第二章:隠し通路
ヒノトに連れられてユノアが向かった先には、キベイとオタジが待ち受けていた。ヒノトもそうだが、キベイ達も今日は、あからさまに目立つ長剣などの武器は身に付けていない。短剣を腰に挿しているだけだ。
ヒノトを見て、キベイがうんざりしたような顔をした。
「ヒノト様…。本当に行くおつもりなのですか?」
ヒノトはけろっとした顔で答えた。
「ああ、もちろんだ」
キベイはがっくりとうな垂れた。
「全く…。分かっておいでなのですか?あなたがマティピの街を歩いている間、どれだけ私の神経が磨り減っているかということを…」
今から既に、キベイの顔は青くなり、額には冷や汗が染み出している。よほど緊張しているようだ。だが隣にいるオタジは対照的に、のん気な笑い声を上げている。
「ほんと、おっもしろいよなぁ。ヒノト様がちょっと人込みに隠れて見えなくなっただけで、顔を真っ青にしておろおろしちまって。周りにいる人間を切り殺しそうな勢いだもんな」
キベイにじろりと睨まれて、オタジは視線をあらぬ方向に向けた。
「ヒノト様…。やはり今日も、お側には寄らず、遠くから護衛しろとおっしゃるのでしょうね」
「当たり前だ。お前達のような大男が側にいれば、それだけで俺が目立つじゃないか。大体、俺がヒノト王だなんて誰も知らないんだから、護衛なんて必要ないと思うが。」
のん気なヒノトの発言に、キベイの怒りが爆発した。
「な、な、何てことを!あなたは未だに、王としての自覚がないようですな!万が一、万が一にもあなたの御身に何かあれば、私は…、私が何度自害してお詫びしようとも、先代王にも、国民にも申し訳が立たぬのです。…王として街を視察したいというお志はご立派ですが、どうかもっとご自分の身の安全を大切に考えてください」
ヒノトはさすがに反省した様子で、頭をぽりぽりかいている。
「ああ、すまなかった…。キベイ。お前達が護衛しやすいように、人込みにはいかないようにするから」
「ええ!ぜひとも、そうしてください!」
ヒノトは頷くと、怯えた様子で会話を窺っていたユノアの手を持った。
「ユノア。心配しなくていい。マティピは治安の行き届いた安全な街だ。たくさん店もあるし、芸をする者も大勢いる。建物の彫刻も見事だから、よく見てみるといい」
オタジも頷いた。
「そうそう。キベイが大げさなんだよ。身の安全のことなんて俺達に任せて、ヒノト様とのんびり街を観光して来ればいい」
オタジにそう言われて、キベイは不服そうに顔をしかめているので、ヒノトはまたキベイの小言が始まる前に王宮を出ることにした。
ヒノト達は王宮の中でも小さく、日当たりの悪い部屋の中へと入っていった。周囲に人影はなく、普段はほとんど使われていないようだ。
カーテンで締め切られた部屋の中で、ユノアは不思議に思ってヒノトの手を引いた。
「ヒノト様。街へ出るんじゃないの?どうして部屋に入ったの?」
するとヒノトは、ふふと笑った。
「すぐに分かるよ。こっちへ来てごらん、ユノア」
ヒノトは部屋の中の本棚へ近付くと、一冊の本を強く押した。すると、機械音が響き、本棚が横へと動き始めたのだ。目を丸くして見ているユノアの前で、本棚の後ろに空間が現れた。
そこに用意してあった松明にキベイが火をつけ、先に歩き始めた。ヒノトに手を引かれてユノアが恐る恐る足を踏み出すと、その先には下へ降りていく階段があった。
周囲の闇に押されて、松明の明かりは今にも消されてしまいそうだった。ユノアは不安に駆られて、ヒノトの腕にすがりついた。強く握り返してくれたヒノトの手の温もりを感じて、少し心が安らいだ。
階段が終わり、今度はまっすぐな道になった。地面はきちんと石畳で舗装されているようだが、壁は土が剥き出しになっている。
ユノアも随分暗闇に慣れて、ヒノトに置いて行かれないように一生懸命歩いていたとき、突然後ろを歩いていたオタジが悲鳴を上げた。
「ひぃ!」
ユノアは心底驚いて、つまづいてこけてしまった。ヒノトはすぐにユノアを抱き上げると、後ろを振り向いて身構えた。
「どうした、オタジ!無事か?」
キベイがヒノトを守るように立ち上がると、松明をオタジに向けた。
オタジは首に手を当て、顔をしかめて上を見上げている。
「冷てぇ〜。水が落ちてきやがった」
途端にヒノトとキベイは白け顔になった。キベイはオタジに歩み寄ると、頭を強く叩いた。
「いってぇ!何すんだよ」
「馬鹿たれが!水が落ちてきたくらいで、大の男がいちいち喚くな!」
「だってよ。ほんとにびっくりしたんだぜ。キベイだって絶対悲鳴あげてたよ」
「俺がそんなことにびびるものか!」
キベイはぷりぷりしながら、また先頭に立って歩き出した。ヒノトは笑いをかみ殺しながら、ユノアを抱えたままキベイに続いた。