨも浴場から出て行った。
残された侍女達は、言葉を発しないまま、意味深な視線を互いに送りあっていた。
浴場から出たユノアに、ミヨが心配そうに声をかけた。
「ユノア。大丈夫?」
「…大丈夫よ。ヒノト様とマカラ様の噂話なんて、聞きなれてるし」
ユノアは笑った。だが、その笑顔はどこかぎこちないようだった。