第二章:女友達
ヒノトが仕事に行ってしまうと、一人の時間をもてあましていたユノアにとって、雛はかけがえのない存在になった。
ユノアはこの雛に、チュチと名前をつけた。名前の由来は、雛がいつもこう鳴いているからというなんとも単純な理由なのだが…。
「チュチ。おいで」
すっかり羽毛も生え揃い、よちよちと歩き始めたチュチは、名前を呼ばれると走ってユノアの下へと駆けつけてくる。その動きが可愛くて、何度も名前を呼んでいるユノアの隣で、ミヨが制止した。
「ユノア。チュチはまだ雛なんだから、あんまり動き回らせちゃだめよ。疲れすぎると、死んじゃうこともあるんだから」
ミヨの言葉に、ユノアは凍りついた。
「そ、そうなの?チュチ、止まって!」
慌ててチュチを手の中にしまい込んだユノアだったが、チュチはすぐに、手の中で目をつむって寝てしまった。
「やっぱり、疲れてたのね…」
ユノアとミヨは、チュチの可愛い寝顔に見入りながら、二人で顔を見合わせて笑った。
ユノアには今まで、女友達と呼べる存在はいなかった。それでも、ユノアとミヨが仲良くなるのはあっという間のことだった。チュチがいたからだ。
チュチのことなら、ユノアは何でもミヨに相談した。チヨは休み時間のたびにチュチの様子を見に来るようになったし、ユノアもミヨが来るのを心待ちにするようになっていた。
チュチも眠ってしまったので、二人はたわいないお喋りを始めた。まだ話が途切れてしまったりとぎこちないが、二人の表情にはお互いへの好意が滲み出ている。
実際、ユノアはミヨが好きだった。ミヨはいつも明るくにこにこしている。何よりも、ミヨからは、自分と仲良くなりたいという気持ちが伝わってきた。それが、ユノアがミヨを好きになった、一番の理由かもしれない。
日向ぼっこをしながらほのぼのしている二人を、見つめる視線があった。その先頭にいるのはティサ。その後ろに、ミヨの先輩侍女達がいる。
先輩侍女達の視線は一様に厳しかった。いい印象はないユノアだが、国王のお気に入りなのだ。そのユノアに、一番下っ端のミヨが最初に近付いたのが気に入らなかった。
だがティサは、穏やかな目で二人を見守っていた。二人が、子供特有の高い声をあげて笑っている。ユノアがやっと、本来の子供に戻れたのだと思った。ユノアに子供らしい生活をさせたい。それが、ティサの一番の願いだったので、とても嬉しく思っていた。
いつまでもユノアとお喋りをしているミヨに、一人の侍女が痺れを切らした。足音を響かせて、ミヨの背後に近付いていく。
「ミヨ!もう休み時間はとっくに終わってるのよ。さっさと稽古場へ行って、準備をしなさい!」
突然背後から怒鳴られて、ミヨはびくりと身体を振るわせた。振り返ってそこに鬼のような形相で経つ先輩侍女を見て、声にならない悲鳴をあげると、ユノアにさよならをいう余裕もなく立ち上がり、走り去ってしまった。
ミヨの後姿を見送りながら、先輩侍女は鼻をふんふん鳴らしている。
ユノアは呆然として侍女の顔を見上げていた。ぐっすり寝入っていたチュチも、目をぱっちりと開けて、ユノアの手の中でごそごそ動き始めている。
ユノアには何の声もかけず、侍女は立ち去ろうとした、だが、侍女と入れ替わるようにティサがユノアに近付いていった。
「ユノア。私達は今から、舞の練習をするのよ。もしあなたがやりたいのなら、私達と一緒に練習してみる?」
ティサの言葉に、ユノアが目をぱちくりさせている一方で、後ろに控えていた先輩侍女達は驚愕していた。
「な、な、な、何を突然。ティサ様?」
ティサは軽やかに振り返ると、にっこりと笑ってみせた。
「あら、いいじゃない。私はずっと考えていたのよ。ユノアはいろんなことに挑戦してみるべきだわ。…でも、あなた達が嫌だというのなら、ユノアには諦めてもらうけれど…」
ティサが困ったような表情をしてみせると、侍女達は一斉にぶんぶんと首を振った。
「とんでもありません!嫌だなんて!」
「そう。良かったわぁ」
ティサはにこにこ笑ったまま、再びユノアを見た。
「ユノア。侍女達の了解も得たわよ。一緒に来るわよね」
迫力さえ感じるティサの笑顔に、ユノアは頷くしかなかった。