第二章:目覚める力
意識の戻らないヒノトの元へ、入れ替わり立ち代わり訪れていた見舞い客への対応も、ようやく落ち着いた。ほっと溜息をつきながら、ヒノトの容態を窺っていたティサは、はっとした。ユノアのことをすっかり忘れていたからだ。
部屋にいた侍女にヒノトのことを任せて、ティサは部屋を出た。
いつの間にか王宮は夜の闇に包まれている。すれ違う人もまばらだ。
暗い王宮に目を凝らして、ティサはユノアの姿を探した。
ようやく見つけたのは、ヒノト担当の侍女の一人だった。
「ちょっと、あなた。ユノアを見なかったかしら?」
侍女はすぐに答えた。
「ユノアなら、ミヨと一緒にいましたよ。今はミヨの部屋にいるかもしれませんね」
「そう。ありがとう」
ティサは早足で、ミヨの部屋へと向かった。
ミヨの部屋は、五人の侍女達が一緒に暮らしている大部屋だ。だが、ティサがドアを開けると、そこにはミヨとユノアの二人しかいなかった。
二人はベッドに座り、うな垂れるユノアをミヨが抱きかかえるようにして支えている。
部屋に入ってきたティサをミヤは見上げたが、ユノアはぴくりとも動かない。
「ああ、ティサ様…」
ミヨが救われたような顔をした。ユノアのこの状態に困りきっていたようだ。
ティサはそっとユノアを覗きこんだ。だが、ユノアの目がティサを映すことはない。
ヒノトが怪我をして帰って来たと聞いてから、ずっと心配していたのだろう。詳しい情報も掴めず、心配し過ぎて疲れてしまったに違いない。
もっと早く来るべきだったと、ティサは後悔した。
「ユノア。一緒にヒノト様の所へ行きましょう。もう、大臣や見舞い客は帰って、医師と私達侍女が付き添っているだけだから」
ヒノトの名を出すと、ようやくユノアが反応を見せた。よろよろと立ち上がったユノアを、ミヨが支える。
ティサが前を歩き、その後をミヨに支えられたユノアが続いた。支えられなければ移動できないユノアの憔悴ぶりが痛々しい。
ようやくヒノトのいる部屋へと辿り着いた。
ベッドの上で、意識のないまま横たわっているヒノトを見ると、ユノアはおぼつかない足取りで近付いていった。
ベッドの側に跪き、ユノアはヒノトの様子を窺った。
ヒノトの顔は青白く、呼吸も弱弱しい。状況は芳しくないようだった。
ティサは側にいた医師に尋ねた。
「ヒノト様のご様子は、どうなのでしょう。出血は止まったのですか?」
医師は悲痛な面持ちで首を振った。
「いえ、残念ながら…」
ティサは愕然とした。
「そんな…!このまま出血が止まらなければ、ヒノト様は死んでしまうのですよ。何とかならぬのですか?」
「そんなこと、私とて分かっています。ですが、手の打ち用がないのです。ヒノト様の生命力に頼るしか…」
気弱な医師の言葉に、ティサは絶句した。
今にも泣きだしてしまいそうなティサの様子を、ユノアはじっと見つめていた。
再びヒノトに視線を戻す。ヒノトの顔に血の気はなく、医師の言うような生命力はもはや残っていないように思えた。
ヒノトが死んでしまう。そう思った瞬間、ユノアの心臓がどくんと大きく拍動した。眠っていた細胞の一つ一つが、目覚めて活動を始めたようで、ユノアは身体の中にパワーが満ちていくのを感じていた。
今、自分がヒノトのために出来ることは何なのか。ユノアが思いつくことは、たった一つしかなかった。
静まり返る部屋の中で、突然勢い良く立ち上がったユノアを、誰もが驚きの目で見つめた。
ユノアを側で見守っていたミヨも、戸惑っている。
「ユノア…。ど、どうしたの?」
それまでのユノアとは別人のように変わってしまったのは明らかだった。目には凛とした強さが宿り、周囲を圧倒するような気迫が身体中から噴き出している。
「ユ、ユノア…」
ミユが戸惑いの目で見つめる中、ユノアはミヨの側を通り過ぎていった。部屋中の注目を集める中、窓を開け、バルコニーへと出ていく。
止める間などなかった。ユノアは柵の上へと上がると、あっという間に柵の外へと身を投げた。チュチもその後を追って翼をはためかせた。
「きゃあああー!」
ミヨが悲鳴を上げてバルコニーへと駆け寄る。柵の外を覗いたが、そこにはもうユノアの姿はなかった。ただ、夜の闇が広がるだけだ。
ティサが息を切らして駆けつけてきた。
ミヨはすっかり動転して、ティサを見上げた。
「ティサ様!ユノアが、ユノアがぁ!」
ティサも顔を青くして、ユノアの消えた闇を見つめた。
「ティサ様、ユノア、死んじゃったんですか?」
泣きじゃくるミヨに、ティサは返事を返すことが出来なかった。大きな岩の上に建てられている王宮だ。この高さから落ちて、無事でいるとは思えなかった。
だが、ユノアが自殺をするなど…。ティサは信じられなかった。ついさっき、ユノアの身体から、立ち昇るような生気を感じたばかりなのだ。