第一章:決断
その日の夜、カヤの子守唄を聞きながらユノアが寝たのを見計らって、ダカンはカヤに切り出した。
「カヤ。そろそろ、ユノアに話さなければならない時期にきたのかもしれないな…」
カヤは眉をひそめると、そっとユノアの側から離れてダカンの隣に座った。
「話すって…。ユノアの出生のことを?…私達が、本当の親ではないことも?」
「ああ…。そうしなければ、今のままじゃあ、ユノアを守れないだろう。もしユノアが、不思議な力を使っているところを、他の誰かに見られたらどうする?その時、俺にはユノアを庇ってやれる自信がない。ユノアに自覚させ、力を使わせないようにしなければ」
カヤはゆっくりと頷いた。
「そうね…。ダカンがそうしたいというなら、私に依存はないわ」
あまりにもあっさりとカヤが同意したので、ダカンは逆に面食らってしまった。穏やかに微笑んでダカンを見つめるカヤから思わず目を逸らし、俯いてしまう。
「…カヤは、怖くないのか?」
「…何が?」
「ユノアは、どう感じるだろう。俺達から距離を置いてしまわないだろうか?俺は、今のこの生活が壊れるのが怖いんだ。ユノアが笑っていてくれたら、他に何もいらない。心からそう思うんだ。だけど、出生の秘密を話してしまえば、ユノアは傷つくだろう。本当は俺は、話したくないんだ…」
「じゃあ、ユノアに秘密にしたまま、三人で、誰もいない山奥に引越しましょうか?そこで、ずっと三人だけで暮らすの。それなら、ユノアがどんな髪の毛の色をしていようと、どんな不思議な力を使おうとも、誰にも隠す必要はないわ」
カヤの問いかけに、ダカンは心底困ったような顔をした。カヤは思わず笑ってしまう。
「私だって考えたわ。そうできたら、どんなにいいかって。ずっと今の幸せな時間が続くのよ。何て素敵なことだろうって思うわ。でも…。私にはもう一つ夢があるの。ユノアが運命の相手と出会って、私達の手元から飛び立っていくその時を、見ることよ。私達の手の中にしまいこんでいたら、ユノアはその相手と出会うことは出来ないわ。…話しましょう。ダカン。それがユノアを傷つけることになっても、私達が支えてあげればいい。大丈夫。ユノアは乗り越えるわ。ただ、この時がこんなに早く来るなんて…。まだ、心の準備が出来ていなかったわ」
カヤの目から涙が溢れた。ダカンはカヤを抱き締めると、何度も背中をさすってやった。
「ミモリ仙人。俺の声が聞こえますか?」
カヤが眠ったあと、家を出たダカンは、ミモリを呼んだ。いつでも呼ぶといいという、ミモリの言葉を覚えていたからだ。
「…ミモリ仙人?」
すると、暗闇にぼんやりと白い人影が浮かび上がった。ミモリだった。ミモリは大あくびをしながら、ダカンの方に歩いてくる。
「なんじゃ、こんな夜中に。わしは寝ておったのじゃぞ」
「すみません…。でも、あなたのことだ。さっきの俺とカヤの話も聞いていたのでしょう?」
ミモリはもごもごと口ごもった。
「う、うむ…。まあ…」
「いいんです。あなたになら、何を聞かれても構いませんから」
ミモリはぽりぽりと頭を掻いた。
「すまんな。わしにも、ユノアを見守るという使命があるものでな。…ユノアに話をする決心は、もう着いたのじゃろう?」
「はい」
ダカンは迷いのない瞳で頷いた。
「ならば、なぜわしを呼んだ」
「実は、お願いしたいことがあるのです。一日だけ、俺達三人だけになれる場所を用意してもらいたいのです。他の人間が、絶対に来れない場所に行きたいのです。そこで、ゆっくりユノアと話がしたい」
「それは、お安い御用だ」
「…ありがとうございます。では、よろしくお願いします」
家に戻ろうとするダカンを、ミモリは思わず呼び止めた。
「ダカン…。正しい道だけを進もうとするでないぞ。運命はあるかもしれんが、人間の心というのは、決して定められるものではない。ユノアを立派に育てようとするあまり、お前さん達が心を封じ込めるようなことはしてほしくないのじゃ。もっと気楽に、ユノアとの生活を楽しんだらええ」
ダカンは笑った。
「そうですね…。そう出来たらいいのですが・・。やはり親というのは、自分よりも子供に、幸せになってもらいたいものなのです。そのためなら、たとえ己が犠牲になろうとも、構わないのですよ」
もうミモリは呼び止めなかった。ダカンの背中を見ながら、どうか幸あるようにと祈った。