表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星姫の詩  作者: tomoko!
51/226

第二章:偉大なる父王

 部屋に戻った二人は、そろそろ眠ろうとベッドに入った。家族なのだからと、ヒノトはユノアを同じベッドに寝かせた。

 だが、ユノアは落ち着かない。そわそわしているユノアを見て、ヒノトは笑った。

「眠れないのか?やはり、お前の母親の腕の中のように安心は出来ないか…。ではもうしばらく話をしていよう。そうだ、ユノア。お前の父母のことを聞かせてくれないか。空からきたお前を恐れず育て上げた人達に、俺はずっと興味があったんだ」

 そうヒノトに尋ねられても、ユノアは返事が出来なかった。まだ、ダカンとカヤのことを思い出すのは辛かった。

 黙り込んでしまったユノアを見て、ヒノトはその心の痛みを察したようだ。

「じゃあ、俺の父上の話をしようか。俺の自慢の父上だ。聞いてくれるか?ユノア」

 ユノアが興味を持った目で顔をあげたので、ヒノトはほっとした。

 静かな口調で、ヒノトが語り始めた。

「俺の父上は、先代のジュセノス国王、ハルゼ王だ。今、自分も国王になってみて、父上の偉大さがよく分かる。朝から晩まで、政務と会議に追われる中で、父上は俺との時間をきちんと作って下さった。食事は三食とも必ず俺と食べて下さった。一日、一日の生活を大切にする方だった」

 ハルゼ王の話をするヒノトの表情は、自然と和らいでいた。口元には笑みが浮かび、目は輝いている。ヒノトの表情から、どれだけ父王を慕っているかが容易に分かる。

 ユノアがじっと見つめているのにも気付かず、ヒノトは夢中になって話している。

「父上は、政務の合間を縫って、勉強中や剣の訓練中の俺の様子を見に来てくれた。だが俺は、父上の問いにまともに答えれたことはなかったし、剣の相手になって下さった父上に勝てたことも一度もない。頭脳でも、武術でも、俺は父上に遥かに及ばなかった。こういう方にこそジュセノス王国の王たる資格があるのだと、俺は誇らしかったよ。俺の目標は常に父上だった。父上に認めてもらいたかった」

 ヒノトは言葉を切り、遠くを見る目つきになった。ハルゼ王の顔を思い出しているのだろうか。

「父上は、よく俺を王宮の外に連れ出してくれた。平野で馬に乗って競争をしたこともあったが、俺は父上と、マティピの街中を歩くのが好きだった。父上はよくこう言っていたんだ。国王たる者、最も大切なことは、民の生活を知ることだ。民を幸せに出来ない王など、この世で最も愚かな存在だ、と。俺は聞いた。どうしたら民が幸せであると分かるのですか、と。父上は明快に答えてくれた。街を歩き、皆の様子を見てみろ。皆、笑っているか。誰かと話をしているか。俯いて歩いている者はいないか。もし一人ぼっちで暗い顔をしている者がいれば、その者は不幸だ。人間とは、孤独の中では生きることが出来ない生き物なのだ。一人ぼっちの者を見つけたら、私はその者に家族か友達を作ることにしてやると」

 ふとユノアの脳裏を、ミモリの言葉がよぎった。ユノアが不思議な力を爆発させたあの高原を去る間際、ミモリが言った言葉だ。「孤独というのは、最大の不幸じゃ。人を弱くし、狂気に駆り立てる。」

 あの時は、よく意味が分からなかった。だが今なら分かる。ダカンとカヤを失って、ユノアは狂った。そしてたくさんの村人を殺したのだ。ユノアの胸が、鷲づかみにされたように痛んだ。

 ユノアはふと思った。ヒノトが自分と家族になりたいと言ったのは、父の教えがあったからだろうか。一人ぼっちで心を病んでいるユノアを、王として見過ごすことが出来なかったのだろうか。

 だが、そんなユノアの思案には全く気付かない様子で、ヒノトは夢中で話し続けている。

「貧富の差が広がることも、父上は嫌っていた。街での噂話にも熱心に耳を傾けていたよ。過剰に利益を独占している者はいないか。もしいれば、次の日にでもその者を王宮に呼び出してした。王宮で王座に座って聞く情報は五分の一も信用するなというのが、父上の口癖だった。それは俺も同感だ。この目で、耳で確かめなければ、信じることなんて出来ない。そんな努力さえ怠るような者に、王たる資格なんてないんだ」

 ヒノトの声の調子が落ちたのを感じて、ユノアはヒノトを見上げた。

「…王として、父上は素晴らしい才能を持っておられた。俺はもっと父上から学びたかった。知識を身に付け、武術の練習も積み、ようやく父上と正面きって国政に関する討論が出来る自信がついてきた頃…。父上は亡くなってしまわれた。まだ未熟な俺を残して逝くのは、どんなに無念であられたことだろう」

 そのままヒノトは押し黙ってしまった。薄暗い部屋の中で、その表情を知ることは出来ない。だがその悲しみが、痛いほどユノアには伝わっていた。

 ユノアを支配していた孤独が和らいでいく。自分とヒノトが持つ心の傷が同じものだと気付いた途端、ヒノトに対する警戒心はなくなっていた。


「…どうして、ハルゼ王は亡くなったんですか?」

 ヒノトがユノアに目を向けると、ユノアは悲しみに満ちた目でヒノトを見つめていた。今は亡き親を思う子の悲しみは、誰しも同じなのかもしれない。同じ心の痛みと寂しさを共有して、二人の心は寄り添いあっていた。

 ヒノトはふうっと大きく息を吐いた。こんなことまで話すつもりはなかったからだ。親の話をすれば、ユノアの心も開くかと、軽い気持ちで始めた話題だった。ハルゼ王のことを思い出すと、ヒノトの心は今でも闇に飲み込まれてしまう。つい先ほどとはうって変わった重い口調で、ヒノトは話し始めた。

「隣国、グアヌイ王国のことを覚えているか?シノナ河の下流に広がる国のことだ」

 ユノアは頷いた。

「あの国とは、遥か昔から争いを繰り返していた。グアヌイ王国よりも、ジュセノス王国の方が農作物の実りがよく、豊かなことがその原因だ。グアヌイ側の言い分としては、我々ジュセノス王国が上流で、ザバダ山から流れてくる栄養分を独り占めしているから、グアヌイ王国が貧しいのだという。だから摂れた農作物を無償で引き渡せというんだ。だが、こちらとしてはそんな無茶な要求はのむわけにはいかない。民が汗水垂らして作った作物だ。その努力の結晶を、簡単にザバダ山の恵みのせいだけにされては適わない。意見の食い違った国同士が辿る結果は…。戦争だ。昔からジュセノスとグアヌイは戦争を繰り返してきた。だが、決着が着くことはなく、お互いに深い傷を負わせても滅ぼすことは出来ずに、現在に至るというわけだ。…父上の時代には、グアヌイ王国との関係は良好だった。父上は積極的にグアヌイ王国を訪れて、友好を深めていた。父上の人柄は、敵国の人間にも好かれていたんだ。だがその良好な関係が、こちら側の油断を招いた」

 ヒノトは手で顔を覆った。マティピ王宮を出てグアヌイ王国に向かったハルゼ王の最後の姿が頭を過ぎる。

「…いつものように父は、友好のためにグアヌイ王国へと向かった。グアヌイ王国では、新しい国王、リュガ王が王位を継承したばかりだった。その祝福のためでもあった。だがリュガ王は…!少数の家臣のみを率いてきた父上を、殺したんだ!父上が必死に築き上げてきた両国の関係など、全くお構いなしに……!」

 ヒノトの声が涙声に変わったことに気付いて、ユノアは顔を上げた。ヒノトの悲しみに同調して、ユノアの目にも涙が浮かんだ。ヒノトは唇を噛み締めて話し続ける。

「父上が殺されたと知らされた俺は、すぐに軍を率いてグアヌイ王国へ向かおうとした。友好のために来た一国の王を殺すなど、人としての道徳から完全に外れた行為だ。戦争の理由としては十分だった。だが、…ちょうどその時、国内で挙兵した者がいた。それは父上の弟だった。俺の叔父だ。叔父上は、自分こそがジュセノスの国王に相応しいと、俺が率いる軍に戦いを挑んできた。父上が死んで、王宮内が乱れに乱れているときに、だ。どう考えても、奴らは共謀して仕組んでいたんだ。リュガ王が父上を殺し、怒り狂って攻め込んでくるだろうジュセノス軍に、叔父上が戦いを挑む。混乱の極みにあるマティピにグアヌイ軍が攻め込んで、リュガ王は叔父上を助けるとでも言っていたんだろうが…。リュガ王はジュセノス王国を攻め滅ぼすつもりだったんだ。間違いない」

 ヒノトがまた大きく息を吐いた。興奮する気持ちを静めようとしているようだ。


 しばらくの間、沈黙が流れた。ユノアはじっと黙ったまま、身体を堅くしていた。動くことも出来なかった。ヒノトが息を殺している気配が伝わってきたからだ。乱れる呼吸を、必死に抑えようとしているようだ。

 ハルゼ王のことを思うとき、ヒノトは常に心を乱されていた。大声で叫び、身体を掻きむしらなくても済むようになったのは、ほんの数ヶ月前のことだ。

 だが、外見に見せなくなった分、心に闇が積もっていく。今も叫びだしたい衝動を、ヒノトは必死に抑えていた。

 何度か深呼吸して、ようやく頭が冴えてきた。理性が戻ると、途端にヒノトはおかしくなってきた。笑いが出る。

 ハルゼ王が死んで二年も経つのに、このザマは何だ。これが国王か。こんなザマで、一千万ものジュセノス国民の幸せを守っていけるのか。父とはあまりにも違う惨めな己の姿に、打ちのめされる。

 突如笑い出したヒノトを、ユノアは驚きの表情で見つめた。

「いや…。すまなかったな、ユノア…。父上のこととなると、ついついいつも興奮してしまう。まだ幼いお前には、何のことだかよく分からなかっただろう。分かりやすくいえば、俺の父上は、…隣の国の王に殺されてしまったっていうことだ」

「……。お父さんを殺されたから、ヒノト様は、隣の国の王に復讐するんですか?」

 思いがけないユノアの質問に、ヒノトは自虐的になって荒れていたことも忘れて、慌ててしまった。

「い、いや…。そうだな…」

 困ったように頭を掻いている。

「…俺にその気持ちがあっても、そんなに簡単に出来ることじゃない。復讐を遂げようと思えば、戦争になる。何万もの兵士を巻き込まなければならない。とても難しい問題なんだ」

 この答えを聞いたユノアは、きっぱりと言い放った。

「じゃあ、しちゃ駄目です。復讐なんて、絶対…。憎しみを持ってしたことは、悪い結果にしかならないから」

 ユノアの発言に、ヒノトはまた驚かされた。ユノアは視線をまっすぐ前に向けている。

「私は、お父さんとの約束を守れなかった。お父さんは、人を憎むな、憎んだって、悲しみが生まれるだけだって、あんなに私に言ってたのに。私は何度も人を憎んで、その度に人を殺してしまった。そのせいで、お父さんとお母さんも、死んでしまった。人を憎んだら、嫌なことばっかり起きます。悲しいことばっかり…」

「…そうだな。その通りだ。…だが、そのことに気付ける人間なんてほとんどいない。俺も、今ユノアに言われなければ、はっきりと実感出来なかった。ユノア。お前のお父さんは、素晴らしい人だ」

 ユノアも頷いた。今なら、ダカンの優れた考え方が分かる。ダカンに教えられたたくさんの大切なことを、ユノアは一つ一つ思い出していった。ダカンと、カヤとの思い出が、ユノアの心に溢れた。


 楽しい思い出もたくさんあった。その記憶は自然と言葉になって、ユノアの口から溢れだしていく。

「でも、でもね。お父さんは抜けてるの。いつもお母さんに怒られてたのよ。私と一緒に子供みたいに家の中で遊ぶから、いつも二人でお母さんに外に追い出されてたの」

 国王に対する言葉使いなどすっかり忘れて、ユノアは楽しそうに話していく。ヒノトは微笑んで、可愛らしいその声に耳を澄ませた。

「お父さんは本当に変わった人だったの。だって、ぼろぼろになっている神様の像を綺麗に掃除して回ってたのよ。忘れられて、気の毒だって言って…。でもね、お父さんが綺麗にすると、神様の像はとても喜んでいるように見えたの。だからお父さんは、とてもいいことをしてるんだなぁって、私は思ったわ。お母さんは、悪いことをした時にはすごく怖かったけど、いつもはとっても優しかったの。いつもね、私と一緒の布団で眠ってたのよ。でも、いつもお母さんの方が起きるのが早いから、一人で布団から出て行くんだけど、その時必ず、私の頬にキスをしてくれてたの。私は狸寝入りしてたから、そのことを知っているのよ。お母さんは、私が知ってること、知らないの…」

 突然、ユノアの声が止まった。見ると、目元に手を押し当てている。泣きそうになるのを堪えているようだ。

 ヒノトはユノアを引き寄せると、自分の胸の中に包み込んだ。ユノアは抵抗することなく、ヒノトに身体を摺り寄せた。

「今夜はもうお休み、ユノア…」

 まるで呪文のように、ヒノトの声が身体にしみ込んでいく。ユノアはあっという間に、眠りへと入っていった。

 こんなにも安らかな眠りは、いつぶりのことだろうか。そのぬくもりは、カヤと一緒に眠ったあの布団の中のぬくもりと、全く同じもののように感じられた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ