第二章:無我の舞
ユノアを探していたティサは、舞の稽古室から物音がすることに気付いて足を止めた。
中を覗くと、まずミヨの姿が目に入った。
ミヨは、心配そうな顔をして部屋の前の方を見ている。
ティサはそっと部屋へと足を踏み入れた。そして、驚いてその場に立ち尽くした。
そこには、一心不乱に舞に没頭するユノアがいた。その動きはとても美しかった。もはや、先輩の舞姫達の技術よりも遥かに勝っている。
ユノアの動きはあまりに軽やかで、人間離れしたものだった。ほんの少し地面に足を触れただけで、宙高く飛び上がる。その高さは、一メートル以上にもなった。身体を回転させる速さも、ポーズを取ったまま制止する筋力の強さも、今までティサが見てきたどの舞姫よりも優れていた。
これまでユノアは、こんな超人的な動きを見せたことはなかった。ユノアが今、舞に没頭しているからこそ、無意識に引き出された能力なのだろうか。
ティサはミヨに近付いていった。ミヨはようやくティさに気付いたようで、慌てて頭を下げた。
「ティサ様。すみません、気付かずに…」
「いいのよ。それよりも、ミヨ。ユノアは一体、どうしたというの?」
ミヨは困った、泣きそうな顔になった。
「私がこの部屋に来たのが一時間前ですけど、その時にはもう、踊り始めてだいぶ時間が経っていたようでした。それでもずっと、一度も止まらずに踊り続けているんです。私も何度か声をかけてみたんですが、ユノアには全く聞こえてないみたいで…。ティサ様。ユノアを止めてあげてください。もう、体力的にも限界の筈なんです!」
ティサはユノアをじっと観察した。激しい体の動きとは対照的に、ユノアの目は虚ろだった。その目は、ユノアが初めてこの王宮に来た頃と同じように思えた。身体を動かしている間は、何も考えずに済むのだろう。それを求めて、ユノアは舞い続けているのだろう。
「私達に、ユノアを止めることはできないわ」
ティサの答えを聞いて、ミヨは絶句している。
「ユノアを止めることが出来るのは、ただお一人。ヒノト様だけよ。ヒノト様の声しか、ユノアには届かないわ」
ヒノトが和解をしようとしているなどという中途半端な情報をユノアに話すことを、ティサは止めることにした。そんな情報を話したところで、ユノアにとって何の慰めにもならないことに気付いたからだ。
ティサとミヨは、ユノアのあまりに見事な舞を、ただ黙って見守っていた。