第二章:殺人鬼の正体
大臣達が去った後、立ち去ろうとしていたヒノトをキベイは呼び止めた。そこには、ヒノトとキベイ、オタジの三人がいるだけだった。キベイは声を潜めて話し始めた。
「ヒノト様、お待ちを…。大臣がいる前では話せなかったのですが、問題の少女について、お話したいことがあるのです」
ヒノトは困惑げに振り返った。
「どうした。大臣の前で何故話さなかった」
キベイはじっとヒノトを見つめた。
「少女については、実はもっと詳しい情報を得ているのです。名前をユノアと言います。その容姿は実に特徴的でした。世にも稀なる美貌と、人間とは思えぬ美しい銀色の髪の毛の持ち主なのだと…」
銀色の髪の毛と言われて、ヒノトは表情を険しくしてキベイを凝視した。
「な、んだと…?では、俺がガジュの森で拾ったあの少女が、まさか…!」
キベイはゆっくり頷いた。
「その可能性が高いと思われます。銀色の髪の毛を持つ者など、この世に二人といる筈がありません。…お気をつけください、ヒノト様。ほんの数分で百人の村人を殺した少女です」
ヒノトは呆然とした。
「信じられない…。あんな幼い少女が?」
オタジも目を丸くしている。
「数分で百人か…。俺でも出来るかどうか…。本当だとしたら、相当な手熟れだな。一度手合わせしたいもんだ」
キベイはじろりとオタジを睨んだ。
「口を慎め!オタジ。無力な村人を殺した少女だぞ。もし本当にそんな邪悪な存在ならば、今すぐに抹殺しなければならない。ヒノト様。少女は目を覚ましましたか」
「い、いや…。ティサに預けているが、まだ目を覚ましたという報告はない」
「そうですか…。とにかく、油断なさらぬことです。ティサ達侍女だけでは不安だ。腕のいい兵士を常に見張りに立てましょう」
緊迫した空気の中で、突如部屋のドアがノックされた。三人は驚いてドアを見た。
「ヒノト様?こちらにおいでですか?」
聞こえてきたのは、ティサの声だった。三人はお互いに目を見合わせた。何というタイミングだろう。
ヒノトは高ぶっていた感情を落ち着かせるために、大きく息を吸った。冷静を装い、返事をする。
「ティサか。ああ、ここにいるぞ。入れ」
「失礼いたします」
一礼しながら入ってきたティサは、ヒノト達が三人だけで部屋に篭っていたことを訝しそうにしつつも、嬉しそうに告げた。
「ヒノト様。ヒノト様がお連れになった少女が、目を覚ましましたよ」
強く反応したのはキベイだった。ヒノトが答えるより先に、キベイがティサに尋ねた。
「何だと!いつの話だ!」
ティサはキベイに怒鳴られて、むっとしている。ヒノトに報告したのに、何故キベイが答えるのだ、といった表情だ。
「一時間程前ですよ。薬湯を飲んだだけで、今はまた眠っています」
「誰か、見張りは立てているのか?」
さすがにティサは眉をひそめた。
「見張りですって?…いいえ」
キベイは舌打ちすると、ティサの腕を掴んだ。
「少女はどこにいる。私をそこへ連れて行け!」
「な、なんなんですか。一体…。あの少女が、どうかしたんですか?」
キベイの激情を納めようと、ヒノトが落ち着いた声色で言った。
「理由は後で話そう。ティサ、案内してくれ」
「は、はい…」
不服そうな顔をしながら、ティサは歩き始めた。
その後をついて歩きながら、ヒノトはキベイを見た。目でキベイを諫める。落ち着け、と。キベイも興奮したことを恥じているようで、申し訳なさそうに一礼した。
その後ろで、オタジは面白くなりそうな展開に、にんまりしていた。
ろうそくの灯をともして、ティサは少女が眠る部屋へと入った。ティサの後に、ヒノト、キベイ、オタジも続いた。
少女の眠るベッドへとろうそくの灯を向けると、そこにはぐっすりと眠る少女がいた。その寝顔を見て、ティサは顔を綻ばせた。
「…よく眠っているじゃありませんか。今この子を起こすなんて、私が許しませんよ」
ヒノトも少女の顔を覗き込んだ。王宮に連れて帰ってから、少女を見るのは初めてだった。ろうそくの灯ではよく分からないが、安らかな顔で眠る少女の姿に安堵していた。
ティサが男三人を追い立てた。
「さあさあ。部屋から出てくださいな。目を覚ましたらどうするんですか」
勝気なティサの前では、ジュセノス王国の顔ともいえる三人の男も形無しだ。あっという間に部屋の外へと追い出されてしまった。
ティサはキベイをきっと睨んだ。
「さあ、どうするのですか。見張りを立てろというなら立てます。ですが、兵士に見張らせるなんて不躾なこと、私がさせません。どうしてもというなら、信頼のおける侍女にさせましょう」
キベイは不服そうだ。
「なぜティサ殿は、そんなにもあの少女を庇うのだ。ほんの数日前に会ったばかりだろう」
するとティサは顔に手を当て、首を傾げた。
「確かに、そうですね…。……。私には、あの子が目を覚ましたときのあの表情が気にかかっているのでしょう。何を話しかけても無反応で、虚ろな目をしていました。酷く扱ったら、あっという間に粉々に砕けてしまうガラスの人形のように思えたのです。私の中にある母性が、あの子を守ろうとしているのかもしれませんね」
戸惑った声で、ヒノトが尋ねた。
「それは、…本当か?なぜあの子はそんな状態に…」
ティサは首を振った。
「それは分かりません。あの子とは一言も言葉を交わしていないのですから。体力が戻れば、話も聞けるでしょう。とにかく今は、十分に食事を摂らせて、安静にさせなければ。あの子が元気になれば、またお知らせします。それまで私にお任せください」
ヒノトはキベイを見た。キベイの顔から不安の影は取れないが、今はティサの言葉が正しいと思えた。
「分かった。ティサに任せよう」
「…有難く存じます。ヒノト様」
ティサは穏やかに微笑み、頷いた。