第二章:新たなる一歩
華やかな結婚式から、二週間が過ぎた。
王宮には元通りの生活が戻っていた。以前と違うのは、マカラがヒノトの王妃となったことだけだった。
マカラはよく出来た王妃で、王宮の人々にもすぐに受け入れられ、ヒノトは王として、以前と何ら変わりのない政治手腕を発揮できていた。
マカラが王妃となったことに、不満を持つ者はただの一人としていなかった。見目が麗しいだけではなく、マカラが王妃にふさわしい行いをしているからだ。
王妃となった自分を奢ることなく、慎ましやかに、目立つことなく、影から夫を支えた。政務に疲れて帰ってくる夫を癒すことが、自分のすべき最も大切なことなのだと、マカラは理解していた。
寄り添い、支えあって人生を歩みだした二人の、仲睦まじい姿は、王宮のあちこちで見ることが出来た。
そのたびに人々は囁きあった。
「あの二人は、理想の夫婦像そのものね。見て、あの幸せそうなご様子」
「本当に。見ていてこちらまで、心が穏やかになるようね」
ヒノトとマカラの幸せが、ジュセノス王国中を包んでいるかのように、平和な日々が過ぎていった。
人々は、グアヌイ国との対立など記憶の隅に追いやり、この平和な日々を心から楽しんでいた。
だが、平和に溺れているわけにはいかない者達もいる。
グアヌイ軍の兵士達は、将軍キベイを最高指揮官として、今日も厳しい訓練に明け暮れていた。
一段高い場所に立ったキベイが見つめる中、兵士は二人一組になって、剣のかわりに竹刀を持って戦っている。
訓練とはいえ、兵士達には殺気がみなぎっている。渾身の力を込めて振り下ろされる竹刀をもろに受ければ、骨折は免れない、命がけの訓練だ。
竹刀を片手に持ったオタジとガイリが兵士の間を回り、どやしつけている。
「お前らの本気はそんなもんか?それで人を殺せるとでも思っているのか!」
オタジの竹刀がひゅんひゅんと唸りをあげる音を聞いて、兵士は震え上がった。
一瞬でも気の抜けた態度を見せれば、罰として、この竹刀が容赦なく頭の上に振り下ろされるかもしれないのだ。
それよりも兵士同士で打ち合ったほうがマシだと、兵士達の戦いにも気合が入る。
兵士が怪我をするというリスクまで犯して、こんなにも激しい訓練をキベイが行うことを決意したのには理由がある。
ヒノトの結婚式が行われてからというもの、一般市民だけでなく、王宮の人間や兵士まで、まるでグアヌイ王国との問題までもが解決したかのように、緊張感に欠ける態度になっていた。そんな空気を引き締めるためにも、この訓練を決行したのだ。
だが…。
キベイは思わず、溜息をついていた。
訓練を見ていて思ったのだが、兵士達の戦闘能力は、高いとはいえない状況だった。そこそこに戦える兵士は揃っているが、その中でも、飛びぬけて強い者、軍が窮地に追いやられたとき、軍を率いて勝利への突破口を開ける者が、キベイは欲しかった。
ジュセノスの三鬼将軍、キベイ、オタジ、ガイリの存在は、グアヌイ軍にとってこの上ない脅威だった。だが、たった三人で出来ることには限りがある。
ジュセノス軍を引っ張る新しい力を求めて目を光らせてはいるが、キベイの目に、これといった逸材は映らなかった。
ある日、王宮内を歩いていたキベイに、声をかけてくる者がいた。
「キベイ将軍」
振り向いたキベイは、驚いた。声をかけてきた者が、ユノアだったからだ。
ユノアを見るのは、実に久しぶりだった。マカラが帰ってきてからというもの、ヒノトの側にユノアを見ることがなかったからだ。
正直、ユノアにどう対応していいのか分からず、キベイは戸惑った。気まずくもあった。今王宮では、マカラばかりが脚光を浴びて、ユノアの存在は悲しいほどに薄れていたからだ。
ヒノトからの寵愛を失って、さぞかし気落ちしているのだろうと思いきや、ユノアは凛と顔をあげ、颯爽とキベイに向かって足を進めてくる。
キベイの前に立ったユノアは、力強い眼差しでキベイを見た。
「キベイ将軍。今日は、お願いがあって来ました。」
キベイの呼び方まで変わっている。ヒノトに守られていたとき、ユノアから感じられた甘えは、今はもうない。
今のユノアに、可愛いという形容詞は似合わないようだ。少女から大人の女に変わった。そんな印象だった。
一皮向けたようなユノアに敬意を示すように、キベイも将軍の表情でユノアに相対した。
「私に願いごととは?」
「私を、ジュセノス軍の一員に加えて欲しいのです」
思いがけない発言に、キベイは耳を疑わずにはいられなかった。
「今、何と言ったのですか?」
「私は兵士として、王国のために戦いたいのです」
「ユノア殿…!」
キベイは思わず、ユノアの肩を掴んでいた。
「気でも違われたか?ヒノト様の寵愛を失ったからと自暴自棄になっているのならば…」
「自暴自棄などではありません!」
ユノアはきっぱりと言い放った。
「私が、この一ヶ月、しっかりと考えて出した答えです。私は、ヒノト様にも、王宮の方々にも、とてもお世話になりました。その恩返しがしたいのです。…ヒノト様のお役に立ちたいのです」
ユノアは必死だった。この願いを受け入れてもらえなければ、この王宮から立ち去る覚悟だった。
だが、キベイの表情は険しい。
「ユノア殿…。そのようなこと、決して許すわけにはいきません。あなたは女で、しかも幼い。兵士になるということは、屈強な男達と殺し合いをするということなのですよ?…それに、そのようなことを私が許したと、ヒノト様に知れたら…」
「ヒノト様は、関係ありません!私が、私の意思で、しっかり考えて決めたことです。…どうしても駄目だと言われる前に、どうか、兵士としての素質を試す機会を与えてください。それを見て、それでも駄目だと言われるのならば、私は諦めます」
ユノアが今、崖っぷちに追い込まれていることは、キベイにも理解できた。ユノアの必死の懇願を、これ以上むげにすることは出来なかった。
「分かりました…。では明日の午後、軍事練習場に来てください」
「…ありがとうございます。キベイ将軍」
ユノアは深々と頭を下げた。