第一章:友との間の亀裂
「よう、ダカン。仕事ははかどってるかい?」
突然声をかけられて、ダカンはぎくっと身体を強張らせた。
声のした方に目を向けると、隣の家のゾラが、鍬を抱えて立っていた。
ダカンは注意深くゾラの様子を窺った。まさか、さっきのユノアを見られてはいなかったか。
ダカンの緊張など全く気付かぬ様子で、ゾラは空を仰いだ。
「ああ、いい風が吹いてるなぁ。今日は風さえ吹かないとぼやいてたところだ。この風のおかげで、もうひと頑張りできそうだ」
どうやら、ゾラは突然吹き始めたこの風に、何の疑問も持っていないらしい。ダカンはほっと胸を撫で下ろした。
立ち上がり、ゾラの側に歩いていく。
ダカンは、自分と同い年のゾラが好きだった。幼なじみのゾラは、ダカンにとってかけがえのない親友で、お互いに助け合い、悩みを分かち合って生きてきた。
だが、そんなゾラとも最近は会う回数が減っていた。ダカンがゾラと距離を置くようになっていたのだ。
それは、以前ゾラと一緒に酒を呑んでいたとき、ゾラがふと漏らしたこんな言葉のためだった。
「…おい、ダカン。ユノアは元気でいるか」
「ああ、元気さ。ユノアは頭がいいんだぜ。一度教えた言葉を、すぐに覚えてしまう」
顔を緩ませてユノアの自慢話を始めるダカンを、ゾラは複雑な表情で見守っていた。
「ダカン…。お前は本当にお人好しだな。所詮、ユノアは拾った子供だろう。どこの畜生の子とも知れぬ者を、よくそこまで可愛がるな」
ダカンは顔を青くした。
「よせ、ゾラ。いくらお前でも、今の言葉は許せない。どうしたんだ…。ユノアが拾い子だと言っても、俺が子供を持ったことを喜んでくれていたじゃないか」
ゾラは酒を一気に煽った。
「…ダカン。一昨日初めて、ユノアを見せてくれただろう。あの時、お前はユノアを可愛い、可愛いと言っていたが、俺は…。…ユノアが不気味でならなかった」
ゾラは震えていた。
「ユノアのあの目…。俺達の目の色とは全く違う。あの目が、俺は恐ろしいんだ。お前は感じないのか?ユノアがどこから来たのか…。本当に考えたことはないのか?…俺はいつかユノアが、この村に災いを招く気がしてならないんだ」
ダカンは返事が出来なかった。心臓は張り裂けそうな程速く打っている。
ゾラはユノアの秘密を何も知らない筈なのに、感じ取っているのだ。ユノアが人間ではないということを。
ダカンはそれからすぐに飲み会を切り上げ、ゾラから離れた。ゾラが、ユノアを手放せ、などと言い出す前に逃げたのだ。本当にそんなことを言いかねない雰囲気だった。
ミモリの言葉を、ダカンは思い出していた。ユノアを他人が見れば、その反応は二つに分かれるだろうと。ユノアを恐れる者と、手に入れようとする者。ゾラはまさに前者なのだ。
ダカンには、ゾラの意見を重視する気は全くなかった。ダカンにとってユノアは、既にゾラ以上に大切な存在になっているということに、この時気付いた。
今も、ダカンと親しげに話をしていたゾラだったが、カヤの後ろに隠れてこちらを見ているユノアの存在に気付くと、顔を強張らせた。自分を見つめるユノアの目に、身体が震える。こんなに暑い日だというのに、指先から凍えていく気がした。
ゾラの顔が青いことに、ダカンもカヤも気付いた。
「あ、じゃあ、ダカン。またな…。たまにはこちらにも遊びにきてくれ」
去っていくゾラの背中を見ながら、ダカンは、自分とゾラとの間に、どうしようもない溝が出来てしまっていることを感じていた。ゾラがユノアを受け入れてくれないこと。その事実がたまらなく悲しかった。
ゾラがユノアを受け入れてくれない限り、ダカンとゾラが昔のように腹を割って話すことは、二度と出来ないだろう。
(ミモリ仙人の言う通り、ユノアの髪の毛を黒く染めて正解だったな)
ユノアの髪の毛が実は銀色であることを知れば、本当にユノアは村から追い出されるかもしれない。
今は、ユノアを知るのはゾラ一家くらいのものだが、これからユノアが大きくなるに連れ、ユノアを見るだろう人間達は、一体どんな反応をするのだろう。
ダカンの心は重かった。