第二章:衝撃の報告
ジュセノス王国の現国王は、若干十八歳という若さだった。ヒノト王。前国王、ハルゼ王の一人息子である。
半年前まで、ジュセノス王国は内戦の状態にあった。ハルゼ王の死後、その時代からの権力者だったハルゼ王の弟、ヒノト王の叔父にあたる人物が、自分こそが王に相応しいと、皇太子であるヒノトに戦いを挑んだのだ。二年間にも渡る、長い戦いだった。
劣勢と言われていたヒノトを勝者に導いたのが、三鬼と呼ばれた三人の将軍だった。名前の通り鬼のような強さと無慈悲さで、この三人にだけで、三千の敵兵が倒されたと言われる。
三鬼将軍筆頭、キベイ。キベイがディティから帰ったと聞き、ヒノトは会議室へと向かっていた。
会議室へと入ると、そこにはもう一人の三鬼将軍オタジを始めとして、大臣数人が集まっていた。
ヒノトが国王の椅子に座ると、キベイがヒノトの前に進み出て、畏敬の礼をした。
「キベイ。ご苦労だったな。早速だが、報告を聞きたい。ディティの市長ハドクが殺された事件について、詳細は分かったか?」
内戦で混乱した王宮内をまとめ、大臣、将軍といった重臣を振り分けて、ようやくヒノトによる国政が本格的に始まったのが、ほんの二ヶ月程前のことだった。
そんな中、ジュセノス王国でも外れに位置するディティ市長が殺害されたという知らせが入った。例え辺境の市とはいえ、王国が任命した市長が殺されるなど、あってはならない大スキャンダルだった。
ヒノトは国王となって初めてともいえる事件を解決すべく、自ら調査隊の一員としてディティに向かうことを決意した。
だが実際はディティまで行くことなく、マティピに帰還してしまったのだが…。それだけに、キベイが帰るのを今や遅しと待ち構えていたのだ。
ヒノトの問いに対して、キベイは冴えない表情を見せた。
「情報はたくさん集まったのですが…。何しろその量が膨大で、真偽も分からぬ有様で…。私自身、真相を掴めぬまま帰って参りました。ですが、ハドクを殺した人物ははっきりしております。十歳の少女だそうです」
十歳という年齢を聞いて、その場はどよめいた。ヒノトも驚きを隠せない。
「十歳だと?それこそ嘘ではないのか」
「いえ。これは間違いありません。ハドクの死体が発見される直前、ハドクの叫び声を聞きつけて、部下が部屋に向かっております。その時、部屋の中にいたのは、ハドクとその少女だけだったそうで…」
「何故、ハドクと少女は二人きりで部屋にいたのだ?」
するとキベイは口ごもった。
「あの…、これは、ハドクの部下は肯定しなかったことなのですが…。ディティ市民の話によると、ハドクは相当な女狂いだったそうで、美しい女を集めては、毎夜抱いていたそうなのです。女を買い集めていたという話もありました…。その資金を集めるために、税金を市民から搾り取っていたようで、ディティ市民のハドクへの評価は最悪でした。その少女もたいそう美しい少女だったようで、恐らくハドクは…」
ヒノトは嫌悪感を顕にして、低い声で言った。
「少女を強姦しようとしていた、ということか」
キベイは押し黙った。
ヒノトの側で話を聞いていたオタジも舌を鳴らした。「けっ!最低の野郎だな。殺されても同情は出来ねぇや」
キベイはふうっと息を吐いて、気を取り直したように話し始めた。
「ハドクが殺された理由は、少女が抵抗しようとした際、勢い余って…、ということで間違いはないと思います。ですがこの少女。いろいろと気になる点が…」
「どういうことだ?」
「ハドクが少女に目をつけたのは、少女がディティ市内にいるのをたまたま見かけたからなのですが。少女は元々、ディティ市が治める村の一つで、ファドという村に住んでいた者なのです。ファド村の中で、少女とその父母は浮いた存在だったようで…。その理由は、少女があまりに周囲とは違う容姿、つまり、髪の毛や目の色をしていたからで。少女が拾い子だということは、村の誰もが知っていたことだそうです。そしてこれは全く確証のない話なのですが、少女には人間離れした不思議な力があると、多くの村人が信じているようでした。そのせいで、少女は村人から忌み嫌われていました。そして、ファド村で事件が起きます。村の若者が、少女によって殺されたのです。その若者は日頃から少女に惚れてつきまとっていたそうです。ですがこの事実を、ハドクは知らなかったようです。若者を殺したことで完全に村人を敵に回した少女を厄介払いするために、村人達は少女を欲しがっていたハドクに引き渡したようです」
ヒノトは考え込んだ。
「自分を追い回していた若者が鬱陶しくなり、少女は若者を殺したのだろうか。ハドクを殺したことといい、そんなに簡単に人を殺すとは…。お前の話を聞いていると、その少女は悪魔のように思えてくるな」
するとキベイは顔を青くした。大抵のことには動じないキベイがこんな表情をするのは珍しかった。
「本当に、悪魔なのかもしれません…」
「…何?」
「ハドクを殺した後、少女は追手の兵士を振り切ってディティから脱出しています。その後、ファド村に向かったようです。ところがファド村で、悲惨な事件が起きていました。少女がハドクを殺したと知り、村に咎めがあることを恐れた村人が逆上して、少女の父母を殺してしまったのです。そこに少女が帰ってきました」
キベイは一度言葉を切り、心を落ち着けるために大きく息を吸った。
「…生き残った者の証言によると、少女は村人から剣を奪い、殺された父母の周りにいた村人を次々と殺し始めたというのです。殺された村人の数は、百人を超えるといいます。ファド村の人口が千人程ですので、十分の一の村人が殺されたことになります」
会議場は静まり返った。皆息を潜め、十歳の少女が百人の村人を殺したという地獄のような光景を思い浮かべていた。
ヒノトは顔をしかめ、身を乗り出した。
「キベイ…。その話、ちゃんと裏づけは取ったのか?常識的に考えてありえない話だぞ。そんな少女がいると広まれば、国民が不安に思うだろう」
キベイは深く頷いた。
「私も信じられませんでした…。ですが、事実なのです。生き残った村人に私も会いましたが、皆が皆怯えきっており、とても嘘をつけるような状態ではありませんでした…」
ヒノトは目を細め、考え込んだ。
「…その、少女は。今どこにいる?」
キベイは一瞬躊躇したが、首を振った。
「今だもって、行方は知れぬそうです」
大臣達がどよめいた。
「何ということだ。そんな悪魔が野放しにされているとは!」
「ヒノト王。軍を動かして、問題の少女を探させましょう!」
混乱するその場を収めるために、ヒノトは立ち上がった。
「皆、落ち着け!確かに少女を探し出すことは大切だが、軍を動かせば事が大げさになる。少女の存在は極秘事項だ。国民に知られてはならない。ディティの役人達にもそう伝えろ!そしてもう一つ、忘れてはならないことがある。ハドクの悪事を暴くことだ。ハドクが税金を搾り取り、私腹を肥やしていたというのなら、断固として許すことは出来ない!ディティ市民はハドクだけでなく、ハドクを市長として任命したジュセノス王家への不審感も持っていることだろう。ハドクの罪を暴き、品行正しい市長を新たに任命して、ディティ市民の信頼を回復しなければならない。大臣達はすぐにこの作業にかかれ。少女の件は私の責任で捜索を進めることにする。皆、分かったか?」
ヒノトの的確な指示に、大臣達は皆一様に頭を下げた。少女の印象があまりに大きく、薄れていたハドクの悪事を見逃さなかったヒノトの采配は見事だった。キベイも満足げに頷いている。