第二章:餌を食べて!
翌日、ユノアは王宮の庭に一人座って、雛と格闘していた。
昨日の夜、スラムから連れて帰ってから、ヒノトが用意してくれた竹篭の中に藁と綿をつめ、その中に雛を入れた。親鳥と同じ体温にしてやらなければ、というティサの助言に従って、側に火鉢を置いた。雛はそれでも寒いようで、藁の中へ潜りこんでしまった。
雛は水を少し飲んだだけで、ユノアがティサとあれこれ思案しながら作った餌を食べることはなかった。
朝になり、ユノアが雛の様子を見ると、明らかに昨晩よりも弱っていた。ユノアが突付いても身体を少し動かすだけで、目も開けない。
何とか餌を食べさせなければと思うのだが、どうしても雛は餌を食べなかった。そのうちにヒノトもティサも仕事に行ってしまい、ユノアは一人きりで雛に向き合っているのだ。
粟や米の実をすり潰した餌を雛の前に差し出してみる。お腹がぺこぺこなのだろう。雛は餌に興味は示すが、嘴で突付くだけで食べようとはしない。
ユノアの目に涙が浮かんだ。
「どうして食べないの?食べないとお前、死んじゃうよ?」
ユノアの問いかけが聞こえたかのように、雛は愛くるしい目をユノアに向けた。そのあまりに可愛い仕草に、ユノアはますます涙を溢れさせた。
途方に暮れるユノアをそっと覗きみている人物がいた。それは、侍女のミヨだった。
ユノアが雛を連れて帰ったと聞いてから、ミヨはずっとそわそわしていた。その理由は、ミヨが雛を育てた経験があるからだった。案の定、ユノアは雛の世話に苦労している。
ユノアの手助けをしてやろうかどうしようか、ミヨはずっと悩んでいた。もちろん、ユノアを助けてあげたい気持ちは強くあるのだが、ミヨは侍女の中でも一番下の身分なのだ。でしゃばって、先輩侍女達に睨まれるのが恐ろしかった。
だが、気持ちを抑えているのも限界だった。ユノアと仲良くしなさいというティサの言葉も、ミヨを後押しした。
勇気を振り絞って、ミヨは隠れていた茂みの中からユノアの前へと飛び出した。
突然現れたミヨに、ユノアは驚いている。ミヨは、胸の中でドキドキと暴れている心臓を必死に落ち着かせようとしていた。
平静を保って絞り出した声は、裏返ってしまった。
「雛に、餌をやりたいの?」
同じ年頃のミヨに、ユノアには警戒心が起こらなかったようだ。ユノアは素直に頷いた。
「うん…」
「私、教えてあげようか?」
「出来るの?」
「うん。私、雛を育てたことがあるもの」
ユノアは笑顔になった。そんなユノアを見て、ミヨの緊張もようやくほぐれてきた。
ミヨはユノアの側に駆け寄ると、雛を受け取った。じっくりと雛の様子を観察する。ユノアも不安そうに雛を覗き込んだ。
「…まだ小さすぎて、自分で餌を食べれないのよ。親鳥がするように、雛の『そのう』にまで餌を入れてやらないと」
「…。そのうって、何?」
「鳥はみんな持ってるのよ。首のところにある、餌をためておく袋のことよ」
ミヨは雛の首元の羽毛をかきわけた。そこには確かに、袋のようなものがあった。
「へえー。本当だ…」
ユノアが感心していると、ミヨは「待ってて」と言い残し、その場から立ち去ってしまった。
戻ってきたミヨは、ユノアに手に持っていたものを見せた。
「調味料を計るときに使うスプーンを持ってきたわ。これならスプーンの先が小さいから、雛の小さな嘴の中にも入ると思うの」
ミヨはユノアが作っていた餌をすくうと、雛の身体を片手で掴み、強引に嘴を開けさせた。そして雛の口の中に、強引に餌を押し込んでしまった。
「ちょ、ちょっと…。そんな乱暴なことして、大丈夫?」
「人間が雛に餌をやるには、こうするしかないの。親鳥のように嘴を持っていないから。…どうやら食べたようね。餌を食べれるなら、きっとこの子は生き延びるわよ」
ミヨはほっとして、また一さじ餌を口に押し込んだ。だがその餌を、雛は吐き戻してしまった。
「急にたくさん食べろと言っても無理よね…。しばらくは注意して、雛が眠っていないときは餌をやるようにしてみて」
「大丈夫なの?雛は助かるの?」
ユノアの問いに、ミヨは頷いた。
「多分、大丈夫だと思う」
ユノアはほっとして身体の力を抜いた。
「じゃあ私は、仕事に戻るから…」
そう言って立ち上がったミヨに、ユノアは慌てて声を掛けた。
「あの、あなたの名前は…」
「…ミヨよ」
「ミ、ミヨ…。あの、仕事が終わったらまた、様子を見に来てくれる?」
ミヨはこくりと頷いた。
「うん、いいよ」
「ありがとう…」
二人ははにかみながら笑い合った。走って去っていくミヨの後姿を見送りながら、ユノアは心の中に暖かい、こそばゆいような気持ちが溢れてくるのを感じていた。