第二章:戦況報告
ヒノトが出軍してから、一週間が経った。その間、毎日のように戦況を伝える早馬が王宮に駆け込んできた。だがその情報は、キベイを中心とした将軍や大臣に伝えられるばかりで、ティサ達女性には、全くといっていい程、戦況は分からなかった。
ティサが心配したのは、何といってもヒノトの安否だ。ヒノトがもし怪我をしたともなれば、もっと大騒ぎになっている筈なので、あまり深く心配してはいないが、でもやはり何かしらの情報が欲しかった。
溜息ばかり吐きながら歩くティサに、声をかけてきた人物がいる。
「ティサ。どうした。悩み事がありそうだな」
ティサは振り向き、驚きとともに嬉しそうな声をあげた。
「まあ、レダ様!」
レダは、相変わらず表情の少ない顔で、ティサに近付いてきた。だが、王宮中の人間が落ち着きなく、足が宙に浮いている状態で不安な日々を送っている中、レダのこの何事にも動じない無表情顔を見ると、無償にほっとしてしまうティサだった。
「レダ様…。お聞きしてもよろしいでしょうか。ヒノト様のこと、何かお聞きおよびではございませんか?」
レダは頷いた。
「私が知る限り、ヒノト様が怪我をされたという話は聞かない」
その言葉を聞いて、ティサはほっと胸を撫で下ろした。
「ああ、良かった…。安心いたしました。…あの、さしでがましいとは思いますが、もう少し聞いてもよろしいですか?グアヌイ軍との戦いは、どうなっているのでしょう。勝っているのですか?」
「それは…。膠着状態が続いているとしか言えないな。グアヌイ軍としても、思った以上に早くジュセノス軍の援軍が到着したので、攻めるに攻めきれず、様子を窺っているのだろう」
「ではまだ、本格的な戦闘は起こっていないということですね。これからはどうなのでしょう。ヒノト様が、命の危険に晒されるような、激しい戦闘は起こるのでしょうか。」
レダは表情を堅くした。
「こちら側としては、今グアヌイ軍と戦いたくはないのだ。ヒノト王による治世がようやく落ち着きを見せ始めたばかり…。正直、軍備にまで手が回っていない状態なのだ。ヒノト様が、グアヌイ国との関係をどうしたいと考えられているのかは分からない。ハルゼ王のように、友好的な関係に戻すのか、それとも決戦するのか…。だが、もし王が決戦を望まれているとしても、今はその時期ではない。まともに戦えるような軍の状態ではないのだ」
「と、いうことは…」
「今回はとにかく、和解を考えておられる筈だ」
「グアヌイ国側は、和解に応じるでしょうか?」
「…。私には、今回のグアヌイ軍の行動は、何というか、あまり本気ではないような気がするのだ。リュガ王のお遊びというか…。ようやく治安が安定してきたヒノト王に対する嫌がらせをしているように思うのだ」
ティサは目を丸くした。
「そ、そんな…。王のお遊びで国同士の争いが起きるなんて…。そんなことがあり得るのですか?」
「リュガ王とは、そういう王なのだ。本当の狙いが何なのか、こちらとしては掴みにくい。それは…。ハルゼ王が亡くなられた時にも思ったことだが…。だがとにかく、向こうとしても、この戦いで兵士を死なせるつもりはないだろう。和解には、応じる筈だ」
「そう、ですか…」
何やら難しい問題はあるようだが、とりあえずティサは安堵した。それならば、ヒノトの身に危険が及ぶようなことはないだろう。
「ではすぐに、ヒノト様も戻られますか?」
「そうだな。そう長くはならないだろう」
ティサは深々とレダに頭を下げた。
「レダ様、ありがとうございます。大切な情報を私などに話していただいて…。おかげで、安心いたしました」
「いや、大したことではない」
レダは次の言葉を言おうとして、止めた。レダにしては珍しく言いよどんでいる様子に、ティサは首を傾げた。
「レダ様、何か…」
「いや、あの…。このことを、あの娘にも…。ユノアにも、言うのか?」
「はい、そうですね…。ヒノト様が出軍されてからというものずっと、気を落としていますから。ヒノト様が早々にお帰りになると知れば、元気も出るでしょう」
「そうか…。ヒノト様とユノアは、仲睦まじいようだな」
「ええ。そうでございますね。まるで本当の兄妹のように…。私も見ていて微笑ましいです。寂しさを抱える二人が、お互いにいい影響を与え合って、たくましく生きていけるなら、喜ばしいことです」
「そうだな。兄妹としてならば、いいかもしれんな」
レダの言葉にひっかかるものを感じて、ティサはその意味を問おうとした。だがその前に、レダはティサに背を向けた。
「では私はこれで…」
有無を言わさぬ態度で去っていくレダを、ティサはただ見送るしかなかった。