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星姫の詩  作者: tomoko!
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第二章:ヒノトの気持ち

 ある昼下がりのこと。ヒノトは一人、王宮の中を歩いていた。

 この時間にヒノトが仕事をせずにいるなど、普通なら考えられないことだった。今日の会議の議題の担当だった大臣が急病となり、会議が中止となったのだ。

 めったにないフリーの時間に何をしようと考えたとき、ヒノトの頭にはユノアの顔しか浮かばなかった。

 心の向くまま、ヒノトはユノアを探して王宮内を歩き回っていた。


 歩きながら、ある不安が心をよぎった。もしかしたら今ユノアは、他の誰かと一緒にいるかもしれないという不安だ。

 最近のユノアは、すっかり王宮での暮らしになじんでいて、誰かと一緒に楽しそうに話をしている場面を、ヒノト自身たびたび目撃しているのだ。

 一緒にいるのは、ミヨやティサ、その他の侍女ということが大半だった。だが、ユノアが宴で舞を披露して以来、今までユノアには近付くことのなかった大臣から一般の役人までもが、ユノアに声を掛けるようになっていた。兵士の間では、アイドル的人気があるのだと、キベイが笑いながら言っていた。

 これまで、人前では常に怯え、ヒノトの影に隠れるように過ごしていたユノアを思えば、喜ぶべき変化だともちろん思っている。だが、ヒノトは寂しくもあった。

 ユノアがキサクとマティピの街へ行ったと聞いたときも、心底驚いたものだ。いつの間にユノアは、自分の手を離れて気ままに動けるほどに成長していたのかと、心の中にぽっかりと穴が開いたような気分だった。


 複雑な気持ちに揺られながら歩くヒノトの目に、ティサの姿が映った。

「ティサ!」

 ヒノトが呼びかけると、ティサは驚きの表情で近付いてきた。

「まあ、ヒノト様!会議中ではなかったのですか?」

「ああ、今日は中止になってな。…あの、ティサ。ユノアを、見なかったか?」

「ユノア、ですか?」

 ティサは首を傾げて考え込んだ。

「確か、向こうの庭にいたと思います。侍女のミヨと一緒だったと…」

「そうか…。ありがとう」

 再び歩き出しながら、ヒノトは考え込んでしまった。ミヨと一緒にいるなら、邪魔をしないほうがいいのだろうか。いやしかし、会議が無くなるなど、こんなチャンスは今度いつあるか分からない。

 ふと、自分の考えに笑ってしまった。王とも思えぬ、軟弱な考えだ。でもやはり、自分はユノアと一緒にいたいのだし、ユノアに嫌われるようなことはしたくないのだ。

 この気持ちは何なのだろう。だがヒノトは自分の気持ちを、家族であるユノアを愛しく思う、兄としての愛情だと、信じて疑わなかった。


 庭へと続く通路で、ヒノトはユノアを見つけた。ミヨの姿はなく、ユノアは一人でそこにいた。

 通路の柱に寄りかかって、ユノアは眠っていた。その肩に乗っているチュチの姿も見える。

 ヒノトは微笑んだ。ユノアが一人でいたことに、ほっとしてもいた。これで、今のフリーの時間を、ユノアと共に過ごすことが出来る。

 ユノアを起こさないように足音を殺して、そっと近付いていく。

 チュチがヒノトに気付いた。だが、ヒノトが静かにするように口元に人差し指を当てて合図をすると、チュチは鳴き声も上げずに静かにヒノトを動きを見守った。

 ヒノトはユノアの顔を覗き込んだ。よく眠っている。

 ある考えがヒノトの心に浮かんだ。これだけよく眠っていれば、きっとユノアは起きないだろう。


 そっとユノアの頭を持つと、横向きになるように身体を支えながら倒していく。ヒノト自身はその場に座って、組んだ足の上にユノアの頭をのせた。

 全く起きる気配もなく眠っているユノアの顔を、ヒノトは思う存分眺めることが出来た。

 爽やかな風に吹かれて、銀色の髪の毛が顔にかかる。その度に、ヒノトは髪の毛をどけてやった。

 ユノアの真っ白で滑らかな頬に、そっと触れた。その柔らかさに驚いて、ヒノトはすぐに手を引っ込めた。震える手を、もう一度近づけていく。さくらんぼのような綺麗な赤色の唇に、ヒノトの指先が触れた。

 その瞬間、身体を稲妻が駆け抜けたようだった。身体が熱くなり、心臓は激しく鼓動を打っている。ヒノトは深く息を吐いた。自分がとても悪いことをしたような、後ろめたい気分になった。

 それでも、ユノアから目を離すことは出来なかった。もうユノアの顔に触れるのは止めたが、ヒノトはユノアを膝にのせたその状態を、崩そうとはしなかった。

 ユノアの寝顔を見つめるヒノトの表情は、兄ではなく、男のものだった。

 その表情を目撃したのは、チュチだけだったが…。


 結局ユノアは目覚めることのないまま、ヒノトのフリーの時間は終わってしまった。

 だがヒノトは満足していた。ただユノアを見ていただけだったが、心は満たされていた。

 元通り、ユノアを柱に寄り添わせた。

 ヒノトが立ち去り、何事もなかったかのように、穏やかな風がユノアを包んでいた。


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