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星姫の詩  作者: tomoko!
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第二章:少女を救え!

 ようやく宮殿が見えてきた。

 白い大理石で築かれた宮殿が太陽の光を照り返して眩しく輝いている。その輝きの美しさから、マティピ王宮は白麗城とも呼ばれていた。

 宮殿へと続く白い大理石の階段を駆け下りてくる数人の人物の姿も見える。ヒノトの突然の帰還に気付いた大臣達だろう。二百段あるといわれる階段だ。降りるのも一苦労だ。


 馬から降りたヒノトは、息もつかずに階段を登っていく。階段を降りていた大臣達は、あたふたしながら、今度は階段を登り始めた。

「ティサはいないか!誰か、ティサを呼べ!」

 長距離に渡って馬を飛ばしてきた疲れなど微塵も見せず、ヒノトは段を飛ばして階段を駆け上がっていく。登りきったところで、走って宮殿の中から出てくる中年の女と出くわした。

 ヒノトは大股で女に近付いた。

「ティサ!」

 ティサと呼ばれた中年の女は、小太りの背の低い身体を揺らしながら走ってきた。ぱっちりとした大きな目を更に見開いて、ヒノトを見上げた。

「ヒノト様!一体どうされたのですか?」

 普段、温和なヒノトのこんな慌てた姿を見るのは、年に何回もないことだった。戦の前でも、ヒノトは冷静に落ち着いていたものだ。

 ヒノトの様子に、ティサだけでなく大臣も何事かと、息を詰めてヒノトの言葉を待った。

 ヒノトはそっと、閉じていたマントを開けた。開かれたマントの中、ヒノトの腕の中には、ガジュの森で拾った少女がいた。身体が冷え切っていた少女を、ヒノトは自分の身体の熱で暖めていたのだ。

 ティサは目を皿のようにまん丸にして驚いた。

「まっ…!ヒノト様、この子は…?」

「ガジュの森で倒れているのを拾ってきた。衰弱が激しいようだ。身体を暖めて、目が覚めたら栄養のつく物を食べさせてやってくれ」

「は…。まあ、まあ…」

 ヒノトから少女を受け取りながら、ティサは目を白黒させている。何しろ、前代未聞のことだ。

 マティピ王宮に入るには、普通ならとても厳しい審査を受けなければならないのだ。身元がしっかりしていて、病気を持っておらず、信頼のおける性格だと証明されるのに、短くても一ヶ月はかかるのだ。

 ヒノトはまじめな国王だった。決まり事を破るような行いは決してしたことはなかった。

 だからこそティサはこんなにも慌てているのだ。まだ幼い少女とはいえ、素性の知れない者を王宮に入れるとは…。

 ティサは、ヒノトの後ろにいる大臣達に目を向けた。大臣も皆一様に、困惑の表情でティサを見返した。

 ティサは咳払いをした。

「ヒ、ヒノト様。国王として、私に命令されているのですね?それならば、私は従います」

 一瞬ヒノトは沈黙した。だがすぐにきっぱりと頷いた。

「ああ、そうだ。頼んだぞ」

 ヒノトは王宮の奥にある自分の部屋へと向かって歩き始めた。長旅のせいで、埃にまみれ、汗の臭いがした。風呂の入ってさっぱりしたかった。

 ティサは急いで、後ろに控えていた侍女達に命じた。

「お前達。ヒノト様をお手伝いなさい」

 はい、と答えて、五人の侍女がヒノトを追って走り出した。


 その後ろ姿を見送りながら、ティサはふうっと息を吐いた。そして腕の中にいる少女を見下ろした。

(この、髪の毛の色…)

 やつれきった少女の顔立ちとは対照的に、銀色の髪の毛が太陽の光を受けてきらきらと輝いている。こんな髪の毛の色を、ティサは今だかつて見たことはなかった。

 この少女は何者なのか。何故ヒノトは、少女を王宮へ連れ帰ったのか。

 漠然とした不安を感じながら、ティサは王宮の奥へと入っていった。




 王宮の中にある客室の一つに、ティサは少女を連れて入った。

 高級な羽毛布団に少女を寝かせると、好奇の目で少女を窺い見ている侍女達にてきぱきと指示を出し始めた。

「お前達、何をぼうっとしているの。まずはこの子の目を覚まさせるのよ。医務係に頼んで、気付け薬を貰ってきてちょうだい。それから、身体をマッサージしてあげましょう。温めたオイルを持ってきて」

 ティサの指示を受けて、侍女達が動き始めた。


 すぐに薬が届いた。

 ティサは少量をスプーンにすくうと、少女の唇に塗りつけながら、口の中へと押し込む。すると、少女の顔が歪んだ。薬のぴりぴりとした刺激を感じたのだろう。

 これなら大丈夫だ、と、ティサはほっとした。気付け薬に反応しなかった患者は、そのまま目を覚まさないことが多いことを、ティサは経験上知っていたからだ。

 その後、少女を裸にすると、ティサは温めたローズオイルを手に取り、少女の身体を念入りにマッサージし始めた。手の先、足の先から、身体の中心に向かって何度も手を往復させている。強張った身体を適度な強さで揉みほぐしていく。

 マッサージをしながら、ティサは少女の肌の白さに驚いていた。真珠のような肌とは、まさにこの少女の肌のことを言うのだろう。絹のように滑らかな肌触りは、ずっと触れていたい程だった。

 ティサは女だから平静でいられたが、これが男なら、ずっと抱いていたいと思うのかもしれない。

 服を着せ、再びベッドに寝かせた少女の顔色を窺うと、かなり血色が良くなっていた。しばらく様子を見て、また気付け薬を使ってみよう。ティサはそう考えた。


 前回よりも量を増やして、ティサは少女の口の中に気付け薬を押し込んだ。

 すると、少女は顔を歪めて呻き声を上げ、ごほごほとむせた。すかさすティサは少女の顔を強く叩いた。

「起きなさい!目を開けるのよ!」

 肩を掴んで強く揺さぶり、声を掛け続けた。

 遂に、少女の目が薄く開いた。ティサの顔に、安堵の笑みが浮かぶ。

「私の顔が見える?もう大丈夫よ。さあ、しっかり目を開けて」

 ティサの励ましに応じるように、少女の目が開かれていく。薄い茶色の瞳が現れた。見つめていると吸い込まれそうな綺麗な色に、ティサは見惚れた。

 はっとして自分の頬を叩くと、ティサは次の仕事に移った。侍女に命じて薬湯を持って来させると、スプーンにすくって、目をぼんやり開けている少女の口元に持っていった。

「さあ、飲みなさい。喉が渇いたでしょう」

 だが少女はぼんやりしたままで、何の反応も示さない。意識が戻ったばかりだから仕方がないと、ティサは思った。

 寝たままだった少女を起こして座らせ、無理やりに口の中にスプーンを押し込んだ。自動的に薬湯は身体の中へと運ばれていく。時々むせながら、少女は小皿一杯分の薬湯を飲みきった。

「今まで何も食べていなかったのだから、今日はこれだけにしてもう眠りなさい。お腹が空いているだろうけど。明日から少しずつ、お粥を食べましょうね」

 ティサに仰向けに寝かされる間も、少女はされるがままだった。何の反応も示さず、自分から動こうともしない。虚ろな目とティサの視線が合うこともなかった。

 さすがにティサは違和感を覚えた。あまりに反応がなさすぎる。見覚えのない部屋の中で、会ったこともない人間に囲まれているというのに、驚いた様子さえ見せない。まるで、感情が死んでいるようだった。

 まあ、焦ることはない。体力が戻れば、きっと表情も戻るだろう。ティサは楽観的にそう思っていた。

 おやすみ、と声をかけると、部屋の灯を消し、侍女達を連れて部屋を出て行った。


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