第二章:ユノアの証言
ヒノトは、レダを連れてユノアの部屋を訪れた。ドアを開けると、相変わらず光に溢れた内装が、ヒノトを出迎えた。
「あら、ヒノト様…」
ティサが出迎え、ヒノトを導く。その先に、テーブルに着いて食事を摂っているユノアがいた。ユノアはあどけない表情でヒノトを見上げた。
ティサが慌ててユノアに言った。
「これ!ヒノト様にご挨拶しなさい」
するとユノアは立ち上がり、ヒノトに深々と礼をした。
「こんにちは…」
それを見て、ヒノトは驚きを隠せなかった。
「驚いたな…。よくぞここまで回復したものだ」
ティサも嬉しそうだ。
「ええ。ヒノト様が遠乗りに連れていってくださったあの夜から自分で食事を摂り始めて…。それからというもの、みるみる回復しました。今は一緒に庭を散歩しているんですよ」
「そうか…」
ユノアの名の由来を知ってから、更に落ち込んでしまうのではないかとも心配していたが、ヒノトの期待通りユノアは生きる力を取り戻したようだ。だが、両親のことが深い心の傷として今もなおユノアを蝕んでいることは、冴えない表情を見れば分かる。
本当に生き生きとしたユノアの表情を見れるかどうかは、これからの生活次第だ。
星ほ
ヒノトはユノアの前に腰をおろした。もう食事は終えたらしく、侍女が皿を下げていく。レダはまるで存在しないかのように、壁際にひっそりと佇んでいる。
「すっかり元気になったようで安心した。ところで、俺の顔を覚えているか?」
ユノアはこっくりと頷いた。だが、ヒノトを視線を合わそうとはしない。俯いたまま、身体も強張らせて緊張しているのが分かる。
「ならば、俺がジュセノス王国の国王だということも分かっているな?身体が回復したばかりの時に心苦しいんだが…。俺は国王として、お前が関わったあの事件を解決しなければならないんだ。俺が今から質問することに答えて欲しい。いいか?」
ユノアは堅い表情のまま、頷いた。
「まず、ハドクのことからだ。ユノア、何故お前はハドクの屋敷にいた?」
ユノアはふうっと息を吐くと、口を開いた。
「ハドクが、ディティの街で偶然に見かけた私を気に入り、屋敷に連れてくるようにと、ファド村に命令してきたんです。村の人達はハドクを恐れて、私を差し出そうとしました。お父さんとお母さんは私をハドクの元にはやらないと言ってくれましたが…」
「父と母の願いは、村人には聞き入れられなかったのか。噂では、ファド村の村人同士の仲はとても良く、村中がまるで家族のようにまとまっていたというが…」
ヒノトは次の言葉を言うのを躊躇した。だが、今日はどんな辛いこともユノアに話させなければならないと、強く決意していた。
「…お前が、村の青年ザジを、殺したからか?」
ユノアは目を見開いて、びくりと身体を揺らした。目を強く閉じて、身体の振るえに耐えている。
ユノアが絞るように声を吐き出した。
「全部、…私が悪いんです。村の人達を怒らせてハドクの所に連れていかれたのも、全部、私のせいなんです」
震えるユノアに、ヒノトは優しく声をかけた。
「ユノア、ゆっくりでいい。だが、全て話してくれ。俺は真実が知りたいんだ。何故、お前が、…人を殺してしまったのか」
ユノアは何度も頷いた。震える唇が、再び動き始めた。
「…ザジは、ずっと私のことが好きだと言って、よく私に話しかけてきました。でも私は、ザジが苦手でした。ハドクからの命令で私達家族が窮地に立たされると、ザジは私に言いました。村人の目を盗んで、私達を村の外へ逃がしてくれると。私は嬉しかった。このまま三人で暮らせるのかと思って、ザジに感謝しました。だけど…。ザジが突然私を押し倒してきて、私の身体を、たくさん触りました。そして、言ったんです。お前は一生俺のものだ。俺から逃げようとしたら、お前の正体を世界中にばらしてやる。そしたら、この世界でお前達家族に住める場所なんてなくなるぞって言われて…」
興奮しながら一気に喋ったユノアは、突然声のトーンを落とした。
「…頭の中が真っ白になったことは覚えてるんです。気がついたら、目の前でザジが死んでいました。私にはザジを殺した自覚なんてなかったけど、私以外にはいなかった…。そのことを知ったお父さんは、すぐに村を出ようとしました。でも村を出る前に村の人達に捕まって…。私はお父さん達から引き離されて、ハドクに引き渡されたんです」
ヒノトは眉をしかめながら、ユノアの話に耳を傾けていた。腑に落ちないことが山ほどある。だがそれへの質問は後回しにしようと、開きかけた口を閉じた。
「ハドクの所へ連れていかれたときは、私は何もかもハドクに従うつもりだったんです。これ以上、お父さんとお母さんに迷惑をかけるわけにはいかないから。本当に、そのつもりだったんです。だけど…」
ユノアは辛そうに目を伏せた。
「ハドクも、私を押し倒して、身体をたくさん触りました。私は、怖くて、嫌で、たまりませんでした。ザジに触られたときよりも、もっともっと嫌でした。そんなことをするハドクを憎みました。そしたらまた、頭が真っ白になって…。ザジが死んだときと、全く同じでした。気付いたときには、ハドクも、死んでいたんです」
ユノアの後ろでティサが息をのんで、口元に手を当てた。ティサの顔も青くなっている。
「駆けつけてきた兵士は、ハドクが死んでいるのを見てすごく怒りました。そして、私を殺せと叫んだんです。私はもう、怖くて怖くて…。無我夢中で山へと逃げ込みました。それからはとにかく必死に、ファド村へと向かいました。ハドクを殺してしまったという事実が、恐ろしくてたまりませんでした。そんなことを仕出かした自分が嫌でした。私なんて、この世からいなくなった方がいいと思いました。でも、いなくなる前に、私はお父さんとお母さんに会わなくちゃいけなかったんです。私のせいで、また二人に迷惑をかけると分かっていたから。村の人達に謝って、私を殺してディティの役人に渡してくれとお願いするつもりでした。その代わりに、お父さんとお母さんを助けて欲しいって。…だけど」
ユノアは、それ以上の言葉を言うことが出来なかった。目から涙がこぼれ落ちる。辿りついたファド村で見た、変わり果てたダカンとカヤの姿。その光景が鮮明に頭に蘇ったのだ。
ユノアの代わりに、ヒノトが言葉を引き継いだ。
「ファド村で、お前の両親は村人によって既に、…殺されていたんだな?」
ユノアはかろうじて頷いた。
「俺の聞いた報告によると、お前はそこで、百人もの村人を虐殺したそうだな。それは、本当か」
ユノアはぶるぶると震えながら頷いた。あまりに哀れなその姿に、ヒノトは自分が拷問でもしているような居たたまれない気分になった。
「俺にはとても信じられない。百人もの人間を一人で殺すなんて…。誰か、協力者でもいたのか」
ユノアは今度ははっきりと首を振った。
「いいえ。私が一人でやったんです。…私がいつかこんな恐ろしいことを仕出かすのではないかと、村の人達はずっと恐れていたんだと思います。だから、私達家族と距離を置いた。私がハドクのもとへいった時には、心から安心した筈です。…私が、…普通の人間ではないから」
ヒノトは困惑した。レダも顔を険しくし、ティサはもはや話を理解するだけで精一杯のようで、おろおろと目を泳がせている。
ヒノトはふうっと息を吐くと、ユノアを見据えた。
「お前の言っていることの意味がよく分からない。人間でなければ、何だというのだ」
ユノアは目に涙を溜めながらも、ヒノトをまっすぐに見返した。今から自分が言うことはまぎれもない真実なのだと、自分自身に言い聞かせているようでもあった。
「私にもよく、分かりません。でも私には確かに、不思議な力がありました。宙に浮かんだり、風を呼んだり…。…ザジとハドクを殺したときも、私は何もしていないんです。ただ心の中で、二人を強く憎みました。それだけなんです!…でもきっと私の中にある何らかの力が、二人を殺してしまったんでしょう。…村の人達を殺しているときは、私にはちゃんと意識がありました。私が剣を振るう度、まるで人形のように村の人達が倒れていきました。どんなに剣を振り回しても、全く疲れないんです。まるで身体が、私のものではないようでした…。私は、人間ではないのだと、あの時はっきりと自覚しました」
ヒノトも遂に頭を抱えた。愕然とした声で、ユノアに尋ねる。
「ユノア…。お前は一体、何者なんだ?」